40-33.最悪の選択
「なるほど。お話はわかりました。
光栄でございます。皇女殿下直々に御声掛け頂けるとは」
本当にそう思ってる?
気の所為? 冷や汗かいてない?
「マティルダからも事情は聞いています。
先方とは我々が話をつけましょう。
詳しい状況を聞かせて頂けますか?」
真面目モードのコレットちゃんは容赦なく切り込んだ。
代官さんの様子には当然気付いている筈だ。
「……いえ、その。
なにぶん相手方の都合もある事ですから……」
歯切れが悪い。なにか不都合な事を隠しているようだ。
皇女殿下に隠し事なんて、よっぽどやましい事なのだろう。
「私と貴方がたの仲ではありませんか。
なにかお困りならば喜んで相談に乗らせて頂きますよ?」
表情はニコニコなのに容赦なく先を促すコレットちゃん。
昔世話になったからと手を抜くつもりはないようだ。
まあ、この様子では手を抜くわけにもいかないんだけど。
「……」
「伯爵? 聞こえなかったのですか?」
「申し訳ございません。殿下。マティルダは我が伯爵家の長女でございます。家督を継ぐ立場にこそありませんが、それでも決して身軽なわけではございません。代わりと言ってはなんですが、次女のブリジットをお連れ頂けませんでしょうか。あの娘は殿下と年も近く、マティルダ以上に利発な子でございます。必ずや殿下のお役に立つでしょう」
「父さん! そったら言い方!」
これはマティが思わず怒るのも当然だ。
前半部分の話は理解も出来よう。貴族にとっては死活問題だ。大切な長女をお上から強制的に巻き上げられたんじゃ、困るのは当然だ。と言うか長女だったんだ。マティ。コレットちゃんは八人兄妹の真ん中ってぼかしてたけど、あれ上三人か四人が兄だったのか。まあ、それはともかくだ。
後半の部分は到底皇女殿下に向けて伯爵風情が口にして良い内容ではない。皇女が見込んだマティルダを下げ、勝手に他の者をあてがおうとするなど、世が世なら何様のつもりだと首を刎ねられても文句は言えまい。
一時期親代わりをしていたのかもしれないけれど、まるで幼子を誤魔化すようなやり口で流せるような状況ではないのだ。
しかもこれが最初から毅然とした態度だったならともかく、あからさまに誤魔化しに入っている。つまりマティの婚約者となる者は、皇女以上に優先するべき存在だと言っているようなものだ。
伯爵という地位と代官としての立場、どちらの面から見ても最悪の選択だ。皇女の誘いをあからさまに無碍にして他の誰かと仲良くしようだなんて、反意ありと宣言したようなものなのだ。断るなら断るで断り方というものがある。それが可能かどうかはともかくだ。よりによって、わざわざ子供扱いして追い返そうなんて論外だ。要はコケにされたのだ。コレットちゃんは。
単に焦って言葉を間違えたのだろうか?
それとも本気で裏切るつもりでいる?
まさかギヨルド王国の切り取り工作?
既に伯爵は向こうについているの?
この村は重要な生産拠点って話だし、あり得ない話ではない。彼らがこんな近くで暗躍していたという事は、戦争回避の話も想定より早く伝わるかもしれない。
色々と根が深そうだ。このまま強引に口を割らせるべきか、それとも一旦フロル達に任せるべきか。
「コレット!?」
マティが飛び上がるようにして驚いた。
コレットちゃんは静かに泣いていた。表情は崩さず、ただ涙が一雫頬を伝っていた。コレットちゃんもきっと同じ考えに至ったのだろう。信頼する相手に裏切られたと知り、ショックだったのだろう。コレットちゃんはしっかりしているようでも、まだまだ見た目相応な部分も残っているのだろう。
「そうですか。伯爵の考えはわかりました。
アルカ様。拘束してください。帝都に連れ帰って尋問を受けさせます」
「なっ!? それはあまりにも!?」
「ならば今ここで話しなさい。貴方がたには恩があります。
もう一度だけチャンスをあげましょう」
「くっ……」
「父さん!」
「……脅されていたのです」
伯爵はゆっくりと語りだした。どうやらまだ悪あがきをするつもりらしい。つくづく舐められたものだ。それが真実なら皇女を愚弄できる筈がない。先程の姿はどう見ても理不尽な力に怯える者のそれではなかった。もっと姑息な何かだ。
だから当然この切り出し方で白という事は無いだろう。もしかしたら追い詰められたせいだったのかも知れないけれど、どの道この人は信用に値しない。今更全てを話したところで丸くは収まらない。
そんな事もわからない程追い詰められているのだろうか。それとも時間さえ稼げばどうにかなると考えているのだろうか。或いはまだ言いくるめられると信じているのだろうか。
何にせよ、コレットちゃんの涙を見てまだこんな事が出来るなんて、まともに相手をする価値のある人とは思えない。彼は最後のチャンスをふいにした。温情に与りたいならそれに相応しい態度があった筈だ。少しでも後悔しているなら言い訳ではなく謝罪から入るべきだったのだ。
『のぞく?』
……まだいいわ。ハルちゃんにこんな人の頭の中見せたくないもの。フロルに任せましょう。話しが終わったらお城の牢獄にでも放り込んでしまいましょう。
『コレットに任せなさい。これも経験よ。皇女なんてやっていれば、遅かれ早かれこんなのいくらでも見る事になるんだから』
そうね。イロハ。
コレットちゃんはまだ気丈に振る舞っているものね。
なら私のやるべき事はただ隣で見守る事だけよね。
それから後でたっぷり慰めてあげましょう。
『人間って面倒な生き物なのね』
別に神様だって変わらないわよ。マキナ。
単に必要があるかどうかってだけよ。
『ふ~ん。そういうものなのね。
私お母様の娘でよかったわ』
何で今その感想?
『お母様は何時でも正直だもの♪
ちょっとうっかりさんだけどね』
私だって嘘くらいつくわ。
これも今は必要が無いからってだけのことよ。
『あら? ならどうしてこんなに開けっぴろげなのかしら?
お母様の心の防壁は何時でも開放されているわよ?』
私の防壁は外付けなの。
必要ならハルちゃんがフィルターをかけてくれるもの。
『その時点でおかしいと思うのだけど。まあ良いわ。それより話を聞いてあげましょう。コレットの判断が間違っていないか客観的に見てあげるのもお母様の役目よ』
そうね。それにあんまり酷いなら止めなきゃだし。
『放っておきなさいと言っているでしょ。
コレットの為にならないわ』
『イロハお母様は厳しいわ』
私の外付け良心回路だからね。
これも必要な事なのだよ。
『やめなさい。マキナの教育に悪いわ』
『イロハお母様はとっても優しいのね』
そういう事よ。マキナも慕ってあげて。喜ぶから。
『ええ。もちろん』




