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40-49.堕落への誘い

「どうか! お力添えを!」


「だってさ。クロエ。どう思う?」


「どうも思わねえのです。私に聞くなです。判断するのはローラン坊っちゃんなのです」


 なんか気安いわね。あの二人。


 クロエはやはり一歩引いているようだ。親身に相談に乗るつもりも、どうこうしろと命令するつもりも無いらしい。



「う~ん。困ったなぁ。僕としてはフィアンセに一目会ってみたかっただけなんだけどなぁ」


「呑気なこと言ってる場合じゃねえのです。最悪もう国には戻れねえのです。少しは考えろなのです」


「張ってるかな?」


「当然なのです」


「困ったねぇ~」


 大して困っているようにも見えない。こっちのローランはなんだか飄々とした青年だ。自分達が帝位簒奪の尖兵となっている自覚はあるのだろうか。



「まあいいや。折角だからこのまま行ってみよっか」


「好きにしやがれなのです」


 実にあっさりと決めてしまった。特に理由を口にするつもりもないようだ。まさか本当にマティと会ってみたいからなんて理由でもあるまいに。


 それにたったこれだけのやり取りで済ませられるなんて、なんだかこの二人は通じ合っているみたいだ。ただ気安いだけじゃなくて、それなりに長い付き合いだったりするのだろうか。


 クロエもクロエで単に監視が役目なのだとしても、こんな追い詰められた状況で青年に意思決定権を委ね続けている。職務に忠実なだけでなく、彼自身をある程度以上は信頼している証のようにも思える。




 二人は、今引き返した所でギヨルド王国と皇帝直轄領の間には網が張られていると考えたらしい。


 普通はそれが正しい判断だ。エーリ村だけ押さえて待ち構えるなんて片手落ちだ。万全を期すなら挟み撃ちにするのが定石だ。


 けど残念ながらそんなものは存在しない。彼らは勘違いしている。皇帝が以前から元伯爵の裏切りを知っていたなんて事実は存在しないのだ。言うまでもなくこの状況は偶然の産物だ。そして報告したのが私達である以上、フロルもわざわざ手を回したりはしないだろう。片手だけで十分に事足りるのだから。




 ローラン・ジスカールは、元伯爵が必死の様相で感謝を述べて擦り寄ろうとしても、邪険にするでもなく、逆に特別親しくしようと手懐ける様子もない。ただ自然体で受け流している。


 本当に彼にとって元伯爵の進退やエーリ村とジスカール伯家の関係性はどうでもいいかのようだ。かと言って、自分達に与した事で追い詰められた老人を粗雑に扱わないだけの良識も持ち合わせているらしい。


 彼本人は悪い人間でも無いのかもしれない。ただ私達とは相容れない勢力に所属しているというだけで。



『珍しく評価高いわね。男相手に』


『もう一人のローランもなんだかんだ気に入っている様子でしたよ? 遂に手を出すつもりですかね。男相手に』


 あり得ないわ。私は女の子にしか興味無いんだから。というか別に言う程珍しい事じゃなくない? 他にも爺さんやマルセルさんの事だってそれなりに良く思っているじゃない。


『アルカの男の趣味がわからないわね。共通点は何かしら』


 無いってばそんなもの。しつこいわよ。イロハ。気になるなら私の心を直接覗き見たら良いじゃない。融合したお陰で今までよりずっと深く繋がってるんだから。


『単に度量の広い男が好みなのでは?

 あと融合羨ましいです。私にも解禁してください。先輩』


 いい加減にしなさい。ヤチヨまで。そんな娘には融合を許してあげることなんて出来ないわ。


『イロハには許してるじゃないですかぁ』


 イロハはイロハよ。


『不公平です』


 悪かったわね。度量が狭くて。


『そんなつもりは……すみませんでした……』


『けんか~ダメ~ふたりとも~』


 そうね。仲良くしましょう。ヤチヨ。


『はい。望むところです。小春先輩』


 悪いけど今はこんな事してる場合じゃないものね。今後の事を話し合わなくちゃだ。ここで止めるのか、エーリ村で迎え撃つのか。クロエは本当に引き抜けるのか。その口実はどうするのか。ローラン青年の方はどんな口実でギヨルド王国に戻すのか。一先ず考えるべきはそんな所かしら。



「クロエを引き剥がそうか。なんなら深層に拉致っても良いんじゃない?」


「また強引な事言うわね」


『ニクスは元からそうじゃない』


 それもそうか。一人で守護神やってた頃はその強引さで散々に引っ掻き回してくれたわけだし。


『ほんりょーはっき』

『ひさしぶり』


 ほんとにね。ニクスに作戦立案を任せるのは中々に危険な行為だったわね。



「失礼な相談してないで真面目に考えてよ」


「深層はダメよ。ニクスが言ったことでしょ。私にどんな影響があるかわからないんだから、くれぐれも妙なものは持ち込まないようにって」


「そうだね。それじゃあアイリスを使おう。もうじき日も暮れる。ここらで一旦野営する筈だ。いくら相手が実質的に冒険者一人だけとはいえ、長旅から休みも無しに挑んできたりはしないだろう。その隙を狙おう。職務に忠実なクロエでも必ず一人になるタイミングは存在する。一人になった所を拉致してしまおう」


 やっぱり強引だ。まあでも妥当なところか。説得にどれだけの時間がかかるのかはわからないんだし。



「その前にリジィとマキナは村に帰りなさい。夜通し付き合うのは流石に認めないわ。どの道元伯爵にもエーリ村には戻ってもらうから安心して待っていて。それで朝になったら、渾身の一撃をお見舞いする為にしっかりと身体を温めておいて」


「うん。わかった。あねさん」


「アルカよ。そう呼びなさい。諸々終わったら正式にリジィも貰い受けるわ。覚悟しておいてね」


「うん。ありがとう。アルカ」


 リジィとマキナの頬に軽くキスをして送り出し、それから程なくしてジスカール伯一行が定めた野営地点の近くに降り立った。



「どうやら攫うまでもなかったみたい」


「驚いたわね。あの慎重そうなクロエがまさか一人で来るなんて」


 私達の気配に気付いたクロエは護衛達に主を任せ、一人でこちらに近付いてきた。



「何者でやがりますか。さっさと姿を現すのです」


 案外と穏やかな声で問いかけてきた。自分の実力が及ばないと察して、言葉での解決を試みるつもりらしい。冷静で良い判断だ。少々無謀な気もするが、あの護衛たちが何かの役に立つとも思えない。正確に状況を認識できている証拠だ。



「シーちゃんお願い」


「イエス。マスター」


 私の側に現れたシーちゃんは、その場から遠隔でクロエの頭部にアイリスにログインする為の端末を出現させた。


 クロエはあっさりと意識を手放し、倒れかかった所を私が転移して抱きとめた。


 それから側近組に監視を任せて、私とニクスもアイリス世界にダイブする。



「……どこでやがりますか? ここは」


 ここは私のお気に入りの一つだ。シーちゃんがアイリス世界に作ってくれた場所だ。


 ビル群の立ち並ぶ大都会、その中心となる交差点に面する喫茶店のテラス席だ。本来はあり得ない静寂の中に私達だけが存在している。そういう意味でも非現実的な光景だ。


 人や車等は存在していない。オプションでそれらを出現させる事も出来るけど、私はこの静寂をこそ気に入っている。流石はシーちゃんだ。私の事をよくわかってくれている。



 そんな場所で目を覚ましたクロエは、流石に戸惑った様子を見せてくれた。インパクトも十分だろう。これで更に力の差を示せた筈だ。優位を保って交渉出来るだろう。



「いきなりごめんなさい。クロエ。私はアルカ。こっちはニクス。ここは普段暮らしているのとは少しだけ違う世界。私達はあなたに興味があったの。少しお茶でもしながら話を聞いて頂けるかしら?」


 手元にあるメニューの文字を撫でると、コーヒーが一杯出現した。同じようにしてオレンジジュースを注文し、今度はそれをクロエに差し出した。



「ダメだよ。アルカ。そういう時は同じものを出さなきゃ。先ずは毒なんて入ってないって示してあげないとね」


 そう言ってオレンジジュースをもう一杯注文し、それをクロエに見せるようにしてから自分で飲み始めたニクス。



「魔法なのですか?」


 クロエはとっくに覚悟は決まっているとでも言いたげな様子でオレンジジュースに口をつけた。



「美味しいのです」


「よかった。ケーキはどうかしら?

 甘いものはお好き? 何でも注文していいからね」


「頂くのです」


 案外素直だ。そして肝が座っている。悪くない。



「それでどういう用件なのです?

 生憎私には既に主がいるのです。

 お仕えする事は出来ないのですよ?」


 犬系の容姿に違わぬ忠義に厚い性分なのかしら。



「それはローラン・ジスカール?

 それともジスカール伯?

 或いはギヨルド王家?」


「その質問に答える気は無いのです」


「ハッキリ言いましょう。私達はあなたが欲しいの。悪いけど今の主人の事は忘れてもらうわ。けれどその方の事は尊重しましょう。あなた程の娘が仕える相手ですもの。きっと立派な御仁なのでしょう。今後ヴァガル帝国の情勢がどう変化していこうとも、必ず帝国の為になる方なのでしょう」


「皇帝はとんでもない奴を飼っているのです」


「逆よ。私が皇帝を囲っているの」


「なるほどなのです。それで内乱を止めたいのですね」


「驚かないのね」


「今更なのです」


「それもそうね」


「正直迷惑な話なのです」


「あなた個人にも何か目的があるのかしら?」


「私はただ、取り立てて頂いた恩を返すだけなのです」


「そう。それは大切な事よね。義理堅い娘は好きよ」


「ならば見逃してくださいなのです」


「それは聞けない相談だわ」


「まるで物語に登場する神様なのです。圧倒的な力で理不尽を押し付けてくるのです」


「そうよ。まさにその通り。もしかして読書の趣味も?」


「本は好きなのです」


 あら意外。ノアちゃんとは少し違うタイプなのかもしれない。



「感心ね。けど少しだけ訂正するわ。私は神ではなく悪い魔女なの。ちなみに神様はこっちよ」


 何時の間にかケーキを頼んで舌鼓を打っていたニクスがごきげんな様子でウインクした。



「最悪なのです。神と悪魔が手を組むとか不条理が過ぎるのです。冒涜なのです。現実は小説より奇なりなのです」


「私は魔女よ。悪魔ではないわ」


 どうして毎回そこ取り違えられちゃうの?



「その悪い魔女とやらはどんな取引を持ちかけるつもりなのです?」


「もう伝えたでしょ。私が欲しいのはあなた。その対価に相応しいものを望みなさい。大概の願いは叶えてあげるわ」


「自分で値付けろと言うのです?」


「あなたにはそれだけの価値があるわ」


「なら主を勝たせるのです。私の望みは主の望みだけなのです」


「悪いけどヴァガル帝国はあげられないわ。先約があるの」


「つまり皇帝は身売りしやがったのですね」


「そうよ。運が悪かったわね。出会う順番が違ったらあなたの望みを優先して叶えてあげていたでしょうに」


「理不尽なのです」


「諦めなさい。今のクロエに出来るのは少しでも主の為になる願いを捻り出す事よ。安心して。時間はたっぷりあるわ。今から一週間。この世界で私達と暮らしましょう。それでも向こうの世界ではたったの一時間だけだから」


「一週間……私が籠絡する側に回るのもありなのです?」


「ええ。もちろん。望む所よ」


「やめておいた方がいいよ。それは無謀だよ」


「ダメよ。余計な事は言わないで。ニクス」


「流石に不公平が過ぎるよ。誑しはアルカの十八番じゃん」


「構わねえのです。どの道不利なのは理解しているのです」


「ふふ♪ 良い子ね♪ 素直な子は大好きよ♪」


「勘違いするなです。別に諦めたわけではねえのです」


「ええ。そうね。その調子よ。良いわね。私も増々やる気が湧いてきたわ。精々足掻いてみせなさい」


「望む所なのです。勝てば全て引っくり返せるのです。自分を賭ける価値はあるのです」


「そういう感じ? 増々ノアと気が合いそうだね」


 トニアも加わったばかりなのにね。またしてもノアちゃんの相棒枠誕生かしら? 大丈夫? セレネが嫉妬しない?


 まあそれもこれも勝ってからの話だ。とは言え別に一週間で籠絡できなかったら解放するとは言っていないから、何の心配も無いのだけど。そこを明言させなかったのはクロエの失策か、はたまた潔さの現れか。この子なら後者の可能性も高そうだ。想像以上に高潔で頭の良い子みたいだし。


 しかも同時に負けず嫌いの気も見せてきた。度胸のある子は大好きだ。これは楽しい一週間になりそうね♪

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