40-35.姉妹と帰宅
「それで何故増えているのです?」
「いや~なんでぇ~かなぁ~」
「怒りますよ」
「だってぇ……」
結局なんやかんやあってマティは連れ帰る事になった。伯爵の再度の裏切りを警戒したからだ。もしたまたま今晩にでも例のギヨルド王国の貴族が遣いを寄越してきたら、あっさりと引き渡してしまうかもしれないからだ。
何せその男は伯爵にとって唯一残された希望なのだ。
隠居とは言いつつも、家を出る、すなわち家名を捨てて野に下れとの沙汰が下されたのだ。命だけは残してやるが、それ以外の全てを捨てろと告げられたのだ。
事実上の追放刑だ。年老いた元貴族がそんな生活に耐えられる筈はない。例え今までが普通の貴族としては考えられない程村人に近い生活を送っていたのだとしてもだ。
そもそも生まれからして意識が違うのだ。本当に村人の中に溶け込めるわけではあるまい。それが出来る人は金に目が眩んで主君を裏切ったりはしまい。
しかも当然この地からは追い出される事になる。土地勘も無い場所なら尚更だ。早々に野垂れ死ぬのがオチだろう。
ならば逃げるしかない。幸い心優しい皇女様は伯爵の家族まで手にかけるつもりは無いようだ。自分だけで逃げ延びるとしよう。だが当然ただで受け入れてもらえる筈はない。手土産に娘を差し出そう。自分の地位は剥奪されても、娘には伯爵家の者として最低限の価値はある。
あの伯爵ならばきっとそう考る事だろう。当然ギヨルドの工作員がそこまで甘い筈も無いが、追い詰められた伯爵が浅慮で動く事は想像に難くない。工作員の方も少しでも損失を補おうと娘を受け取るかもしれない。皇帝がすげ変わった後になら、きっとその娘にも利用価値は生まれるのだから。
そして当然、これはマティだけに当てはまる話ではない。次女のブリジット、三女のカトリーヌも同様だ。
「というわけなの。ノアちゃん」
「だとしても三女はありえないでしょう。まだ四歳ですよ? お母さんが恋しい年頃じゃないですか。なんで引き離しちゃったんです?」
「つまりお母様もお連れするべきだったと?」
「バカ言わないでください。逆に決まっているでしょう。
そもそも保護と言うなら息子達にも必要じゃないですか」
「無茶言わないで。うちでは預かれないわ」
「半端なものですね。人助けの割には」
「今更それ言うの?」
「今ならお爺さんだっているじゃないですか」
「まさか子守まで任せる気? それはあんまりじゃない?」
「そういう意味では……いえ、失言でした」
「とにかく夜の間だけだから。
昼間は誰かしらと一緒に向こうに送るから」
「コレットに専属フィリアスをつけるべきですね」
「その方が手っ取り早そうね。
私も付きっきりってわけにはいかないし」
「カルラとフェブリに任せてみては?」
「それ採用♪」
どうせ近い内に一緒に行動する事になっていたものね。
『ダメ』
『いそがし』
『レッスン』
「深層使って良いから」
『むぅ』
『しかたない』
よしよし。ハルPの許可も降りたわね♪
「早速本人達に打診してみましょう」
当然のように満場一致で可決された。カルラとフェブリも専属契約には興味があったようだ。むしろ憧れていたとさえ言えるかも。それくらい大喜びしてくれた。可愛い。
コレットちゃんの方は色々ありすぎて大喜びって気分にはなれなかったようだが、それでも感謝を示してくれた。二人がコレットちゃんを元気づけてくれることにも期待しよう。
「次はマティさん達の件ですね」
「三人とも一旦城で預かってもらおうか」
「その方が宜しいかと。
この状況でマティが私の誘いを断る事もないでしょうし」
という事で、今度はフロルの帝城へと戻ってきた。
「ご苦労だったな。話はわかった。良いぞ。娘達はこちらで預かろう。お前達は先に帰るが良い。今日は客人も来ているのだろう。あまり待たせすぎるものではないぞ」
フロルが良い上司みたいな事言ってる。
「なんだその顔は。くだらん事考えとらんでとっとと帰らぬか」
「なんでそんなに急かすの?」
『バカ者め。早うコレットを慰めぬか。
そんな顔させたままわらわの前に連れてくるでない』
ああ。そういう。そうよね。フロルもコレット大好きだものね。気落ちしたコレットちゃんを見るのは居た堪れない気持ちになるのだろう。かと言って、直接優しい言葉をかけるのも何か違うとか考えてそう。
とっくにコレットちゃんにもフロルの優しさは見破られているけど、それでも厳しくてしっかり者の姉という立場を貫きたいのだろう。
「ごめん。なんでもない。
帰ろっか。コレットちゃん」
マティ達三人娘を残し、コレットちゃんだけを連れて再び帰宅した。
「カトリーヌは大丈夫でしょうか……」
「お姉ちゃん達も一緒だし大丈夫よ。
フロルに任せておきましょう」
「はい……。ええ。そうですね」
「悪いけど今日はもう少し付き合ってくれる?
この後トニアとへパス爺さんの歓迎会をするから。
二人を呼びに行きましょう」
「はい。お供します。主様」
このまま連れ回してしまおう。
今のコレットちゃんは一人きりにするべきじゃない。
それにコレットちゃんならすぐに元気になるはずだ。
どうしてもダメそうなら分体をつけて部屋に送ろう。
なあに。今はノアちゃんとマキナもいるからね。コレットちゃんが何らかのサインを示しても見逃す事は無いだろう。
『任せて♪ お母様♪』
私の胸から飛び出した子猫マキナがコレットちゃんの肩に飛び乗った。そのまま頬を舐めたり額をこすりつけたりしてその可愛さを遺憾なく発揮していく。
「ふふ。擽ったいです。マキナ」
コレットちゃんはマキナを捕まえて抱きしめた。
「ふわふわです。それに主様の匂いがします」
「え゛?」
「良い匂いです。安心します」
ああ。そういう。
私もコレットちゃんを抱きしめてみる。挟まれたマキナがにゃぁにゃぁ言って藻掻いているけど、敢えて無視しておもいっきり抱きしめ続ける。
「……」
コレットちゃんの様子に気付いたマキナも何時の間にか沈黙していた。ノアちゃんも姿を消していた。きっと先にトニアの下へ向かったのだろう。そうして、後にはコレットちゃんのすすり泣く声だけが残った。




