40-62.運命の導き
『本体帰して分体残せばよかったんじゃないかしら?』
ねえ? なんで今そういう事言うの?
「アルカ? 聞いてるの?」
「はい。聞いてます」
「こんなの黙っておけるわけないよね?」
「仰るとおりです。ですがそこをどうか……」
「なんの為に武闘大会なんて大掛かりな仕掛けを準備しているのか忘れちゃったの? カノン達がどれだけ頑張っているかわからないの?」
「いえ……存じています……」
「ならわかるよね?」
「はい……」
「直接ギヨルド王家に干渉するのは認めないよ。アルカの悪ふざけはここまでだよ。皆で家に帰るよ」
「セフィ姉……」
「そんな目を向けないで。悪いのはアルカ達でしょ」
「それでもお願いだ。セフィ。どうかここは見逃してよ。何も手を貸せとまでは言わないから。アルカはただ落ち込んでいるコレットを放っておけなかっただけなんだ。本当に悪気があってここまで来たわけじゃないんだよ」
「そんな事わかってるよ。だからって他の約束を蔑ろにして良いわけ無いでしょ。ニクスもこれ以上唆さないでよ」
「ならセフィは全部放り出せって言うの?」
「ここでアルカが手を引いたって誰も困らないでしょ? クロエは捕らえてしまえばいいし、ジゼルは攫っちゃいなよ。それだけなら見逃してあげるから。なんて言ったっけ? そのギヨルドの貴族がどうなったって関係ないでしょ」
「ジゼル達はジスカール伯家に恩があるから……」
「……うん? あれ? ジスカール? ジスカールって言った? それってまさかミラベル・ラランド・ジスカール?」
「え? えっと? ミラベル様を知ってるん? 先代のご当主様なんやけど……」
「嘘でしょ……そんな事って……」
おっと? 流れ変わった?
「……今代の当主は?」
「ドミニク様なのです」
「……はぁ~」
セフィ姉が頭を抱えている。どうやら知り合いだったらしい。驚きだ。ギヨルド王国に旧友がいるなんて一言も言ってなかったのに。
「……ドム坊が悪さをしているの?」
ドム坊? そっちとも会ったことあるの?
「暴走しているのは間違いない。ギヨルド王家の思惑すら超えて皇帝直轄領に手を出しているんだ」
ニクスがチャンスとばかりに力強い声音で答えた。
「……ミラベルは?」
「数年前に……」
「……そっか。うん。わかってた。大丈夫」
ご存命だったらここまで拗れもしなかったのだろう。なんか凄い完璧超人だったって話だし。
でもそっか。その人はセフィ姉の旧友だったのか。Sランク冒険者だったって話だし、セフィ姉とパーティでも組んでいたのかもしれない。子供の名前も知っていたくらいだし。
「アルカ……ごめん。やっぱりお願い」
「良いの?」
「ごめん……聞かないで……」
消沈したセフィ姉はそのまま一人で転移してしまった。たぶんミラベルさんとの事を思い出してしまったのだろう。
それに個人的な事情でカノンを裏切るのが心苦しいというのもありそうだ。だからこれ以上言葉にするのは控えたのだろう。きっと全てが終わってから一緒にカノンに頭を下げるつもりなのだろう。もしかしたらその時には全ての事情を話してくれるつもりなのかもしれない。
「ジスカール伯の説得をセフィに頼んだら王女を味方につける必要は無くなるかな?」
「やめておきましょう」
セフィ姉は実はかなり繊細だ。喪った人達との事は掘り返すべきじゃない。そもそも殆ど覚えていない可能性が高い。お母様の事も、旦那さんの事も、ミラベルさんの事も、きっと大部分を忘れてしまっているのだから。
忘れないと心が保たないのだ。それだけ情や愛が深い人なんだ。私もそんなセフィ姉の様子を何度か目にしてきた。未だ三百年にも満たない生はエルフとしては短い部類だ。けれど人間からしたらずっと長い。セフィ姉はそれでも人間の社会で生きてきた。
普段は楽しげだけど、心の奥底には沢山の悲しみを封じてきた人だ。だから本当は限界だったのかもしれない。レヴィとの暮らしの場を人里離れた森の中に定めたのもそんな理由だったのかもしれない。
これ以上別れを重ねるのは受け入れられなかったのかもしれない。だから旧友の忘れ形見と会おうとは思えなかったのかもしれない。なら会わせるべきじゃない。無理に巻き込むべきじゃない。
「とにかく明日は予定通りに進めよう。けどそれで最後だ。首尾良く事が済んだら後はジゼル達に任せよう。アルカは帰って皆を安心させてあげて」
「ええ。そうね。その為にも必要な事を済ませましょう」
先ずはクロエとジゼルとの契約だ。私の力を与えればクロエならすぐに必要な技術をマスターするだろう。アイリスを使って学習の短縮も出来る。マリアンジュ姫を仲間に加えてから最後にもう一度籠もるとしよう。その時は深層を使っても良いし。
ここからは寄り道無しだ。余計なことはせず、自分の手を出す範疇を弁えて行動しよう。
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「冒険者アルカ。噂は聞いております」
本当にあっさりとジゼルはやり遂げた。もうじき日が暮れようかという頃になって、マリアンジュ姫自ら商会の一室を訪れた。どんなマジックを使ったのかはわからないけど、伝を使ってメッセージを届けてくれたようだ。
そして驚いた事に今この部屋には私とお姫様だけなのだ。実はニクスとクロエも居るのだけど、認識阻害をかけてお姫様には気づかれないようにしている。
けど二人の事は問題じゃない。それより気になるのは、この場には護衛の一人も同席していないという事だ。商会までは同行していたのだけど、何故かお姫様は護衛達を部屋の外に残して一人だけで入ってきたのだ。
「光栄です。殿下に存じて頂けるとは」
「ですが、少しばかり噂とは異なるようですね」
マリアンジュ姫は噂通りの美しさだった。しかも意思の強そうな目をした私好みの少女だ。今はフードを被ったままだが、その高貴なオーラは到底隠しきれていない。ツムギよりお姫様度は高そうだ。なんならカノンといい勝負だ。
「とおっしゃいますと?」
「王族相手でも下手に出ることは無いのだと。そう聞いておりました」
本当はもっと苛烈な噂だろう。王を顎で使うとか何かそっち系の。
「今回私は殿下にお願いしたい事があって参りました」
「なるほど。理由があるのですね。少し残念です。噂では見初めた少女を連れ去るのだと聞いていたのですが」
どこでそんな噂流れてるの? ギルドか。まあ事実だけどさ。いやでも、この国では活動してないよ? なんで知ってたの? 流石に自分から調べないと知りようがないんじゃない? まさか偽神が?
「外の世界にご興味が?」
「ええ。そんなところです」
「ならば好都合。お願いしたいのはまさにその事なのです。殿下の噂を聞きつけてお誘いに上がりました。どうか私と共に来てください。私達には殿下のようなお方が必要です」
「……本当にそれで良いのですか? 私をあくまで姫として扱うと?」
「……ごほん。失礼。そうね。相応しい誘い方ではなかったわね。私はあなたが欲しい。だから私の手を取って。代わりに何でも一つ願いを叶えてあげる。これは契約よ。悪い魔女が唆しに来たのよ。今あなたは御伽話の主人公となったの。一度は憧れた事があるでしょう? お姫様だって好きでしょう? そういうの興味があるのでしょう?」
「……ふふ♪」
あっさりと私の差し出した手を握るマリアンジュ姫。一切迷う素振りを見せなかった。何か確信を持った様子でこちらを真っ直ぐに見つめてきた。
「本当に良いの?」
「ええ。私は長らくこの時を待っていたのです」
「待っていた?」
「そのお話をする前に先ずは場所を移しましょう。時間の流れの異なる不思議な空間にお誘い頂けるのでしょう?」
なっ!?
「君は何者? 何でそんな事を知っているの?」
隠れていたニクスが問い詰めるように言葉を挟む。
「詳しくは後ほど」
お姫様は動じた様子もなく、突然現れたニクスに向かって微笑みかけた。
仕方ない。どの道必要な事だ。疑念はあるけど先ずは話を聞いてみよう。もうここまで来たら大抵の事では驚かない自信がある。思えば今回はやたらと誘導されているような感じが続いていた。もしかしたら全部偽神の手の平の上なのかも。後でカノン達に沢山謝らないとだ。