40-20.いつもの偶然
「おはよう。へパス爺さん」
「もう昼すぎじゃろうが」
「ちょっと昨日飲みすぎちゃって。ふぁ~」
「あの小さな娘が……はぁ……」
「成長したでしょ♪ うっふ~ん♪」
「はぁ……」
「ちょっとぉ。溜息で返すなんて失礼しちゃうじゃない」
「準備は済んどるぞ」
流された。ちくせう。
「じゃあ早速行きましょうか。
ノアちゃん達も待ってるわ。
張り切って準備してたんだから」
だから私一人で迎えに来たのだ。
流石にこの程度なら側付きの同行も必要ないからね。
寂しくなんてないやい。
『私達もいるじゃない』
『いつでも』
『いっしょ』
『ご安心をマスター』
『むしろもっと構ってください』
『ひさめも~』
ほんとに寂しくないね。うんうん。
「ただいま~。ノアちゃ~ん」
「おかえりなさい。
それにいらっしゃいです。へパスお爺さん」
「おう」
そのままへパス爺さんの為に用意した家を案内するノアちゃん。ここは私達の屋敷からは少しだけ離れた一軒家だ。当然鍛冶場付きだ。きっと爺さんは静かな方が良いだろう。私達は何かと騒がしいからね。
爺さんにはいくつかやってもらいたい事がある。先ずはツムギの研究所作りだ。その次は溜まった指輪作りも頼みたい。後はハルカの鍛冶修行にも付き合ってあげてほしい。ノアちゃんの刀の修復も忘れずに頼むとしよう。
いっそのことメタモルステッキに登録しておく武器のモデルを造ってもらうのもありかもしれない。一度登録しておけば何時でも再現出来るからね。現物があればスキャンも可能だし。試しにお願いしてみよう。ダメって言われちゃうかもだけど。職人的には色々とセンシティブなやつだろうからね。そこはちゃんと確認しないとだ。この家とかもコピペしちゃってるから今更だけど。
「マキナ、ここはノアちゃんに任せましょうか」
一旦席を外そう。元々爺さんに仕事をお願いするのは明日以降の予定なのだ。今日の所は新生活の準備を進めてもらおう。
「待っていてあげて。お母様」
「ノアちゃんが?」
「ええ。自分の目の届かない所に行こうとしたら止めてくれと。そう仰っていたわ」
なんで?
さっきは一人で行かせたのに?
まあ良いけどさ。
ちょっと変なノアちゃんだ。ここ最近は特にべったりだ。ギルドの方にも顔を出す気配もないし。そっちはアメリに任せきりにしているみたいだ。何か不安でもあるのかな?
『逆よ。逆。アルカの側にいられるのが嬉しくて心地よくて戻れなくなっちゃったのよ。前の生活にはね』
あらら。嬉しいけどそのうちセレネに叱られそう。
『そうね。ノアもセレネには仕事に行くようせっついていたものね。今はセレネの方が仕事と育児で忙しくてアルカに構っている余裕は無いみたいだけど』
ルビィもまだまだ小さいからね。
ようやく五歳ってところだし。
「お母様。私を放って内緒話してらっしゃるの?」
「ごめん、ごめん。
一緒にお話しながら待っていましょう。マキナ」
「ええ。喜んで」
マキナと側近の皆と話をしていると、案内やらプチ引っ越しの手伝いやらを済ませたノアちゃんが戻ってきた。
「お待たせしました」
「もういいの?」
「ええ。大丈夫です。
続きはまた明日にしましょう」
「そっか。じゃあね。爺さん。
今晩また夕食の時に呼びに来るから」
「おう」
爺さんの家を後にした私達はヴァガルの帝都に転移した。
「少し歩いてみましょう。
帝都の事を知っておくのは重要よ」
「少しだけですよ。
アルカが出歩くとすぐに何か起こるんですから」
「だからそれはレリアが」
「アルカ!? アルカでしょ!?」
え?
「うわ~! ひっさしぶり!
こんなに大きくなっちゃって!
一瞬誰だか分からなかったわ!
それにまさかこんな所で会えるなんて!
これもきっと運命ね!」
だぁれ?
「アルカ。紹介してください」
『ごめん。まじでわかんない』
『それは謝る相手が違いますね』
仰る通りで。
「えっと……」
「もしかして忘れちゃった!?
無理もないかぁ! もう十年前だもんね!
私よ! 私! トニアよ!」
トニア? だぁれだっけぇ?
「もう! 昔一緒に冒険したじゃない!」
いや、私はずっとボッチ冒険者だったし……。そりゃあ駆け出しの頃は気を遣ったギルド長達の計らいでどこぞのパーティーに一時的に放り込まれた事もあったけどさぁ……。
『いたわ。この人。本当に最初の頃よ。テッサのギルド長、カリアの指示で同年代のパーティに加えられた事があったでしょ。トニアはその中にいた一人よ。容姿は全然違うけど面影はあるわ』
私の記憶を探ったイロハがフォローしてくれた。
ぐっじょぶ、イロハ。
『同年代と言っても当時十六歳のアルカは周囲からもっと幼く見られていたから、トニア達はまだ十一歳だったの。結びつかないのは無理も無いわ』
イロハが私の脳裏に一人の少女を浮かび上がらせた。
なるほど。こうして思い出したら自分の記憶に眠っていたと実感も出来る。確かに私はトニアと出会っていたようだ。いや、これはわからんて。イロハよく同一人物だって気付けたわね。すっかり垢抜けて美人さんに成長してるじゃん。
「思い出した。
ボア退治した」
「そうそう! 薬草採りに行ったら偶然遭遇しちゃったのよね! アルカが居てくれたから皆助かったの! お陰様で今では一端の冒険者よ! その様子だと知らないでしょうけどね!」
心底嬉しそうにSランクの冒険者カードを掲げるトニア。一端どころか超一流の冒険者になっていたようだ。私やクレア程ではないが、二十代前半でというのは普通に凄い。
「皆は?」
「今はバラバラよ。たまに会ってるけどね。
それもこれもアルカの影響よ?」
え? 何があったの?
「ふふ♪ やっぱり全然覚えてないみたい♪ でも思い出してくれて嬉しいわ♪ アルカはいっぱい活躍してたみたいだから私達の事なんて数いる知り合いの一人くらいだと思ってたし。って。ごめんなさい! 別に嫌味とか言いたいわけじゃなくてね! 本当に本当に嬉しいの! 本当よ! 今の私があるのは全部アルカのお陰なんだから!」
圧が! 圧が強い!
久々に人見知りが湧き出しそう!
「アルカ。紹介してください」
若干不機嫌なような、単純にトニアに興味もあるっぽいような、微妙な加減のノアちゃんが遮ってくれた。
「えっと。昔ちょっとだけ多分、一、二回くらい? 一緒に依頼をこなした娘なの。名前はトニア。後は……え? うん。ああ。ごめん。一緒に行った依頼は七回で殆どが薬草採取とか駆け出しの……」
「もういいです。イロハもご苦労さまです」
鋭い。ノアちゃん鋭い。
「私はノア。アルカの伴侶です。
こちらはマキナ。私達の娘です」
「え?」
トニアが固まってしまった。無理もない。ノアちゃんとマキナはどう見ても同年代だし。いや、そもそも私もノアちゃんもここまで大きな娘がいるような外見年齢でもないし。
ノアちゃんがちょっとムキになっている。
らしくない。また何か悩みでも抱えているのかしら。




