39-26.一難去ってまた一難
「随分と好き勝手してくれたわね」
カノン大明神がお怒りだ。
「ですが、カノン。
ヴァガルの件は」
私と一緒に正座させられたノアちゃんが無謀にも何かを言いかけた。
「黙りなさい」
カノンが途中でピシャリと断ち切った。
「はい……」
あかん……。
「王妃様の件はご苦労だったわ。
無事に、とは言い難いけれど、最悪の事態は避けられた」
取り敢えず長い長いムスペルの騒動にも一区切りだ。お義母様も私達との関係を前向きに受け入れてくれた。城内はまだ少し慌ただしいようだけど、王族達が一致団結するなら近い内に落ち着くだろう。
ムスペルの件はこれで落着だ。
ツムギはまだ通うだろうけど、私が口を出す必要は無い。
「だってのに。
どうしてヴァガル帝国を丸ごと抱え込んじゃったのよ?
結果、最優先に守るべき約束を無視してるじゃない?
回避したと思った最悪の事態に自分から首突っ込んでどうするのよ?」
仰るとおりです……。
「一時的に影武者を立てるだけのつもりだったのでしょう?
何れフロルに返すつもりだったのでしょう?
なけなしの理性が残っていたのでしょう?
どうしてそれすら放りだしてしまったの?」
「「ごめんなさい……」」
「質問しているのよ。謝ってないで答えなさい」
さっき黙れって……いえ。すみません。
「ヴァガルの皇族はギリギリの綱渡り状態なの。
いつ諸侯が反旗を翻さないとも限らない。
フロルの皇帝の地位だって盤石なものじゃない。
そして何より戦争の件はまだ完全には終わってない。
結局、火種は残ったままなの。今も燻っているの。
私達はそれを鎮火させる必要があるの」
これはハルちゃんが纏めてくれた情報だ。
既に帝国内の一部の者達の間ではムスペル侵攻が真しやかに囁かれている。フロルにその気がなくなったって、ヴァガル帝国の皆が一斉に同じ考えを共有するわけじゃない。流れを変えるには相応に時間が掛かる。
フロルは敢えて名言せずに軍備を整えていたようだが、それでも当然意図を全て隠していたわけではない。というか、あくまでムスペルに勘付かれないよう声を潜めていただけで、当然帝国内の者達はそのつもりで準備を進めていたのだ。
既にハルちゃんが火消し作業を始めているけれど、到底一筋縄ではいかないだろう。どう進めていくにせよ長い時間が必要だ。
その為にはフロルの影響力を高める事が肝要だ。
「やっぱり気が変わった」なんて我儘を通すには今のフロルでは足りないのだ。他の説得力ある理由を言葉として届けるにしても結局は同じ話だ。
皇帝を皇帝たらしめるのは、先ず第一に力だ。
武力、財力、求心力。
あらゆる力も盤石であると示さなければならない。
帝国は元より団結した個ではない。
数多の王侯貴族が皇帝に従う事で成り立っている。
彼らは今のフロルに期待なんてしていない。
単に様子を伺っているだけだ。隙を伺っているだけだ。
ムスペル侵攻の撤回を口実に、引きずり降ろそうとする者達が出てくるはずだ。ムスペルの強大さに恐れをなした臆病者として、皇帝フロリアーナの資質に疑問を示すはずだ。
そんな事を為した者が次に狙うのは、当然ムスペルだ。
自分なら成し遂げられると皆を扇動して皇帝の地位を簒奪するのだ。公約は果たさねばならないだろう。有言実行が為されなければ、次は自分が引きずり降ろされるのだから。
戦争の可能性はまだ残っている。
今ここで放置するわけにはいかないのだ。
「カノンもそれはわかっていたでしょう?
私達がヴァガルに行くと言った時点で、この流れは想像出来ていたのでしょう?」
「……無茶言わないで。流石に無理よ」
「ううん。やっぱりカノンはわかってたのよ。
最初から言っていたものね。戦争が起こるからって干渉してはいけないと。止めてはいけないのだと。成り行きに任せろと。私とフロルが話せば済むとは考えて無かったのよね。私は全然気付いていなかった。もっと簡単に止められるものだと思ってた」
「やめて。それでも必要な事だと思ったんでしょ。
それが人として正しいと思ったのでしょう。
だから間違っていたみたいに言わないで」
「違うわ。そうじゃない。間違っていたとは思ってない。
私は今更引き返しはしない。次もきっと同じことをする。
けど、それでも反省はしようと思うの。
次はカノンの言葉をちゃんと理解した上で決めたいの」
「そう……ならもっと話し合いましょう。
何をどこまでするべきなのか。フロルと家族皆も交えて。
次の危機を乗り越える為に。最低限の干渉に抑える為に。
知恵を出し合いましょう」
「ありがとう。カノン」
一難去ってまた一難。
ムスペルの次はヴァガルの問題だ。
本当に落ち着く暇が無い。
でもきっと大丈夫。
何時も通り皆で頑張ろう。
そうして皆で強くなっていこう。
私達なら何処までだっていけるはずだ。
真に超えるべき敵は遥か高みの存在なんだから。
こんな所で弱音を吐いている場合じゃないもんね。




