41-9.見逃していたもの
『『ずる~!』』
『誠に申し訳ございません……』
ツクヨミのこんな弱った姿は初めて見た。本来のツクヨミは私達にとっての融合がどういう事かちゃんと理解していてくれたようだ。
「良いわ。私は許す。これから改めてよろしくね」
私、ハルちゃん、イロハが認めたのだ。だからこれからはツクヨミも"私"の仲間入りだ。
『アルカ様。その御慈悲に報いたいと存じます』
「うん。頼りにしてる。あ、そうそう。クレアの方も変わらずお願いね。分体送れるでしょ?」
『はい。問題なく。お陰様であの私が得たものは残らず引き継いでおります。今度は制御を手放しは致しません』
「ふふ♪ 増々クレアも強くなるでしょうね♪」
『必ずやご期待に応えてみせましょう』
「期待してるわ♪」
よしよし。まあ結果オーライだ。ノアちゃんにだけ肩入れしちゃったからね。クレアにも何か補填しておかないといけなかったものね。
『小春先輩』
『アルカさま~』
「ダメよ。我慢なさい」
『『ぶ~ぶ~』』
「後でたっぷり遊んであげるから」
『『いますぐ!』』
はいはい。
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「変身魔法を? コレットにですか?」
「はい。私をマティに変えてください。ノア姉様」
おっと? 妙な事になってるぞ?
「……何故アルカやカルラ達に頼まないのです?」
「断られました」
ナイスだハルちゃん。
「コレットちゃん。正直私も同じ事を考えていたの。けどもうその必要は無いわ。アンジュとジゼルを信じましょう。それにコレットちゃんにはこっちでやるべき事もあるでしょ」
エーリ村のごたごたは多少落ち着いたが、帝都に戻って例のアイドルプロジェクトを進めたり、他の土地の問題を解決していくというお遣い任務も残っている筈だ。そろそろコレットちゃんも次に移らねばならないのだ。何時までもエーリ村の件に拘ってはいられない。
「ですが主様。ローラン・ジスカールが無事役目を果たすか見届ける者は必要です」
「クロエがその役目を担うのよ。まだコレットちゃんの立場じゃ信じられないかもしれないけど」
クロエとの親睦を深める前に深層を出てきてしまったのは失敗だった。コレットちゃんが何やら立ち直ったようだったから深く考えずに応じてしまった。もっとよく考えるべきだった。ツクヨミの件に気を取られ過ぎたわね。
「いえ、もちろん疑っているわけではございません。ですがドミニク・ジスカールを動かすには足りぬかもしれません」
「マティの立場だってそれは同じじゃない」
「私は向こうで正体を明かします」
「ダメよ。認めるわけ無いでしょ。そもそも信じてもらえるわけないじゃない。よしんば信じてもらえたとしても、向こうではコレットちゃんの権力なんて通じないわ。存在ごと握り潰されるのがオチよ」
「ですが直接説得する機会は得られます」
「そんなのアンジュにもあるじゃない」
「逆にそこで拗れれば計画は失敗です。ドミニク・ジスカールはマニャール商会とマリアンジュ姫の裏切りを告発するでしょう」
なんで今更そんな事を……。
「……つまり私を引きずり出したいわけね?」
コレットちゃんが乗り込むのはその為の口実に過ぎないわけだ。
「どうか最後まで責任を果たしてくださいませ。姉様方のお気持ちは存じていますが、ここで主様が手を引かれては片手落ちでございます」
コレットちゃんは私に全幅の信頼を寄せてくれているようだ。何時の間にかアンジュ達と話をつけていた事で改めて影響力を実感したのだろう。
コレットちゃんが急に明るくなったのはそういう事か。この娘は私に縋っているんだ。これはこの娘なりのやり方で甘えているのだ。
導き出された結果は思考停止の盲信なのに、その過程では冷静な思考が出来ている。コレットちゃんの精神状態が増々心配になるわね。
やはりもう一度深層に連れ込んで休ませるべきではないだろうか。今度は添い寝するだけでなく、完全に心が癒えるまで話し合うべきだ。これこそ片手落ちだったのだろう。
「わざわざコレットちゃんが乗り込まなくても必ず最善の結果には繋げてみせるわ。どうか信じて任せて頂戴」
「許してもらえるのですか? 口実が必要なのではありませんか?」
「必要無い。コレットももう気付いているんでしょう? 私は本物のアルカじゃない」
え……? ハルちゃん? 何暴露してんの!?
「ええ。もちろん察しています。カノン姉様が主様を引かせた以上はこの場にいるはずもありませんから。主様は自宅に戻されているのでしょう。ですが主様ならばこの場を覗いてくださっている筈です。今尚私の事を心配してくださっている筈です。先程抱きしめてくださっていたのは間違いなく主様本人なのですから」
コレットちゃん……。
『ごめんなさい。コレットちゃん』
「お気になさらず。むしろ感謝しています。お慕いしております主様。どうか私の願いを叶えてくださいませ」
『……それは』
「必要無い。アルカが出るまでも無い。ハルが代わりを務めるから。辛くなったならコレットもアルカの方に戻っていて構わない。後は全部任せて。コレットの役目も全てハルが受け持つ」
ハルちゃんはそう言って私の姿のままコレットちゃんを抱きしめた。コレットちゃんも抵抗する事なく受け入れている。
「ありがとうございます。ハル姉様。ですがお気持ちだけで結構です。主様が導く結果にこそ私は興味があります」
「ダメ。それは誰も認めない」
「だからこその口実です」
「ダメ」
「お願いします。ハル姉様」
「……」
「ダメ」
「ぜったい」
「コレット。私もこれ以上は見過ごせません。ここは聞き分けてください。そもそも必要がありません。コレットは理解している筈です。それ以上に何を期待しているのですか?」
「引っ掻き回してほしいのです。私は報復したいのです」
……ドミニク・ジスカールが、ひいてはギヨルド王国がただ見逃されるのは我慢ならないのか。大切な幼馴染一家を壊した報いを受けさせたいのか。平穏に終わらせる案には納得していなかったのか。その案をこそぶち壊しにしたかったのか。コレットちゃんの立場ならおかしな動機ではない。
「気持ちはわかります。ですがそれだけです。認められません。コレットはもう休んでいてください。アルカの側で待っていてください。後の事は私達に任せてください」
「お断りします。私は一番近くで見届けたいのです。主様と共に乗り込みます。お許しをノア姉様。ハル姉様」
……平行線だ。
もっと早く気付くべきだった。もっとちゃんと話し合うべきだった。コレットちゃんがこんな風に意思を固めてしまう前に。