40-63.電波(観測)系ヒロイン
「私自身の事をお話する前に、先ずは一つずつおさらいしていきましょう」
深層を経由してアイリスに場所を移すと、マリアンジュ姫はそんな事を言い出した。
「こうして私をお誘いくださったのは、マニャール商会とジスカール伯爵の関与がキッカケでしたね」
まるでこっちの事情を全て把握しているかのような口ぶりだ。最初の噂云々はブラフだったのだろうか。もっとなにか特殊な力で直接見てきたのではなかろうか。
「先ずはジスカール伯爵の線を遡ってみましょう。彼、ドミニク・ジスカールはセルフィーさんの亡き友である、先代ジスカール伯、ミラベル・ラランド・ジスカールの長子です」
当然のようにセフィ姉の名前まで出してきた。
「とは言え今回、これ以上セルフィーさんの出番はありません。彼女は理由付けの一端です。アルカさんにとってなんとしても解決しなければならない問題だと印象付けたに過ぎません」
そうだね。ドミニク・ジスカールがどんな困った人だとしても私は彼の命と立場を守るだろう。それがセフィ姉へのせめてもの謝意になると思うから。
「であれば、気にするべきはもう一つの線。ジゼル・マニャールとの縁ですね。今度はマニャール商会との関係性を遡ってみましょう」
今回の件に限らず私と直接の縁もあるんだよね。そこにもなにか意味があるのかしら。
「こちらもまた複数の要素が絡み合っています。クロエさんがキッカケではありますが、アルカさんはジゼル・マニャール個人とも繋がりがありますし、クロエさんには我が師、ルネルとの関係もあります」
我が師って言った? ここでもルネルが出てくるの? それに私とジゼルの繋がりって昨日今日の話じゃ無いよね? たぶん過去に私が救ったって話だよね?
「アルカさんはどこでマニャール商会の方々を救ったのだと思いますか?」
「えっと……ムスペル?」
「そうです。それしかあり得ませんよね。アルカさんはこちらの地方ではあまり活動されていなかったのですから。ヴァガル帝国内に至っては訪れてすらいません。当時アルカさんはこう考えたのです。帝国は悪役の国だと。この世界唯一の帝国に忌避感を抱いた一番の理由はそこにあったのです」
え? そうだっけ? 戦争しそうって理由だけじゃなかったっけ? でも言われてみればそうかも? なんか映画とかの印象で雑に考えていたのかも?
「マニャール商会はとある事情でムスペルを訪れました。その帰り道の事です。彼らは賊に襲われました。アルカさんは幾ばくかの命をお救いになられました。それから名乗りもせず立ち去りました。以上が事のあらましです。あらあら? これで本当に接点と呼べるのでしょうか?」
何時もの流れだね。道理で覚えていないわけだよ。道中の盗賊退治とか日常茶飯事だったし。
「本当にそれだけですか? おかしいと思いませんか? ジゼル・マニャールの両親はその時亡くなっているのですよ? アルカさんはそんな状態の少女を捨て置いたのですか? 両親の遺体と血溜まりの中で泣き続ける幼い少女に声もかけずに立ち去ったのですか? あなたはそんな薄情なお方ではありませんよ? ですから不自然なのです。何かが足りていないのです。それはいったいなんだと思いますか?」
え……?
「実は一人登場人物が足りていないのです。いったいそれは誰だと思いますか?」
「……ルネル?」
「そう。そうなのです。ヴァガル帝国に関係する人物でアルカさんと同時期に旅をしていたのは彼女です。アルカさんはルネルと出会った時の事を覚えていますか?」
「えっと……。そっか。ムスペルを離れた後に……」
「そうです。我らが師はマニャール一家がムスペルへ旅立ったのを機にこの地を離れる事にしました。そこを引き止めてしまったのがこの私だったのです。結果、彼女は少しばかり遅れてこの地を旅立ちました」
「……もしかしてルネルは?」
「偶然だったのか、或いは愛弟子の事が気になったのか。それは私にもわかりません。私の知り得る情報に個人の感情は含まれませんので」
じゃあさっきの帝国云々は?
「アルカさんはお気づきではないのかもしれませんが、あの頃は特に独り言が多かったのです。言葉にして頂けた事ならば私もこうして知る事ができます」
え? 今言葉にしてないよ? なかったよね?
「私は長い間アルカさんを見守り続けてきました。こうして向かい合えばその心情を察する事など造作もありません」
「私が賊を追い払うところも見ていたの?」
「ええ。同時にアルカさんもルネルを目撃しています」
「え?」
「ルネルはあの時、成人した人間の容姿に化けていました。アルカさんは救助活動を始めた彼女に後を任せて去ったのです」
「……」
「恥じる必要はありません。アルカさんはちゃんと様子を確認してから去ったのですから。あなたは為すべき事を為しました。ルネルがアルカさんを愛おしく思っているのが何よりの証拠です。彼女があなたに入れ込んだのはその出来事がキッカケだったのです」
知らなかった……。力の使い方がなってないとかは後付の口実だったんだ……。
「ルネルはジゼル・マニャールを送り届けた後、彼女たちの側に居る事は選ばずアルカさんを追いました。ですがこれも薄情とは言わないであげてください」
「うん。わかってる。あのルネルがそんな状態で側にいる事を選ぶ筈がないから」
ルネルなら絶対に離れられなくなる。きっと全て私がやった事にしてジゼル達を送り届けたのだろう。ルネルもまた、ジゼル達に正体を明かす事も無かったのだろう。
それにクロエの事も信頼していたのだろう。クロエが側付きになったのはルネルの弟子だったからというのも関係があるのかもしれない。
そもそもルネルが自分から大商会の食客なんて立場になるとも思えない。ルネルを連れ込んだのはクロエだったのかもしれない。当時はお嬢様付きではない一介のメイドだったのだろうし。
「実はあなた方の中で最もこの地に因縁が深いのはルネルなのです。ですがルネルの出番もこれでお終いです。彼女の関与は偶然に過ぎません。本題とは関係が無いのです」
ルネルすらも誰かの操り人形だった。とかでは無いわけか。
「今度はクロエさんの線を辿ってみましょう。彼女を見出したキッカケはなんだったのでしょうか? そう。ローラン・ジスカールがマティルダ・バシュレーを迎えに赴いた事でしたね。ならばマティさんとの関係は? 御存知の通りコレット殿下とエーリ村の繋がり故に導かれたのです」
コレットちゃんが私を連れて行ったのだ。あれが今回の騒動の始まりだった。
「実はまだ続ける事もできますよね? コレット殿下はフロリアーナ皇帝陛下との縁で。フロリアーナ皇帝陛下とはエステリーナ殿下との縁で。エステリーナ殿下はベアトリス殿下との縁で。ベアトリス殿下はシルヴァン殿下との縁で。シルヴァン殿下はクレアさんとの縁で。遡ればこの地域に足を踏み入れた理由はこんなところでしたでしょうか。もうちょっとだけ踏み込むならピレウスのギルド長さんがクレアさんの捜索と連行を依頼した事もキッカケと呼べるのかもしれません」
本当に全部知っているのね。流石に少し怖いわね。ある意味慣れっこではあるんだけど。
「失礼致しました。少々調子に乗りすぎたようです。実はこれらの経緯と今回の件はなんら関係がございません。あくまで私の知識をお披露目したかっただけなのです。私は所謂マニアというものでして。少しばかり口数が増えてしまうのも致し方無い事なのです」
お姉ちゃんやノルンに匹敵するんじゃないかしら。それ以上?
『ハルも』
『まけてない』
そうね。ハルちゃんもね。
「そうは言いましても全くの無関係というわけでもありません。因果というのは複雑怪奇なものなのです。どこからどう繋がっていくのかは誰にも知り得ぬ事なのです。今回の件もまた、ただの一本道ではございません。シルヴァン王子殿下は異界より訪れた寄生生物によってその命を奪われました。かの寄生生物は太古の偉大な指導者の一人である、ヘスティ陛下の祖国を滅ぼした存在でもあります。そして同時に、アルカさんの最も信頼する臣下の一人、シイナさんの先祖とでも呼ぶべき存在です。それはつまり、かつて女神ノルンが守護した世界をこそ元凶と呼ぶべきなのかもしれません」
それは……。
「ええ。飛躍のしすぎですね。アルカさんには今回のルート以外にもムスペル王国やヴァガル帝国と縁を持つ可能性は十分に存在したのですから」
「もしかして他のルートも知っているの?」
「いいえ。私が認識しているのは今のアルカさんの歩んできた道のりだけです。それ以外の事は知り得ません。ただ少し俯瞰して見る事が出来る立場にあったというだけの事です」
「なんで今まで接触してこなかったの?」
「その話はまた後ほど。先ずは私について深く知って頂く必要がございますので」
「今回の件で他にまだ話したい事があるの?」
「未だ本題には触れておりません。何故私が縁を辿る必要があるとお伝えしたのかはお気づきですか?」
「……裏で糸を引いている者がいるから?」
「違います。皆無とは言いませんが少なくとも今回の一件とは関係がありません」
「本当に?」
「アルカさんの因果が強く影響を齎してしまう事には理由があるのです。私もまたその一端を担う者なのです」
「何が言いたいのかわからないわ」
「今回の出来事に関係しつつ、まだ名の上がっていない大物がおりましたね」
「……ラフマの事?」
「ええ。そうです。彼女もまた観測者の一人だったのです」
「ラフマが原因なの?」
「そうであるとも、そうでないとも言えます。アルカさんの動向を見守る観測者は数多と存在しているのです。彼女はその一人に過ぎません。ですが他の者とは一線を画す規模と力を持つ存在でもあります。その分影響も大きなものとなっていた事でしょう」
「……それってイオスやノルンも?」
「ええ。かつては彼女達も観測者の一人でした。そういう意味ではニクスさんとレリアさんも同様です。トニアさんやセレネさんですらも含まれるのかもしれません」
……その程度でも? 超常の力に限らないってこと?
「因果とはそうして育まれるものなのです。矢印をイメージしてください。この場合の矢印には単なる指向性だけでなく何かを動かす力が含まれます。数多の矢印が数多の方向からアルカさんを指し示すのです。それらは力の流れを生み出します。そうしてアルカさんを中心に渦を巻くのです。或いは圧縮され、重力を生み出すのです。アルカさんを中心に物事が大きく動いていくのはこれが原因です。誰かの思惑が働いているわけではありません。偽神の力は確かに強大ですが、今となっては彼女もまたこの矢印の一つに過ぎません。ですから過剰に恐れる必要は無いのです。何れ間違いなくあなたは彼女を超えるでしょう。これもまた必然なのです。彼女は観測者達から飽きられてしまいましたから。これ以上力をつける事は出来ないのです」
「……あなたは何者なの?」
「私もまた一介の観測者にすぎません。姫であるという事以上に特別な存在でもありません。ただ少しばかり他者より俯瞰して見えている。それだけの事なのです」
「よくわからないわ」
「覚視のとぉっっっても凄い版とでも思ってください♪」
「千里眼みたいな?」
しかも私世界の出来事とかもお構いなし?
「加えて多少の未来観測もできます。ノアさんとは違って心の中までは読み取れませんが。まあ、あまり見えすぎても物語を純粋に楽しめませんからね。必要なかったのでしょう」
「……なんで私を?」
「皆が注目しているものって気になりますよね? それと同じです」
「矢印がいっぱい見えたから?」
「初めて見た時は本当に驚きました♪」
「あなたは私の味方?」
「大ファンです♪ もう一度握手してください♪」
にぎにぎ。
「えっと……私の家族になってくれる?」
「待ち望んでいました♪」
取り敢えず確保しとこう。放っておくには危険過ぎる……。
「そう。ならもっと教えて。あなたの事を」
「構いません。ですがこれ以上語るべき事もありません。私は所詮観測者の一人です。登場人物になる事を憧れてはいましたし、アルカさんに並々ならぬ想いを抱いてもいます。しかし自ら物語を動かしたいわけでは無いのです。ただ楽しく拝見させて頂いている一介のファンに過ぎません。今後もあまり積極的に介入するつもりはありません。誰よりも近い特等席で見物させて頂くだけで至上の幸福なのです。それ以上は観測者仲間にも嫉妬されてしまいますからね。私のせいでこの物語が壊されてしまっては悔いても悔やみきれません。あ、でも勘違いはしないでくださいね? ただの一登場人物としてなら大抵の事では力になってみせます。マニャール商会とジスカール伯爵家の今後についてはどうぞ遠慮なく私にお任せください。これでも姫としては優秀なのです。必要なだけの権力は握っています。如何様にもお使いください」
「えっと。うん。わかった。ありがとう。助かるわ」
「はい♪」
……ダメだ。ちょっともうキャパオーバーだ。そろそろ一度落ち着きたい。
 




