39-22.特効薬
「本気で仲良くなりたいと言うのなら、対等な喧嘩でもしてみることだな」
「喧嘩はもう散々してきたじゃない」
「どうせアルカ有利な一方的なものだけであろう」
それはそうかもだけど。
だからって加減も難しいのよ。
「嫌っている相手と仲良くなりたい、なんて無茶を通すならば荒療治しかあるまいよ」
「それで決裂したら?
というかその可能性の方が高いんじゃない?」
「であろうな。元より難事を為そうと言うのだ。
当然リスクもその可能性も相応に高いものとなるだろう」
ダメじゃん。
絶対拗れるやつじゃん。
「現実的な事を言うなら、割り切るより他はあるまい。
必要以上に仲良くなろうなどと考えぬ事だ。明確に線引し、そのラインを越えぬよう互いに距離を置くことだ」
本当に現実的なやつきちゃった。
そうだよね。実際それしかないよね。普通に考えたら。
「対等な喧嘩なら出来るじゃないですか。
アイリスを使えばいいだけです」
「それはそれでどうなん?
余計な知識を与えすぎちゃわない?」
「それこそ先にラインを決めておくべきですね。
どこまで許すのか。どこからダメなのか」
おっしゃるとおりで。
でもなぁ。何だかなぁ。
半神にまで成り上がって、お嫁さんを四十人も抱えて、自分だけの世界まで作っちゃって、そこまで好き勝手出来るのに、こんな些細な事はどうにもならないのだろうか。
私だって世界中の誰からでも好かれるわけじゃないのはわかってる。けど、せめて家族にくらいは好かれたい。馬が合わなくたってなんだって、仲良くしていたい。
だいたい、ツムギ達のあの頑張りを見ておいて私が足を引っ張るなんて論外だ。ツムギが望んでいるのは、私とお義母様が目も合わせられないような関係性ではないはずだ。
やっぱりもう少しだけ頑張ってみたい。確かに私はあの人に失望してしまった。けれど一度は尊敬に値する人だと思ったのだ。そう思うに至った部分は今も間違いなくあの人の中にあるはずだ。ただそれが少し私の思っていたものと違う方向に発揮されてしまっただけなのだ。だからもう少しだけ歩み寄ってみよう。冷静な心でもう一度よく見てみよう。きっとツムギの慕うあの人はそう悪い人ではないのだから。
……まあ多少、いやとても頑固なのは間違いないけれど。
それは私だって人の事は言えないものね。
「どうしました?」
「やっぱりもう少し話してみる」
「そうですか。
なら応援してあげます」
「ありがと。ノアちゃん」
「策はあるのか?」
「いいえ。真っ向勝負よ。
普通に本心を伝えて話してみるだけ」
私にそれ以外の小細工なんて出来るはずもないんだし。
「むぅ……少し待て」
何やら考え込むフロル。
どうやら代わりに作戦を考えてくれるつもりのようだ。
「ステラ、暫しツムギと代わってきておくれ」
あら? いつの間にそっちで呼ぶようになったの?
「はい。姉様。
アルカ様。お願いします」
「えっと。うん。わかった」
ステラをお義母様の下へ送り込み、代わりにツムギをこちらへ呼び寄せた。
「ツムギよ。
お主の母について話を聞きたい」
「良いわよ。なにかしら?」
「誰ぞ、王妃が心を許す友人のような相手はおらぬか?」
「友人……どうかしら。
ごめんなさい。わからないわ。
他の母様達とは仲が良いと思うけど……」
「ならば単に信頼を置く相手でもよい。
友人でも側室の誰かでも。
とにかく少しでも他と違う相手だ」
「う~ん。どうかしら……」
「マリアさんとかどう?」
「マリ姉? 勿論信頼はしてるだろうけど、母様からしたらマリ姉もどちらかと言うと子供世代だから……ってそうよ! エリスよ! それにマノンも! 二人に協力を求めましょう! 母様が最も可愛がっているのはあの二人よ! 特にエリスに対してはベタ甘よ! 王族として厳しく接する必要のあったマノンとも違うんだもの!」
なるほど。
流石の頑固で偏屈なお義母様も孫娘達には弱いのか。
そう言えばエリスもお祖母様と呼んで慕ってたわね。
いやでも……こんな事で子供達を頼るの?
流石に不味くない? 私だったら怒るよ?
子供をダシにして仲良くしましょうなんて。
ある意味人質にとっているようなものだもの。
「アルカの気にしている事はわかります。
けれど一度会わせてみてはどうですか? 先程アルカがセーレと会って癒やされたように、王妃様の心もほぐれるかもしれませんよ?」
「どうかなぁ。そんな素直にいくかなぁ」
普通に怒りを抱くだけな気もするんだけどなぁ。
仮にお義母様がセーレを連れて現れて、しかもセーレがお義母様に懐いている様子を見せつけられたりしたら、きっと私は怒りや悔しさで頭がどうにかなってしまうだろう。
そもそも今お義母様が抱いている怒りはまさにそういう事なのかもしれない。大切な大切な愛娘が私に誑かされてしまったのだ。これが私へ嫌悪感を抱く本当の理由なら、私にはどうにも出来ないのかもしれない。
うぬぬ……。
「私が連れて戻ってみるわ!
少し待ってて! こっちが落ち着いたら声かけるから!」
ツムギ達に? 任せてみる?
本当にそれで良いの? より怒りが加速するだけじゃない?
「う~ん」
「信じて! 小春!」
信じたいのは山々なんだけど……。
ツムギは本当にわかっているのかしら。
お義母様の心情が。
『いってら』
「ちょっと! ハルちゃん!?」
ツムギが私世界からニクス世界へと送り出されてしまった。
『なやむのダメ』
『じかんのむだ』
『とにかくうごく』
『ぜんぶためす』
「だからって!」
『だいじょぶ』
『ツムギしんじろ』
もう……わかったわよ……。
「ハルの言う通りですね。
何時までもただ頭を抱えていたって状況は改善されません。とにかく一つでも多くの手を打ちましょう。そのうち王妃様にもこちらが真剣なのだと伝わる筈です。一つ一つの策が上手く行かずとも、何れは心を開いてくれるかもしれません」
「そうね……。
それにエリスなら上手くやってくれるかもね」
あの子は何時でも素直でまっすぐだから。
きっと今のお義母様にはとてもよく効くことだろう。




