39-3.方針会議
ヴァガル帝国に潜入したリリカ達から第一報が届いた。
どうやらムスペル王国に戦争を仕掛けるつもりなのは間違いないらしい。既に軍の準備も進められているようだ。
まだ真意の方は調査中だ。
ただ既に、ステラがムスペルにいた事はバレているらしい。
姫奪還を大義名分とするつもりなのは間違いないようだ。
やはりこれは偽神の差し金だろうか。
皇帝にでも囁いたのだろうか。
お前の娘は隣国にいるぞと。
ステラは虐げられていたという話だが、だからこそ利用できるものは利用するのかもしれない。
セレネの予想は当たってしまった。
考えてみれば当然の話なのかもしれない。
偽神は世界に混乱を巻き起こしたいんだから。
大きく未来を変えるために。
世界一の大国とそれに匹敵しうる隣国の戦争なんて、わかりやすく大きな変化を及ぼすはずだ。しかもそれがたった二人唆すだけで実現出来るのだ。お手軽過ぎる。
まさかと思うけど、王妃がステラを攫ったのも偽神の差し金だったのだろうか。
相手は過去未来現在問わずに干渉できるのだ。
本当に何でも出来てしまう。つくづく厄介なものだ。
「ヴァガル帝国に乗り込みましょう。
既にステラは私のものだと教えてあげましょう」
「許可するわけ無いでしょう。
けれど、その上で一応聞いておきます。
何故そう考えたのです?」
「そもそもステラが私の下へ来た事は知られているもの。
少なくともムスペルの上層部は把握しているわ。
宣戦布告を受ければヴァガルに対して明かすはずよ。
どの道、私とヴァガルが敵対するのも時間の問題なの」
この状況から逆算すると、王様がわざわざ式典を開いてまで私の事を喧伝した理由もここに繋がってくるのかも。
偽神が関与しているならあり得ない事ではない。
「もう私の存在は世界に明かされてしまうの。
ムスペルでの出来事が何れ世界中に知れ渡るの。
どんなに引き籠もっていたって逃げられはしないわ。
今度は冒険者ってだけじゃない。
世界一の大国と対等に渡り合える存在だと明かされる。
きっとムスペルも喧伝するはずよ。
あの国、いえ、王妃だって私を引きずり出したいんだし」
何なら、神の使徒って話まで広まるかもしれない。
ムスペルの国王にはそんな話をしてしまっている。
私が迂闊すぎたのもあるけど、偽神もエグいこと思いつくわね。たったの数手でここまでやるなんて。
「本当にそうでしょうか。
ヴァガルの目的はステラではないのでは?
真の目的が他にあるなら、それで止まるとも思えません。
そんな事はムスペル側も気づいているはずです。
ならば敢えてステラの行方を隠すかもしれません。
と言うより、身に覚えがないと言い張るのでは?」
王妃個人ならそう考えるかもしれない。
ツムギを守りたいとも思っているのかもしれない。
けど、国を動かすのは王妃一人ではない。
どれだけ権力を持っていようともそれは変わらない。
「それでも噂は止められないわ。
ムスペルの上層部の誰かがステラの事だって思い至るはずよ。それが広まって、何れはヴァガルにも伝わるわ。
ステラ自身が二つの国から注目される存在になるの。
そうなれば当然、連れ出した私の話にも繋がるわ」
「……確かに。アルカの言う通りかもしれません」
「だから先手を打ちましょう。
私がステラを連れてヴァガルに乗り込むわ。
少なくともそれで戦争は回避できるもの。
ヴァガルと私の間だけで話を終わらせられる。
落とし所をどうするのかは、また改めて考えましょう」
向こうの出方とリリカの調査次第だ。
「ダメよ。そもそも前提が間違っているわ。
戦争が起こるからって、アルカが干渉して止めてはいけないの。成り行きに任せなさい。何度もそう言ってるでしょ。
アルカが当事者でもそれは変わらないのよ。自分の悪口を言われたからって、子どもの喧嘩に口を出す親はいないでしょ」
実際にあれ言う子っているのかな?
お前の母ちゃんでべそ、ってやつ。
何故お母さん?何故でべそ?
改めて考えると意味わからないわね。
私が手を出せば何処かに歪みが生じるのは理解できる。
どうあっても力尽くにしかならないからだ。子供の喧嘩に親が何度も首を突っ込めばきっと子供は歪んで育つだろう。抗いようのない大きな力で押さえつけられるのだ。一方的に。
カノンは世界がそうなると言いたいのだ。
だから戦争を止める事すら過干渉だと言っているのだ。
私にその意図が無くとも、私に関わった人達はそう感じる事になる。その積み重ねの結果として最たるものが、アスラとの敵対だ。あいつらは私憎しで町一つを滅ぼそうとしたのだ。干渉を続ければ、それが国や世界にまで広がるのもそう遠い未来ではないのかもしれない。
全部わかってる。きっとカノンは正しい。
幼少期に積み重ねられた親へ猜疑心が何時まで経っても消せないように、彼らは私を疎んじ続けるだろう。それは今後どれだけ施そうが変わらない。
けど、それでも。
「それでもよ、カノン。
これが全て偽神の手の内だとしても同じことよ。起こるとわかっている悲劇まで見過ごすのも、人間のする事とは言えないわ」
「……アルカは人間じゃないわ。半神よ」
「私は人間よ。少なくとも心は」
「……そう。なら今回だけよ」
「ありがとう。カノン」
「……はぁ。
やっぱり私には無理よ。
風紀委員長は務まらないわ」
「約束通りちゃんとメンバー集めるから。
ついでにヴァガルからも誰か引き抜いてきましょう」
そんな人が居るかはわからないけど。
何せステラを虐げてきた人達が治める国だし。
まあ、もう何年も前だし、全員が全員って事もないだろう。
「それって嫁を増やすという事ですよね?」
「許して、ノアちゃん。
この家にはまだまだ人手が足りていないの。
今のままじゃ、カノンの負担も大きすぎるでしょ?」
「なら別に嫁じゃなくてもいいでしょう?
ちゃんと否定して下さい」
「いや、そこはほら。
結局行き着くとこは同じかなって」
ついでにリオシアにも良い子がいないか、リリカに調べてもらおう。
「セレネはどう?
近くにそういう子いない?
セレネのお気に入りとかでもいいよ?
家族に迎えたい子とかいない?」
教会で働いて長いのだ。
あまりその辺りの事は干渉してこなかったけど、セレネのことだから何人かは侍らせてるはずだ。間違いない。
「いるわよ一人。
何れ言い出すつもりだったの」
ほらやっぱり。
当然のように外に愛人作ってたわね。
いや、愛人とまでは言ってないけど。
「今度会わせて下さい」
ノアちゃんが半ギレだ。
「その話は後よ。
それにあの子引き抜いたら教会の方が回らなくなるもの。
紹介するのは諸々落ち着いてからにしましょう」
「逃がしませんからね」
「安心なさい。手は出してないわ。まだ」
「セレネ」
「悪かったってば。
冗談だから。普通の仕事仲間だから。
悪ノリしすぎたわ」
「……なら良いですが。
どの道紹介はしてもらいますからね」
「ええ。何れね」
さて。話を戻しましょう。
丁度、リリカからの続報も届いたし。
「ステラの件、ニコラという男が原因でバレたみたいよ」
「あの魔道具研究の責任者ですか?
ムスペルから追放されたはずの?」
「ええ。その男よ」
いくらなんでも展開が早すぎよね。
一月足らずで隣国の中枢に情報を齎せるなんて。
まるで、最初からグルだったみたい。
いくら優秀な研究員だからって、それに故意でなかったにしても、王子を亡き者にして追放された男をいきなり重宝するとは思えない。なら最初からヴァガルの人間だったと考えるべきかしら。けどニコラはシルヴァン王子と以前から友人だったって話だ。ツムギならその辺の事もわかるかしら。
「どう思う?」
「……わからない。
私個人としての付き合いは無かったから」
まあ、そうか。
男子禁制の離宮に籠もってたんだし。
「けど、きっと何かの間違いだと思う。
あの兄様が見抜けなかったはずはないもの」
ニコラの事はともかく、シルヴァン王子の事は信じてるものね。ツムギは。
「なら追放された後、もしくはシルヴァン王子が寄生された後に接点を持ったのかもしれないわね」
そこも偽神の干渉があったならどうとでもなるだろうし。
とにかくもう少し調べてみよう。




