40-71.家族会議
「トニア、リジィ、ラフマ、タマキ、クロエ、ジゼル、ノエル、セラフ、アンジュ、ベーダ。丁度十人ね。キリが良いわね。ここらで引き上げなさい。もう十分満足したでしょ」
呆れすぎて怒る気も失せてしまったのか、静かな声音でそう告げてきたセレネ。
「はい。今すぐ帰還致します」
セレネが怖すぎて余計な事なんて言える筈もなく、私はその場をノアちゃん、ベーダ、マキナ、リジィ、クロエ、コレットちゃん、ハルちゃん(分体)に任せて帰還した。
ノアちゃんは同じくセレネからのプレッシャーに飲まれて静々と私を帰還させる事に同意した。そもそもセレネにチクったのはノアちゃんだ。ちょっと後で話し合おう。
ベーダはなし崩しでこちらに加わる事になったようだ。そんなつもりはなかったけれど、ノアちゃんとシーちゃんによって元の人格を完膚なきまでに破壊されてしまった哀れな少女を捨て置く事はできなかった。いや、私が頼んだんだけどさ。でもやり過ぎだよ……徹底的にって言ったけどさ……。ううん。シーちゃん達を責めるまい。私が悪い。私が悪い。よし。もう諦めて気持ちを切り替えよう。ウェルカム♪ ベーダちゃん♪ あなたの事は追々聞くとしましょう♪
マキナはリジィの側に居る事を自ら選んでくれた。とは言えこれは一時的なものだ。あくまで側近を引退するつもりは無いようだ。本人からもこの件が終わったら私の下へ戻ると強く念を押されている。私に忘れられる事と同様にリジィの事も心配でならないようだ。マキナには真っ当な心が育っているようで何よりだ。私だけの全肯定存在に育てるつもりはないもの。私以外に大切なものが出来るのは喜ばしい事だ。
リジィの事はマキナに任せておけば問題あるまい。父親に一発入れる約束については直接立ち会えないものの、そこもマキナが上手く気を回してくれるだろう。
クロエはローラン・ジスカールの下に戻り、彼らを上手く制御してくれるつもりのようだ。あの娘に任せて本当に大丈夫? ノアちゃんが気付いた原因ってあの娘の言葉でしょ?
コレットちゃんには何も伝えていない。今もハルちゃんの分体が扮した私が側に居続けている。元々コレットちゃんはハルちゃんのお気に入りでもあるから、きっと手厚く見守ってくれる事だろう。最後まで側に居られなかった事は心残りだが、出来る限りハルちゃんの分体を通して覗いておくとしよう。
セレネに連行された私、ニクス、ノエル、セラフの四人は自宅会議室に座らされ、更にはラフマとイオス、タマキとチハヤ、ジゼルとアンジュまでもが呼び出される事となった。
「挨拶は待って頂戴。こちらもまだメンバーが揃っていないの」
セレネは淡々と言葉を紡ぐ。ただそれだけなのに怖くて堪らない。やはりこれがセレネの真の怒りなのだろうか。ただただプレッシャーを感じはするものの、そこに明確な意思を汲み取る事が出来ないでいる。私の覚視はまだまだらしい。
それから少し経って、フロル、カノン、トニア、それからグリアが現れた。どうやらセフィ姉は手を離せなかったようだ。或いは意図的に断ったのかもしれない。事前に知っていた事をセレネ達に言うつもりも無いのだろうし。
グリアが来たのは何故かしら? ちょっと意図がわからない。普段はこういう場面で顔出すタイプじゃないんだけど。
「それじゃあ始めるわよ。先ずは各自自己紹介なさい」
今回はこのままセレネが進行を務めるようだ。珍しい。こういう時にセレネが前に出るなんて。
各自の自己紹介が始まり、発言している者以外は黙ってその流れを見守った。皆どうやらセレネの怒りは感じているようだ。なんなら、カノンからはむしろ怒りを感じないくらいだ。ただセレネの様子を不安気に見守っているだけだ。
「一先ずはこんなところかしら。今ここに居ない娘についてはまた後日としましょう。先に話し合うべき事があるの」
クロエ、リジィ、ベーダの事ね。メンツを考えるならクロエも呼び出すべきな気もするけど、一旦ジスカール一行に返しちゃったからね。何度も入れ替えるのは要らないリスクを産むだけだろう。
「先ず何よりギヨルド王国の現状よ。今後の方針について早急に確認しなければならないわ」
それからセレネ、グリア、トニアが中立的立ち位置となり、皇帝側のフロルとカノン、ギヨルド王国組のアンジュとジゼルによる極秘会談が始まった。
「この際だ。クーデターでも起こさんか?」
フロルは初っ端からそんな事を言い出した。
「それは私が旗頭となってギヨルド王国内での国家転覆を図れと。そう仰っているのですよね?」
「わかりきった事を聞くでない。して返答は如何に?」
「待ちなさいフロル。この会議はあくまで現状を正しく認識してこれ以上の混乱を起こさないようにする為のものよ。先ずは段階を踏みなさい」
なるほど。セレネはそう考えていたのか。先に明言はされていなかったけど、皆の反応を見る限り認識は同じものだったようだ。フロルだけがひっくり返そうとしているらしい。
「だからこそだ。ギヨルドが沈黙すれば事態は一気に好転する。本来の計画に向けての時間も稼げよう」
ギヨルドの影響下で纏まっていた反逆者達の数は決して少なくない。時間稼ぎどころか今回の謀反自体を無かったことに出来るかもしれない。それだけ強力な一手であるのは間違いないだろう。
「ダメだよ。それは諸侯にも気づかれる。このタイミングでマリアンジュ姫が動けば十中八九皇帝と密かに繋がっていると見破られるわ。元々姫は皇帝陛下への謀反には反対していたからね」
トニアはアンジュの事も知っていたのね。それにアンジュの姿勢はギルドにも知られていたのか。これは密かに暗殺依頼でも出ていたのかもしれない。千里眼&未来視持ちのアンジュを始末出来た者は流石に居なかったようだけど。
「今気づかれれば不信感を植え付けかねないわ。本来の計画が台無しになるわね。あれはフロルが正々堂々と正面から受け止めるからこそ成し得る計画なのよ」
カノンも反対らしい。確かにカノンの言う通りだ。裏でバレバレの工作を仕掛けておきながら、真正面から受け止めて度量を見せるなんて両立出来る筈がない。相手はただしてやられたと悔しがるだけだろう。折角フロルが蓄えている力もギヨルドからぶん取ったものと思われては意味がない。皇帝はその威光を知らしめる必要がある。今の時点でギヨルドを落としてしまうのはむしろ逆効果なわけだ。
「誰ぞ都合の良い者を操ってみせよ。アンジュが表に出る必要はない。お主ならばその程度容易かろう?」
「ならクーデターは必要無いじゃない。そのままギヨルドを抑えてもらえば十分よ」
「それではつまらんだろうが。彼奴らはわらわの全てを奪おうと言うのだ。ならば奪われても文句は言えまい」
「今更それを言い出すの? なら全て力で支配する? 本当にそれがフロルの望みなの?」
「落ち着きなさい二人とも。フロルとカノンがやりあってどうするのよ。今はギヨルド側とのすり合わせを優先なさい」
セレネが早くも幾度目かの軌道修正を試みている。これはカノンも普段から苦労していそうだ。フロルはやはり納得していなかったか。元々お兄さんとの約束があるから策に乗っただけなのだろう。フロル本人の意思で彼らを許せるわけでもないのだろう。
「まあよい。だがならば何を話し合う? アルカは良くやってくれた。最高の一手だ。ギヨルドで最も有能なこやつを手中に収めたのだ。必要な情報だけ共有して後はアンジュに任せておけ。わらわはアンジュを高く評価している。こやつがアルカに恭順すると言うなら何の心配もあるまいよ」
あら意外。面識があった事には驚かないけど、フロルがそこまで信頼するなんて珍しい。
「だそうだけど。アンジュはどうかしら?」
「光栄でございます。皇帝陛下。委細お任せくださいませ」
「うむ」
「そんなに信頼しているなら何で先にコンタクトを取らなかったの?」
「これまではアンジュが自らの意思で動く事なんぞ有り得んかったからだ。こやつ立場こそわらわの味方を貫いておるが、自らの派閥を組織するでもなく、ただ一人、唯我独尊を極めておっただけなのだ。まあだからこそギヨルド王家も本格的にこやつを排除しようとは思わなんだが」
まあ、アンジュが本気出すと私との接触も早まっちゃってただろうからね。それはほんの数日前までのアンジュとしては本意ではなかったようだし。
「アンジュは大丈夫なの? 今後はマニャール商会やジスカール伯爵やらと組んで動き出すつもりなのでしょう?」
「傀儡も亡命も準備はすぐに整います」
「くれぐれも慎重にね。動き出すのは準備が整ってからよ」
「心得ています」
確かにアンジュ本人は優秀だけど、特別実践経験が豊富と言うわけでもない。今までは悪目立ちしないように立ち回っていたのだろうし。ある意味カノンの方が先輩とすら呼べるだろう。まあ、これだけの力と器量を持ちながら悪目立ちせずに立ち回れていた時点で十分とも言えるかもだけど。
「フロルとアンジュの意思はわかったわ。けれど今ここで細部を詰めてしまいなさい。私達としてはこれ以上事態が複雑化するのを避けたいのよ。私達の目の届く場所で計画を立てなさい。これはその為の場よ。どれだけ時間をかけても構わないわ。それに私達の理解度も気にする必要はない。その為にグリアさんにまで来てもらったのだもの。徹底的に話し合いなさい」
「ならば深層に移ろう。お互いそう長くは空けられんだろ」
「その意見は採用するわ。アルカ。移動しなさい」
「ラフマとイオス、それにタマキとチハヤ、あとノエルとセラフも連れて行くの?」
「当然よ。そちらについても話し合わなければならないわ。暫く付き合わせなさい」
だからって帝国の問題とは関係無いとも思うけど……。仕方ない。セレネには何か考えがあるみたいだし。それにやっぱり私にはこれ以上何かを言う勇気は無い。悪いけど皆にも付き合ってもらおう。