40-55.答え合わせ
「なんや。クロエが一緒に行きたいだけやん。ならそう言うたらええやん。クロネの望みなら何でも叶えたるで」
アイリス世界にジゼルを連れ込み、一通りのリアクションタイムと諸々の説明が済むと、ジゼルは呆れたように、けれど最後だけ若干力強くそう告げた。
「違うのです。私は主の為に進言しているのです。主の望みを私が叶えるのです。逆はありえねえのです」
クロエ的に譲れないものがあるようだ。
「そうかぁ。ならそういう事にしたるわぁ」
ジゼルも慣れていらっしゃる。
「まあ、そやかてややこしいんやけども。うちら駆け落ちしたら露頭に迷う連中が大勢いるんや」
「そうなの? こう聞くのもあれだけど、商会ってそんなに厳しい状況なの?」
「勿論そんなんあれへん。うちは王室御用達の由緒正しい老舗や。会長職かて何時でも引き継げるよう備えてる。万が一の可能性かてあるんやし。うちもそれでようさん苦労したからな。せやけど今はタイミングが悪いんや。厄介な仕事請け負うててな」
「もしかしてそれが皇帝直轄領の切り取り?」
「……けったいな気分やなぁ。皇帝の懐刀とこんな話する事になるなんてなぁ」
「安心して。問答無用で捕らえたりはしないわ」
「こんなん勝てるわけあれへんやん……」
ジゼルも彼我の戦力差については察しているようだ。それも当然か。今はアイリス世界に囚われているようなものなのだ。しかも転移の事も知っていたくらいだものね。転移でどこにでも乗り込んで来て、問答無用で対象を幽閉出来るSランク冒険者とか対策のしようもないし。
私ってまるで恐怖の象徴よね。ナマハゲとか何かそんな感じの。悪いことしてると何処からともなく現れて食べられちゃうやつだ。だから大勢から嫌われてるんだけども。
「降参や。何でも話す。そやからうちらだけでも見逃して」
「勘違いしないで。今の時点で強硬手段に出るつもりはないわ。私達にも派手に動けない事情があるの」
「どうりで。最近活躍聞けへん思うとったんよ」
私に詳しい人多くない?
「まあそれはそれとして、ギヨルド王国の目論見については話してもらうけど」
「そうやな……」
流石にジゼルの立場では抵抗も大きいようだ。それでも覚悟を決めて語りだした。商会員達の未来の為にはやむを得ないと判断したのだろう。
概ねは私達の想定通りだ。ギヨルド王家が帝位簒奪を目論んでおり、ジスカール伯とマニャール商会がその尖兵として駆り出された。お上の命令には当然逆らえる筈もなく、マニャール商会はエーリ村の切り取りに与することになったのだった。
「まあそこら辺はいいのよ。国として、そこに住まう者として、諸々の事情は察するわ。殊更に責め立てるような事じゃない。例えそれで私達のよく知る一つの家族が不幸に陥ったとしてもね」
エーリ村の代官一家がああなったのも元伯爵の選択の結果だ。彼は誘惑に負けずに皇帝陛下へ報告すべきだったのだ。それを選ばなかった時点で情状酌量の余地はない。
だからと言って別に彼だけが悪いとまでは言わない。あれは単に誰よりも姑息だっただけだ。フロルの立場からしたらギヨルドに与した全ての者達が断罪の対象となるのだ。裏切ったという意味では皆同じだ。ギヨルド王国もヴァガル皇帝への忠誠を誓っているからこそ存在を許されているのだ。それが例え遥か昔の誓いに過ぎないとしても関係の無い事だ。
ただまあ、これも本来であればって話だ。私達の目論見はその全てを飲み込んで度量を見せつける事だ。その程度の事で帝国は揺るがないと見せつけなければならないのだ。
「ならそんな言い方しないであげなよ。個人的には不満タラタラだって言ってるようなものじゃんか」
仕方ないじゃない。マティもリジィもキティもついでにローランくんも知り合いになっちゃったんだから。
「かんにんなぁ……」
「ということで。ジゼルとクロエは私のものになりなさい。そうしたらマニャール商会は助けてあげる。もうわかっていると思うけど、私が皇帝側についている以上、ギヨルド王国に勝ち目は無いわよ」
本当はこんな言い方したくなかったんだけど。でもクロエが……いや、言うまい。私も卑怯な手段を選んだだけだ。それが事実だ。認めよう。
「しゃあないかぁ……」
ジゼルも異論は無いようだ。渋々ではあるけど。
「二人とも気に病む必要はねえのです。これは私が選んだ事なのです。アルカは私の心をこじ開けたのです。それは何より大切な主を託しても良いと思えた程なのです。私の望みはただ主が勝ち残る事だけなのです。最も可能性の高い方に賭けるだけなのです。そしてアルカだからこそ、私は何の心配もしてねえのです」
「そやかて勝手しすぎやん。うちの事だけちゃうく皆の事も考えなはれ。うちらには商会員を守る責務があるんやから」
クロエとジゼルでは一番大切なものが違うようだ。クロエが忠誠を誓っているのはあくまでジゼル一人なのだろう。とは言え、別にクロエも商会を蔑ろにしているわけでは無いはずだ。お屋敷を歩いている時には嬉しそうに挨拶を交わし合っていた。あの人達もまた大切な存在である事に代わりは無いのだろう。只少し、重さが違うだけなのだ。
「具体的な方針を話し合いましょう。誰もが不幸にならないそんな未来を勝ち取りましょう」
「そうやな。うちも切り替えるわ」
「異論はねえのです」
「なら先ずは目的を明確にしよう。その為にジゼルに幾つか問おう。一つ目。ジゼルは国を裏切る覚悟があるかい?」
「ややこしいとこやな。存在を抹消される言うなら反対や。存続を許されるなら着地点を探るのには協力する。後は優先度の問題もある。うちにとって最も大切なんはクロエと商会の皆や。他にも個人的にお世話になった人もようさんおるから、そういう意味では国も大切やけど、取り立てて愛国心が強いってわけでもあれへん」
「そう。わかった。それで十分だ。むしろ都合が良いくらいだね。質問を続けよう。二つ目。ジゼルは、いや、マニャール商会は皇帝個人に忠誠を誓えるかい?」
「無理や。うちらは商人や。国から目ぇつけられるような悪どい事をするつもりはあれへんけど、国の言いなりで何でもするわけちゃう」
今回の件は純粋にマニャール商会としても利のある話だったから乗ったという事かしら? それとも将来的にそう在りたいって話? 或いは心からの忠誠心で従う事は無理でも、無理難題を押し付けられてやむを得ず従わざるを得ない事はあるってところかしら?
「それしか生き延びる道が無いとしてもかい?」
「そん時はうちの首差し出して皆は逃がす。生き延びる為に何でもするんはほんまに最後の手段や。悪魔に魂売るにしたかて、そらうちが勝手に皆の分まで売り払うてええわけちゃう。商会の皆は商品ちゃう。家族や。家族切り売りしだしたらお終いや」
どっかの誰かにも聞かせてあげたい言葉だ。
「エーリ村の切り取りはそれにあたらないと?」
「十分な勝算はあったんやで。とんだ誤算やったけどなぁ」
私の関与は想定していなかったわけね。まあそりゃそうよね。ジゼルはトニアと違ってギルドと直接繋がっているわけではないからムスペルの情報はまだ掴んでいなかったのだろうし。例え知っていたとしても、たった一人関わっただけでひっくり返されるとは思いもしないわよね。
「少なくとも話し合いの余地はあるんだね。マニャール商会にとって利となるなら多少危険な仕事も請け負えると」
「別にそういうわけちゃう。今回の件については義理があったからや。先代ジスカール伯にはようさん世話になってな」
そうか。やっぱりそことも懇意なのか。
「じゃあ三つ目の質問だ。ジスカール伯とはどういう関係なの? クロエがジスカール伯家の護衛達を顎で使ってたけど、ジゼル達が高位の貴族ってわけじゃないんでしょ?」
「……またやったんか。クロエ。あかん言うたやろ」
ジゼルはクロエを睨んでから頭を抱え込んでしまった。
「彼奴等がとろいのが悪いのです。私は仕事をしただけなのです」
クロエは悪びれる様子もない。むしろどこか誇らしげだ。
「坊っちゃんのお気に入りやからってなんでも許されるわけちゃうんやで。無礼討ちされたらどないすんのや」
なるほど。あの伯爵家の子息がクロエを個人的に気に入ってるわけか。
「私と坊っちゃんの仲なのです。今更あり得ないのです」
クロエもクロエで信頼してるのね。それはなんとなくわかってたけど。もしかして付き合い長いのかしら?
「先代ジスカール伯はうちらの後見人みたいな方でな。今代の方とはそれ程でもあれへんのやけど、坊っちゃんとは幼い頃からの付き合いなんや。所謂幼馴染ってやっちゃな」
なるほど。そういう。
「ちょっと話は変わるけど、クロエの強さってどうやって身につけたものなの? 聞く限りただの商会のメイドよね? 貴族の英才教育とか受けたわけじゃないんでしょ? それともローラン・ジスカールと一緒に何か教わっていたの?」
その割にはあの青年が強いようには見えなかったけど。
「師匠がいたのです」
「一時期うちに滞在しとった旅のエルフがおってん」
旅のエルフ?
「ちなみに名前はルネルって言ったりしない?」
「知っているのですか!?」
テンション爆上がりのクロエが飛びついてきた。
そうか。ルネルの弟子か。どうりで……。なんか諸々納得したわ。
「うちにいるわよ。ルネルも。私の伴侶だし」
「お会いしたいのです!!」
尻尾がまたブンブンしてる。また随分と懐いているわね。クロエって案外懐っこいわよね。
「うちに来てくれたらいくらでも会わせてあげるわ。なんなら口説き落としてもいいわよ」
勿論出来るならだけど。ルネルにももっとはっちゃけて欲しいからね。一人でも多く愛する相手を見つけてほしいものだ。それで私達とずっと一緒に居たいと思ってほしい。ルネルに関しては私一人じゃちょっと自信無いもの。今はエルナもいるから焦る必要は無いとも思うけど。
「わっふ~~~~!!!」
どうやらルネルは本と家電の山に匹敵する魅力を持っているようだ。こう言ってしまうと大した事なく聞こえちゃうかしら? でもクロエが人の言葉を失うには十分な力だ。
「くっ!」
ジゼルが目を覆って俯いた。どっちかな? クロエの愛らしさに限界を迎えたのかな? それとも妬いてる?