40-48.ぐだぐだ進行(いつもの)
「来たわね」
半日程過ぎたところで元伯爵がようやく姿を現した。やはりジスカール伯の関係者達を探していたようだ。元伯爵も荷馬車に乗ってきたらしい。手土産に何かしら積んできたのだろう。時間は無かった筈だから大した物は無いだろうけど、あの村にとっては荷馬車も大切な仕事道具だ。後で回収して村に届けてあげよう。
「けれどクロエも気付いてしまったわね」
「まあ仕方ないよ。そもそもクロエ達は餌だもの」
とは言えどうしたものかしら。後の目的を考えるなら接触する前に捕らえてしまった方が都合が良い。今ならまだギリギリ間に合う距離だ。適当に離れた所へ転移させてから処理すればいい。その場合クロエはまた不審がるだろうが、証拠さえ見せなければエーリ村の事と結びつけられるとは限らないだろう。
「放っておいたらどう?」
ニクスには何か考えがあるらしい。
「それで先ずは出方を伺うの。リジィ父から話を聞いたジスカール伯家の一行が引き返すのか、或いは村を取り戻そうと協力するのか。はたまたリジィ父を突き出してくるのか」
「三つ目はあり得ないでしょ」
「そうだね。順当に考えるなら引き返すだろうし」
「けどそうとも言い切れない?」
「うん。今回は貴族の当主本人でこそないけど、それに近しい人物がわざわざ直接乗り込んできたんだもの。やっぱり手ぶらでは帰れないと思うよ」
なるほど。その人の責任とされてしまうわけか。相変わらずクロエの立場も不明確だし、誰が何を考えて行動するかは予測がつかない状況なのだ。起こり得る可能性は全て想定しておくべきなのだろう。
「ならやっぱりここで捕まえておくべきじゃない?
話しがややこしくなりかねないわ」
「でもほら。そもそもクロエの事は引き抜くつもりでしょ? ならいっそ彼らと協力しちゃおうよ。ガッツリ巻き込んで無理やりこっちの策戦に引きずり込むの。彼にはその為の道化になってもらおう」
ニクスが珍しく饒舌だ。こういうの今までは遠巻きに見ているだけだったけど、積極的に関わる事にしたのだろうか。
「もう少し要約してくれる?」
「策戦はこうだ。先ずはリジィ父をクロエ達と接触させる」
うん。そこまではいい。
「クロエ達は村を奪還する為に動くだろうね。所詮敵は幼い皇女と冒険者の二人だけだ。なんなら絶好の機会でもある。皇女を誘拐してしまおう。大丈夫。片田舎の農村で起こった出来事なんてすぐには広まらない。十分連れ帰るだけの隙は産まれる筈だ。彼らは間違いなくそう考えるよ」
まあ可能性は高いだろう。コレットちゃん確保にはそれだけの危険を冒す価値がある。ギヨルド王国にフロルとコレットちゃんの内情がどれだけ知られているかはわからないけれど、大半の皇族を放逐した皇帝がコレットちゃんだけは今尚側に置いて重宝しているのだ。
その上で今回の出来事だ。皇帝はきっと元伯爵の裏切りを察していたのだろう。だから秘密裏に遣いを送り込んできたのだ。少なくともクロエ達の立場ならそう判断するだろう。元伯爵の説明もそんな内容になるだろうし。
コレットちゃんは皇帝が公私ともに信頼する皇女だ。人質としての価値だけでなく、情報源としても優秀だ。皇帝本人や城内の近況を探る為にも役立つだろう。
既に皇帝直轄領での暗躍は知られているのだ。今更ギヨルド王国が反意を抱いている事は隠しようもない。だがもしコレットちゃん誘拐の件が皇帝の耳に入ったとしても特段デメリットは存在しない。最早、帝位簒奪を仕掛けるのも時間の問題なのだから。強いて言うなら勝手に戦線布告したような状況になるだろうけど、皇帝の弱点となり得る皇女確保の手柄で相殺できるはずだ。
とまあ、そんな感じかしら。
「私達はエーリ村で迎え撃とう。クロエは捕虜にしよう。それで一つ目の目的は達成だ」
ニクスまで乗り気らしい。そんなにクロエが気になるの?
確かに逸材だとは思うけど。ちょっと不思議。
「ついでに元伯爵も取り押さえよう。そのまま家族に謝らせよう。なんならもう一度だけチャンスを与えてもいい。彼もいい加減現実を受け入れるだろう」
結局コレットちゃんの事も私の事も舐めているから逃げ出そうなんて考えたのだものね。私達の力を示せば簡単に従うかもしれない。あれはそういう小者だ。流石に許しはしないけど。
「これで二つ。三つ目にして最後の目的、ギヨルド王国の内部調査はクロエに任せてしまえばいい。アルカがマティに変装して潜り込むまでもなくなるね」
なるほど。そっちが本命か。ようやくニクスらしい考えが見えてきた。
「ノアちゃんがノリノリで準備してるのよ?
今更やっぱやめたなんて言うの?」
「別に文句言わないでしょ。
なんならそれはそれで喜ぶんじゃない?」
どうかしら。エンジョイモードなノアちゃんは読み切れないからなぁ。
「お母様。時間切れよ」
あらら。悩みすぎたわね。
「ごめんね。リジィ。もう少しだけ待っていて」
「うん。大丈夫」
一発殴らせてあげるという約束は先延ばしになってしまった。勿論このままエーリ村に向かってくれるならだけど。
諸々諦めて引き返そうとしたなら今ここで仕掛けるしかなくなるからね。クロエを捕虜&二重スパイにするなら別にエーリ村に辿り着くまで待つ必要も無いんだし。
既にクロエ達は皇帝の許可も得ずに直轄領の生産拠点に近付いているのだ。問答無用で捕らえたとて文句はあるまい。
「やっぱりもう仕掛けちゃわない?」
「ダメ。それより話を聞いていよう。
あの男が齎した情報にどう反応するのか見ておこう」
それもそうか。
後で聞けばわかるかもだけど、そもそもクロエを寝返らせる為の情報も足りていないのだ。説得材料は必要だ。
「一応代官本人だとは認められたみたいね」
どうやら荷馬車の御者をしていた男が顔見知りだったようだ。その者が元伯爵の身分を証明した事で、警戒モードの護衛たちに囲まれた元伯爵がジスカール伯の子息、ローランと話を始めた。
私達はマキナが用意してくれたタブレット端末を覗き込み、彼らから少し離れた所から様子を伺うことにした。