40-51.恋の綱引き
「うっぷ……」
「大げさだなぁ。酔いだってオフに出来るでしょ?」
むしろ忠実に再現されていたわ。私の本来のスペックとかお構いなしに恐怖と吐き気を植え付けてきたわ。
「素晴らしい乗り物なのです。
これは現実でも再現出来るのです?」
「出来ないよ。今のところはね」
ドライブ中にクロエとニクスもすっかり仲良くなったようだ。
「ならこの光景はどこに由来するものなのです?」
「世界は幾つもあるんだよ。そして世界毎に発展する技術は様々だ。クロエのよく知る世界が魔力を根幹としたように、他の世界では火や電気を使いこなしていたりもするんだ」
「ならば実現可能なのでは?」
クロエ賢い。別に魔力があるからって火や電気が存在しないわけじゃないからね。むしろ魔力使えばあっちより簡単に生み出せるわけだし。
「仕組みさえ知っていれば似たような事は試せるだろうね」
「過程が存在していないのですね」
「そう。その通りだよ。必要なのはエネルギーの扱い方だけじゃない。それを受け止められる車体作りだって重要だ。技術っていうのは一側面だけで進歩するものじゃないからね。多方面からの試行錯誤を繰り返して研鑽を積み上げた結果なんだ。仮に神である私が特別に許可して車を一台プレゼントした所で宝の持ち腐れだ。それを整備して維持する為の知識どころか解体して理解する為の知識すら備わっていないのだから」
ニクスが饒舌だ。あと少し早口だ。随分と楽しんでいらっしゃる。クロエの察しの良さが素晴らしすぎて、話すのが楽しくて仕方がないのだろう。
「喋り過ぎじゃない?」
「良いでしょ。別に。
クロエは家族になるんだから」
まあニクスが良いと言うなら異論はないけども。
「逆なのです。私があなた方を貰い受けるのです。こんなの見せられたら絶対逃がすわけにはいかないのです」
あれ? そっちも燃えてるの?
「相思相愛だね♪」
「なんか違くない?」
運命の赤い糸で綱引きしてるみたいな状況よ?
「次はあれを見たいのです」
クロエは私達の手を引いて歩き出した。表面上は落ち着いているのに尻尾はブンブン揺れっぱなしだ。可愛い。
「あまり見ないでほしいのです……」
視線に気付かれてしまった。流石にじっくり見つめすぎたわね。チラ見くらいなら許してくれるけど、凝視は本気で恥ずかしいようだ。やめておこう。
「触って良い?」
「私のものになったら許すのです」
「逆だってば」
「もうそれでも良いんじゃない? 先ずはクロエの主の事も聞いてみたらどうかな。上手く折り合いがつけられるかもしれないよ」
「というと?」
「まだちゃんと欲しいものだって聞いてないでしょ。クロエの主が直接皇帝になる事を望んでいるとも限らないじゃん」
皇帝フロルの体制と相容れないとは限らないわけか。言われてみればそうかもね。まだクロエの主人がギヨルド王家と決まったわけでもないし、王家の人間だからと皇帝の地位を狙っているとも限らない。
ギヨルド王国内にだっていくつか派閥があるんだろうし。あくまでクロエが仕えているのはその派閥の一つに過ぎないだろう。
まあ、直轄領切り取りの尖兵を務めるジスカール伯家に手を貸している以上は、帝位簒奪に賛成の立場ではあるんだろうけど。ただそれ自体も肝心の理由を聞いていない。
フロルの治世に不満があるのか、単にギヨルド王国の野心家に従っているのか。後者にしたって直接の部下か、その派閥に属しているだけの賛同者の部下に過ぎないのか、細かく切り分けていけば平和的な落とし所も見つけられるかもしれない。
「どう? その辺教えてくれるつもりはある?」
「擦り合わせはまだ出来ねえのです。妥協するには早すぎるのです。そんなのもったいねえのです」
折角だから時間いっぱいまではここで遊んでいたいと? 或いは私達を本気で自分のものにするつもり? そのチャンスをふいにするのが勿体ないって事? そのどっちも?
「冷静な内に妥協する事を勧めるよ。アルカに完全に取り込まれてからじゃ判断も鈍るかもしれないからね」
「ニクスはどちらの味方なのかしら?」
「そんなの言うまでもないでしょ。けどクロエの事も気に入ったからね。多少は親身になってもあげたくなるんだよ」
「本当に珍しく入れ込んでるわね。よっぽど相性が良かったのかしら」
「光栄なのです。ニクス様」
「ニクスで良いよ。クロエ」
あれ? 私より先に名前で呼び合ってる?
クロエったら未だに私の事は呼んでくれてないのに?
「もうニクスが攻略してみたら? なんなら使徒にでもすれば良いんじゃない?」
「なんでイジケてるのさ」
「そんなんじゃないし」
「そんな調子で大丈夫なの?」
ぶっちゃけ少し自信無くなってきた。最近勝率悪いし。皆前ほどすぐには惚れてくれなくなった気がする。好意的ではあっても恋に至るまでは少し時間がかかるようになった気がする。フロルとコレットちゃんはそうだった。
しかもベーダちゃんに至っては明らかな敵意しか向けてくれなかったし。あの子に関しては私自身も特に好意的な感情は持っていないからどうこう言えるわけじゃないけども。
「お二人とも。差し出がましいとは思うですが、どうかその辺でなのです」
「ええ。ごめんなさい。今度はこれね。クロエが気になっているのは」
やって来たのは普通の商業ビルだ。
「ここから沢山の紙の匂いがするのです」
ああ。なるほど。本屋を見つけたのか。
「流石にまずいかしら?」
「少し見るだけにしようか。本の中身を読みたければまた次回って事で」
「生殺しなのです」
でもこればかりはね。どんな情報を目にするかわからないし。それに何より初デートで本に集中するのはあれだしね。
「ついでに調理器具なんかも見ていきましょう。さっきの喫茶店には無い物もいっぱいあるわよ」
「早速乗り込むのです!」