41-5.慢心の理由
「ダメダメね」
「ダメダメなのです」
私達の視線の先ではノアちゃん&ノエル vs ラヴェリルちゃんの試合が執り行われていた。
大きく力を増したラヴェリルちゃんに対して、ノアちゃんとノエルは手も足も出ていない。いいように転がされっぱなしだ。元のスペック差に開きがありすぎるのも問題だが、何よりノアちゃんとノエルの息が合っていない。同じ記憶を持ち、同程度の身体能力を持ち、鏡写しのように同じ動きを出来る筈なのに、これはいったいどうした事だろうか。
「原因はノエルのズレなのです。けどノアも悪いのです。一切合わせる気が無いのです。出来て当然と見誤っているのです」
ノアちゃんもなんだかんだと自分の実力については自信があるものね。自分を相棒にすれば求めるハードルが限界ギリギリを攻めたものになるのも当然の話だ。
「けどそれだけじゃないわよね。ノアちゃん自身も実力を出し切れていないわ」
「そこは私にはなんとも言えねえのです。ノアの本当の実力なんて知らねえのですから。自分の不甲斐なさを客観的に見た事で気を取られでもしているのではないのです?」
ある意味萎縮しているわけか。ノエルが手も足も出ないラヴェリルちゃんに勝てる筈が無いと。一瞬先の自分の姿を幻視してしまっているようなものなのかも。
ノアちゃんらしくない。今更その程度でメンタルやられる筈なんて無いのに。たしかに最近のノアちゃんは昔程強い心を持っているようにも見えないけどさ。でもその分実戦や修練でいっぱい自信を積み重ねてきた筈なのだ。挫折だって一度や二度じゃない。けどその度に乗り越えてきた。私みたいなインチキ塗れってわけでも無いのに私達の中でトップ層に君臨し続けてきた。それがこの有り様だ。こんな光景を見てしまってはノアちゃん達を一緒に居させるのは考えものだ。
「ラヴェリル! 戻って頂戴!」
「がってん♪」
「「邪魔しないでください! アルカ!」」
よく言えたわね。自分でもわかっているでしょうに。
「カルラ、フェブリ。悪いけど決着はお預けね。あの娘達の事は少し鍛え直しておくわ。それまでクロエと一緒に遊んでいて」
「「がってん♪」」
ラヴェリルちゃんの合体を解いて三人を別の領域へと転移させる。残ったノアちゃんとノエルの前に出てノエルを拘束する。
「ノエルは少しそこで見ていなさい。来なさいノアちゃん」
「やりたいならそう言えば良いじゃないですか」
「まだそんな事を言っているの? いいから構えなさい。本気でかかってきなさい」
「仕方ありませんね」
ノアちゃんが普段の六割程度の速度で切りかかってきた。しかも何の工夫もない真っ直ぐな太刀筋だ。当然通用する筈もない。私は刀を真正面から掴んでへし折った。
「本気でやれと言ったはずよ」
一瞬怯んだノアちゃんの頭を掴んで投げ飛ばす。ノアちゃんは避ける事もしなかった。
「無茶苦茶です……」
「何故そこで戸惑うの? いったいどうしちゃったの?」
「それはこちらのセリフです。アルカこそどうしたのです? 私が何か怒らせるような事をしましたか?」
「怒って当然でしょ。そんなやる気の無い戦い方しておいてカルラとフェブリに悪いとは思わないの?」
「無茶を言わないでください。アルカやラヴェリルが強くなりすぎたんです。私が手を抜いているわけではありません」
「そう。不貞腐れているわけね。真面目に話をするつもりも無いのね」
「何を言ってるんです? 私は全力です。アルカがそれをわかってくれないのですか? 私を疑うというのですか?」
「甘えすぎね。アイリスを使った事も失敗だったのね。最近真剣勝負をする機会も無かったものね。ルネルにも子供達の相手を任せてばかりだったし。まさかノアちゃんがそんな風に腐るとは思いもしなかったわ」
「アルカ……」
今度はクレアのコピーを生み出してノアちゃんと対面させる。
「流石にクレアが相手なら言い訳も出来ないわよね」
「それは偽物です。本当のクレアさんではありません」
「だから勝てなくて当然だと?」
「いいえ。確実に勝てます」
「ならやってみなさい」
再びその場を離れて試合を見学する。早速切り結び始めたノアちゃんとクレア。クレアの姿は幼いものだ。先日皆で長期修行を行った時の最後のものだ。ツクヨミに付きっきりで鍛えられたクレアは戦闘スタイルにも大きく影響が出ている。以前は大柄な剣に強大な神力を纏わせて真っ直ぐにぶつけるだけの単調故に強力なスタイルだったが、今はそこに技も取り入れている。その上単純な膂力も以前とは比べ物にならない。ツクヨミが極めた自己強化の魔術も併用している。流石に概念付与までは使っていないようだが、クレアなら習得はしている筈だ。追い詰められれば解禁するだろう。あれは諸刃の剣だからタイミングは選ぶ必要がある。
ノアちゃんは次第に押され始めた。そんな筈は無いと焦りの表情を浮かべている。あの長期修行の前まではノアちゃんとクレアには大きな差が開いていた。ノアちゃんが確実に勝てると宣言するだけの明確な力の差があった。けど今はもう違う。クレアは真剣に修行を続けていた。きっとノアちゃんよりも。ノアちゃんだって誰より真摯だった。それは認めよう。間違いなくノアちゃんは努力家だ。けどクレアはそれ以上だった。二人には覚悟の違いがあった。絶対に私に追いついてみせると考えていたのは二人とも同じだった筈なのに。
クレアは命がけだったのだ。ツクヨミの修行は心身を削るものだ。何せあの戦闘狂の相手をするのだ。自らの体が崩壊しかける程の力を出し続けるツクヨミの相手をだ。そんなの正気で成し遂げられる筈もない。そうして覚悟の違いが生まれたのだろう。あの娘達が修行していたのは深層だ。アイリスじゃない。正真正銘の命がけだったのだ。ただの修行と傲ることなく真摯に向き合い続けたのだ。
「ノエル。手を貸してあげなさい」
ノアちゃんが追い詰められたのを見計らってノエルの拘束を解いた。ノエルはすぐさまクレアに切りかかって行った。ノエルに間一髪救われたノアちゃんは、しかしノエルに構う事なくクレアへ再び切りかかって行った。二人の息は相変わらずバラバラだ。そんなので今のクレアに勝てる筈も無い。切り札を引き出す事すら出来はしないだろう。
「これは時間がかかりそうね」
『偉そうにしてますけど小春先輩も修行するべきでは?』
『かみさま~』
うぐっ……。
けど私のはここじゃ出来ないし……。
『ここで出来る事をしたら良いんです。先輩に比べたらノアの方がよっぽど真面目で真摯で努力家です』
『それはそれ~』
そうよ。ヒサメちゃんの言う通りだわ。ノアちゃんが腑抜けていたのは事実だもの。
『気付かせる為に必要なのはわかりますけどね。元はと言えば先輩が油断している姿を見せていたからノアもこうなったのでしょうに』
『にてる~』
そうね……私の影響よね……真面目なノアちゃんを堕落させたのは私なのよね……。
『反省してください』
『してね~』
はい……。
『けど今はダメですよ。堂々と仁王立ちで最後まで見守ってあげてください。ここで先輩がうろちょろし始めたら集中できませんから』
『おじゃま~』
はい……。




