40-30.過疎問題
「はえ~。凄いんね~。姉さんって」
マティはもう何度も同じ返事を繰り返している。
先ほどからコレットちゃんの言葉に感心しながら相槌を打ち続けている。コレットちゃんもだいぶ気分が盛り上がっているようで、あれこれと秘密のお話まで暴露し始めた。
まったくもう。皆して口が軽いんだから。
『アルカ』
『は~い。トニア。
何かわかった?』
『うん。一応ね。概ねはアルカの睨んだ通りだったわ。
けどまあ、情状酌量の余地があると言うか、ギルドがやるべき事をやっていないわけではないの』
『どういう事?
援助要請が来るほど魔物が溢れているのに?』
『それでも死人は出てないでしょ?』
『まあ、そういう話は聞いてないけど』
村人達も明るい雰囲気だった。コレットちゃんとの再会だからというのもあるだろうけど、切羽詰まっている様子は微塵も感じ取れなかった。直近で人死にが出ているならそれとわかる空気になっていたはずだ。そもそも代官さんもコレットちゃんも焦っている様子が無かった。何れ大きな問題になるとは思いつつも、緊急事態とは認識していないようだった。
『援助要請に関してはその地の代官とギルド側でも認識が一致していないみたい、と言うか、そもそもギルド側もちゃんと説明出来てないみたいでね』
ほわい?
『その辺りは何故か他のダンジョンが存在しないの。あるのはその最下級ダンジョンの一つきり。だから必然魔物も、そして所属する冒険者も数が少ないのよ。支部も本当に小さなものしか置かれていないわ。当然、通信設備も無いのよ』
なるほど。それで応援要請が出せなかったのか。いや、正確には出してはいるんだろうけど、まだ返事が来る前だったわけか。手紙か何かを通常の速達で送っただけなのだろう。
ここからなら行き先はどちらも帝都だろう。そして村人の方が早く状況に気付いていたはずだ。更には私達は空を飛んで直接乗り込んできたから、結果こちらの方が早く辿り着いてしまったのだろう。別に情報を握り潰していたわけではなく、そもそも届いていなかっただけなのだ。
おそらくギルドは満足に調査も出来ていない筈だ。だから代官さんとも話しが出来ていないのだろう。一先ず数少ない冒険者には時間稼ぎを依頼したのだ。その結果、村にまで到達する魔物はいなかったのだろう。
来る時は気にしていなかったが、村とダンジョンの間にも冒険者達が待機していたのかもしれない。
『なら代官さんの初動が間違っているわね。
本来なら真っ先にギルドと話すべきでしょうに』
『この地のギルドの事は知っていたのでしょうね。
どうせ頼りにならないからと飛ばしたんだと思うわ。
村の立場からしたら緊急性も高いでしょうし』
まあわからなくは無いけども。しかし結果的に最善手を引き当てたけれど、それはあくまで私達が関与したからだ。常識で考えるなら代官さんの行動は間違っている。
確かに魔物は普通、人の住処には近付かない。人の群れから逸れた者を襲う事はあっても、村や町に直接襲撃をかける事は滅多にない。
しかしダンジョンから生まれ落ちた直後の魔物は人間への警戒心が薄いのだ。村にも近付いてしまうはずだ。だから犠牲者が出なかったのは本当に運が良かっただけなのだ。
そして何より、ギルドとそこに所属する冒険者達のお陰だろう。彼らが溢れた魔物だけでも処理してくれていたから村は襲われずに済んだのだ。私も誤解していた。本当に精一杯の出来る事をしてくれていたのだろう。
それらの事情も冒険者はともかく一般人なら知り得なかったのかもしれない。けれど、代官という立場に就いている以上、知らなかったでは済まされないのだ。結果良ければ全て良しとはならない筈だ。
とまあ、長年冒険者を生業とし、この国の中枢とも接点を持つ私の立場としてはそう考えてしまう所だけど、当然代官さん側にも言い分はあるだろう。
そもそもギルドが適切に管理できていたなら氾濫だって起こらなかったのだ。
これはこれで正しい意見だ。
ギルドの戦力が足りていないなら、もっと早い段階で動くべきだったのだ。それがギルド支部の責務なのだから。そこを考慮すれば代官さんがギルドを信頼していないであろう理由も納得がいく。
彼らは火消し作業をしているに過ぎない。自分達の失態の尻拭いをしているに過ぎない。そう取る事も出来るのだ。
ギルドが各国に支部を置きながらも、その地の成約を受けずに運営できているのは、偏に魔物やダンジョンの問題に対処する責任を負っているからだ。
例え下級のダンジョンしか存在せず、冒険者達にとって旨味のない土地であっても、そこにダンジョンがあるなら氾濫を起こさせないよう間引くのは最低限の義務なのだ。
とまあ、確かにそれが一般常識や建前ではあるのだけど、もちろんそう上手くはいかない。お金にならないなら冒険者も居着かない。冒険者の数が減れば手が回らなくなるのも当然の帰結だ。今回はその結果として魔物の氾濫という事態に繋がったのだろう。
だからと言って、冒険者ギルドが余分に負担するのも難しい。そもそも冒険者ギルドは慈善団体ではない。れっきとした営利団体だ。ダンジョン管理も利益になるから請け負っているのだ。利益を産まないダンジョンに常日頃から人やお金を注げるわけじゃない。流石に緊急時はこの限りではないけれど。放置を続ければギルドの信頼に陰りが生まれる事になる。
それに他の地域との公平性の問題もある。多少報酬に色を付けたところで、集まるのは向上心の欠片も無い底辺冒険者達だけだろう。元からこの地で活動してくれている冒険者達とはわけが違う。楽して稼げるから寄り付くだけだ。そもそも力があるなら普通に難易度の高いダンジョンに潜った方が効率は良いのだ。
目先の問題に対処しようと安易に報酬を釣り上げて、先にも進めない冒険者とは名ばかりなゴロツキ紛いの連中が集まれば本末転倒だ。かえって治安を悪化させるような結果に繋がりかねない。
さて。その辺りを踏まえた上でだ。私はいったいどうしたものだろうか。
このままダンジョンを掃除してギルドの手柄を横取りしてしまうのか。それとも一旦手を引いて陰ながら村の防衛にでも手を貸すか。
少し待てば帝都のギルドで応援を依頼された冒険者達が事態を収拾してくれるはずだ。流石に氾濫まで起きれば利益にならないとか言ってられないし。彼らは彼らの役割を果たすだろう。それがわかっていて横から掻っ攫うのが良い事とは思えない。この地にはこの地の人達の営みがある。人助けだからって勝手な事をしてしまえば、この地のギルドが信頼を築き上げる機会を奪う事になる。
それではマズいのだ。きっと今後も同じ事は続くだろう。氾濫を落ち着かせてしまえば応援の冒険者達も引き上げてしまう。次の氾濫が起こるまでは彼らも寄り付かないだろう。
中には善意で暫く滞在する冒険者達もいるかもしれない。けれどそんな者達もずっとはいられない。彼らにも彼らの生活や未来がある。そんな彼らをギルドも引き止めたりはしないだろう。
それに何より、あまり強い冒険者達が居座ってしまえば、力は無くともこの地の為に頑張ってきた者達の稼ぎも減ることになる。只でさえ実入りは少ないのだ。今度こそ困窮してしまうだろう。
困窮した挙げ句他所の土地に移ってしまえば最悪だ。元から居た者達も、応援の冒険者達も、どちらもが居なくなってしまえばお終いだ。
いっそダンジョンを消滅させてしまうべきだろうか。
当然、それはそれで問題もある。この地の冒険者達は完全に見切りをつけるだろう。なんなら支部だって撤退するかもしれない。
ダンジョンはただ厄介なだけでなく、資源を生み出す存在でもある。"少ない"と"無い"では全くの別物だ。だから安易に消して良いものではない。
もちろん、ダンジョン外の魔物も居ないわけじゃない。ギルドが撤退してしまえば、この地の人達は魔物への対抗手段を一つ失う事になる。
いっそダンジョンやギルドは無くして、端っから帝国軍に管理を任せるという手もあるけれど……。
やはりここはフロルにも相談してみようか。私がどう動くべきかも彼女の差配に委ねてみるのが良さそうだ。
私は事実上皇帝の上に君臨しているわけだけど、別にこの国を直接動かしているわけじゃないからね。決定権は変わらずフロルに委ねるとしよう。
『人はそれを丸投げと呼ぶそうですよ』
『ヤチヨは村に残って防衛。期限は事態が落ち着くまで。
これは命令よ』
『待って下さい!』
『なにかしら?』
『すみませんでした! もう二度と言いません!
許して下さい! 先輩の側を離れるのは嫌です!!』
『次は気を付けなさい』
『小春先輩!』
『今回はダメよ。もう命令は下したもの』
『そんなぁ!?』
『残念だけど必要ないと思うわよ』
『なんでさ』
『だって今、トニアが支部に顔出してるんでしょ?
そのままトニアが応援として派遣されるわよ』
そりゃそうだ。
トニアはノアちゃんの転移で直接乗り込んでくれたのだ。支部側だってノコノコ現れたSランク冒険者を逃がすはずもない。十中八九、そのままトニアに緊急指名依頼が出されるだろう。
いやまあ、Sランク冒険者じゃオーバーキルが過ぎるけど。当初思っていたよりダンジョン自体のランクが低すぎた。私もだいぶ勘が鈍ってるなぁ。仕方ないけどさ。もう私からしたらドングリの背くらべだし。
そもそも報酬とかどうするんだろう。普通ならSランクは過剰すぎてギルド側からの許可が出ない可能性もあるけど、流石に緊急事態だからどうにかなるかな? いっそノアちゃんの名義で受けるとか?
「アルカ」
突如黒尽くめの少女が現れた。しかも真紅の仮面付きだ。
「ティアちゃん名義で受けたの?」
「そういう事です」
「私もいるよ♪」
「ありがとう。トニア。
いきなり色々頼んじゃって悪いわね」
「気にしないで♪ 家族の為だもの♪」
そう言ってくれるのは有り難いけど、やっぱり初日から扱き使いすぎよね。もう早く終わらせてさっさと家に帰りましょう。
「主様?」
コレットちゃんが不思議そうに首を傾げている。もしかしてティアちゃんの正体に気付いてない?
「はえ~」
マティは突然現れた二人に驚いてから、ティアちゃんを興味深げに見つめている。
「カッコいい……」
マティはティアちゃん気に入ったの?
なんだかうっとりしてない?
「ありがとうございます。お嬢さん」
「はぅ!」
この娘、また顔赤くしてるわよ?
惚れっぽすぎない?




