40-39.行動開始
「ローラン君。コレットちゃんには内緒にしてくれたまえ」
「はい! 姐さん!」
さて。これで準備は整った。
策戦はシンプルだ。私の分体をマティに変身させて送り込むのだ。幸いもうすぐ件の工作員が用意した商人も訪れるはずだ。
村人もローラン君もその正体こそ知らなかったが、存在を知った上で調査すればあっさりと尻尾は掴めるものだ。
それも当然の事だろう。横流しする作物だって元はこの村の者達が汗水流して育て上げたものだ。その行方を一切知らないなんて話はあり得ない。
毎回それなりの量を馬車に積み込んでいたのだ。その作業を行っていた村人達の中には相手の事を目撃している者も大勢いる。毛色の違う者は目立つのだ。なんなら不自然に感じていた者達もいたらしい。
あの代官以上に長い間この地で生きてきた者達も当然存在するのだ。彼らが本来納める相手は決まっている。それらとは違う者達が回収にくれば不自然に感じるのも道理だ。
だからと言って村人達を責めたりはするまいよ。彼らからしたら、代官であり貴族でもある元伯爵に疑問を向けるなんて恐れ多い事なのだから。
こんな辺境の村では告げ口のしようもあるまい。流石に元伯爵もそんな隙は見せなかったのだろうし。
とにかくもうすぐ来るはずだ。村人達の証言通りなら近い内に必ず。
もしかしたら元伯爵が途中で合流しているかもしれない。そうなったとしても相手が引き返すかはわからない。きっと実行犯はお上に逆らえない。なら失敗はどうにかしてリカバリーしようとするだろう。この村を訪れたのが若い女二人なら手の打ちようもあると高を括っているかもしれない。
「ローラン君達は歓待の準備を。
何時も以上に派手にやってくれたまえ」
「はい! 姐さん!」
ローラン君は直ぐ様部屋を出ていった。
なんだか無性に張り切っている。
「あねさん、満更でもない?」
「別にそんなんじゃないわ。
それよりデートしましょう。リジィ」
「コレットはほっといて良いの?」
「そんな事しないわ」
ブリジットの眼の前で分体を生み出してみせる。
「わ~お」
「私はここに残るわ。
コレットちゃんの事は私に任せておいて」
「私は少し見回りに出るわ。もうすぐ来るなら馬車の一団も見えるかもだし。もしかしたら元伯爵も見つかるかも。リジィとマキナはこっちに付き合ってね」
「ねえねえ。あねさん。それどうやるの?
私もやってみたい」
さては話聞いてなかったわね?
「マキナ。付き合ってあげて」
「良いわよ♪」
子猫の姿からリジィそっくりに変身したマキナ。
「お~」
相変わらず反応が軽い。やっぱ変な子ねリジィ。
「はい、手を握って」
リジィの手を取って踊りだすマキナ。
またこのステップだ。流行ってるのかしら?
「私だけど私じゃない」
気付いてしまったか。分体習得は一長一短ではいかないからね。沢山修行が必要だからね。仕方がないのだよ。
「行きましょう。二人とも」
「「は~い」」
そのまま二人を抱えて窓から飛び出した。空高く上がり、辛うじて道って感じの村から唯一伸びた線を辿っていく。
「お~」
リジィは相変わらずだ。
全然怯える様子がない。高所恐怖症じゃなくて何よりだ。
「何か見つけたら言ってね」
「あれ!」
早速?
「なに? どれ? リジィ?」
「ほら! あれ! あれ何?」
あれってどれさ。んん?
『こっちよ。アルカ』
イロハが視線を調整してくれた。
早速融合した成果が出ているようだ。
私の許可を得るまでもなく私の身体を操作出来ている。
「え? ほんとに何あれ?」
塔? こんな所に?
と言うかあんなのあったっけ?
「お母様。もう少し近付いてみましょう」
「そうね。マキナ」
近くで見てみると随分と小さな塔だった。
所謂タレット、よく城や城壁の上部に突き出すように付いているような、壁の部分が凸凹のあれとそっくりだ。
そんな小塔だけが街道からも外れた平野にポツンと建っていたのだ。周囲にまばらに生えている木々とも大差ないサイズだ。これでは見張り塔としての役目も果たせまい。
「って、これダンジョンじゃない」
この塔は目印と入口としての役割しかないようだ。地下に向かって螺旋階段が続いている。
「ハルちゃんいつの間に?」
『ちがう』
『しぜんはっせい』
『たぶん』
そんな事ある?
『随分と都合が良いわね。
ここならフロルの要望も満たせるのではないかしら』
そうだよね。街道からも程よく離れていて、町からも随分と近いようだ。まだフロルから具体的な指示はきていないけれど、ここなら希望に沿うだろう。フロルもきっと満足するはずだ。
「よく見つけたわね。リジィ。お手柄よ」
「えっへん」
可愛い。
「どうしようかしら。
中身確認しておくべきよね。
もう一人分体を出すしか無いかしら」
「入ってみたい」
リジィも?
「見つけたご褒美」
ちゃかりしてるわね。
「ならチョロっと確認してみましょう。コアだけ掌握して、問題なければダンジョンはそのまま残しましょう」
『おけ』
今見てきた範囲に例の商人らしき姿は見当たらなかった。私達がダンジョンを出るまでに村に辿り着くって事も無いだろう。手早く済ませれば問題無いはずだ。万が一の場合も残してきた分体が対処すれば済む筈だ。
そう。何も問題は無い筈だ。けれどなんだかとても気になってしまう。無理もない。都合が良すぎるのだ。まさか誰かに見られているのだろうか。
イオスが気を回してくれたのだろうか。ダンジョンはこの世界とは関係の無い存在だ。レリアの件も影響しない筈だ。偽神の力も及ばない筈だ。私達の知る者で力が及ぶとするならイオス以外には存在しない筈だ。
それともまさかまだ他にもいるの?
私をどこからか見ているの?
気味が悪い……。
存在すると言うのなら、原初神であるイオスにすら知り得ない存在という事だ。あのイオスが伝えてこない筈はない。既にその程度の信頼関係は築けている。何よりイオスはニクスの望みも知っている。この状況で黙っている筈がない。
『想像通りよ。私も知らないわ。生憎ダンジョン関連は私の管轄外なのよ。でも一応調べてみるわね。必ずしも答えを得られるとは保証できないけれど』
『ありがとう。イオス』
それでも十分だ。イオスが味方であるだけで心強い。
そうして動いてくれるだけで不安なんて消し飛ぶもの。
『むぅ。アルカったらいつの間に』
暇ならこっちにいらっしゃい。ニクス。
そんな拗ねてないで。
「わ。でた」
本当に驚いてる?
「ニクス。この娘はブリジットよ。
気軽にリジィと呼んであげて」
「よろ~」
「ねえ、また増やすの?
もう要らなくない?」
「今後は現地妻を増やしていく方向性に」
「ア・ル・カぁ?」
「ごめんなさい。冗談です」
ニクスこわぁい……。




