39-2.兆候
「ムスペルでの顛末は以上よ。
結局あれから母様と直接の話しは出来ていないわ。
こんな事になるなら決闘中にでも伝えておくべきだった。
ごめんね、皆。折角力を貸してくれたのにこんな結末で」
帰宅したツムギが改めて事の経緯を説明した。
どうやらあの王妃は逃げの一手を打ったようだ。
そんな事が罷り通るのは、未だ王妃の権力が絶大だからだ。
あの決闘はそこを突き崩す為の策でもあったのだけど、何よりツムギとの対話に持ち込ませたいが為に画策したのだ。素直に話を聞く気が無いならこちらも手の打ちようが無い。潔く負けを認めてくれなかった時点で私達の策は瓦解した。これは王妃の性格を考慮した上で立てた計画だ。そこを読み違えたなら成り立たない。
ある意味では、王妃の行動こそが私達の目論見を突き崩すのに最適なものだった。ああして、何が何でも認める気は無いのだと示されては、こちらもこれ以上手を出す理由も無くなってしまうのだから。
「本当にごめん、皆。私はもう諦める。
だから最後にアレク姉様だけ攫ってもいいかしら?」
ツムギもあんな母の姿を見て心が折れてしてしまったようだ。
こうまで頑なに対話を拒否されたのだ。無理もないのかもしれない。
「姫様。その決断を下す前に、私に行かせて下さい」
ステラが?
「ダメよ、ステラ。
今の母様は例えあなたの言葉だって聞きはしないわ」
「いいえ。王妃様はそのようなお方ではありません。
何か理由があるはずなのです」
「そんな事は私もわかってるわ。
だからこそ諦めようとしてるんじゃない。
母様があそこまで無様な真似をしたんですもの。
本人が一番苦しんでいるはずよ。
もう無理よ。これ以上私の手で苦しめるのは。
母様の意図を汲んであげましょう。
顔も見れないと言うのなら、潔く身を引きましょう。
今はそうしても、何れこっそり会いに行きましょう。
大っぴらに仲良く出来なくても構わないから」
「姫様……」
結局ステラの秘密とは何だったのだろう。
それは今こそ聞くべきなのだろうか。
ステラは王妃に言葉を届けられるかもしれないと考えた。
娘であるツムギ以上に有効な可能性があると。
そんな関係、どんなものがあると言うのだろう。
皆目見当もつかない。
「あんたら、こっちにもわかるように話しなさい。
ステラは王妃とどんな関係なのよ?」
セレネが遠慮なく切り込んだ。
さすセレ。私達に出来ない事を平然とやってのけるッ!
『くうきよめ』
いや、うん。ごめん……。
「私はかつて王妃様に拾って頂いた身の上です。
いえ、正確には攫って頂いたのです」
「攫った?
どういう事?」
「私はムスペルの隣国である、ヴァガル帝国の生まれです。
私はその地の皇族として生を受けました」
ステラもお姫様だったの!?
しかもめっちゃデカいとこじゃんそこも!
「しかしながら、私の生誕は望まれたものではありませんでした。かつて私の祖国を訪れた王妃様は、虐げられる幼き私を見て不憫に思い、その場から連れ出して下さったのです」
何やってんの!?
外交官が隣国の姫様攫っちゃったの!?
いや!私的にもグッジョブだけどさ!
「若き王妃様は姫様とよく似ていらっしゃいました。
外見だけでなく、その性質も」
なるほど。
とんだじゃじゃ馬だったわけだ。
だからって誘拐はマズいだろうに。
「この秘密は私と姫様、そして王妃様しか知りません。
私が城へと近付かなかったのは、私を知る者と顔を会わせるわけにはいかなかったからです」
王様すら知らんのかい!
そりゃあかんじゃろ!?
もろ国際問題のやつじゃんか!
そりゃ城には入れないわけだ!
気づく人は気付くだろうし!
というか、何で王様気付いてないの!?
ああ、そっか。
確かヴァガル帝国ってムスペルとそんな仲良くないんだ。
少なくともここ数年はって話だ。
一応、数百年は良好な関係だったはずなんだけど。
なんか昔あの辺り旅してた時にそんな話を聞いたことがある。
私にしては珍しく覚えてたわね。
そうそう。それ聞いて、さっさと離れたのよね。
戦争に巻き込まれるのはごめんだったし。
まあその時は要らない心配だったけど。
まさか、キッカケってステラの失踪だったりしない?
実は疑われてるんじゃないの?
とにかく戦争するってレベルでは無いにせよ、あまり親密な付き合いはしていないのだろう。少なくとも王族皇族が顔を会わせる程ではないのだろう。
ステラは一生公の場には顔を出さず、ツムギの側付きとして離宮に引き籠もっているつもりだったのだろう。ツムギ自身も離宮に引き籠もっていたのは、そんなステラの為だったのだろう。ツムギがアレクシアさんと疎遠になり始めたのもステラが来た事が理由なのかもしれない。
「つまりステラは、王妃の弱点にもなりうるわけね」
なるほど。
存在がバレたら、決闘の誤魔化しとも比較にならない程大きな問題になるのか。
「少なくとも無下にはされない可能性が高いかと」
「ダメよ。そんなやり方。
ステラだって嫌々じゃない。
そんなの恩を仇で返すような真似だもの」
そうね。
セレネの言う通りだわ。
弱点になるよね、とか言い出したのもセレネだけど。
「ある意味ではこれも恩返しです。
姫様と王妃様の仲を取り持つ事が出来たなら幸いです」
「無駄よ、ステラ。
母様はそんな事では揺るがないわ。
ステラが喧伝するとは考えていないもの」
そりゃそうか。
幾ら強力なカードをちらつかせても、切れないとわかっているなら恐れる必要はない。王妃に恩のあるステラではその選択肢を取ることは出来ないのだから。
「アルカ、ヴァガル帝国の内情を調べなさい。
これは早急によ」
「セレネ、何か思いついたの?」
「少しね。
ツムギも決断はもう少し待ちなさい。
私達がやるべき事はまだ残されているわ」
「……何を考えているの?」
「王妃の真意が見えてきたかもしれない」
「ヴァガルが戦争を企んでいるとでも?」
「ええ。王妃は出先でその兆候に気付いたのでしょうね」
「まさか戦争にアルカを巻き込むつもりですか?」
「そうよ。
これが偽神の企みに端を発するものなら可能性は高いわ」
そうか。
偽神は隣国にも干渉していたのか。
口実はステラの存在だけで十分だ。
それに戦争したい人間なんて居る所にはいくらでも居るんだろうし。
「母様はそのせいで形振り構っていられなかった?」
「それか、失望させて遠ざけたいのかもしれないわね。
戦争にアルカを巻き込めずとも手を引かせるのも有効よ。
少なくとも、娘達の安全は保証されるわ」
「……」
『リリカ』
『話はわかったわ!
緊急事態だものね!
任せなさい!』
ごめん。
リオシアの件もあるのに。
『ヒサメちゃんもリリカを手伝ってあげて』
『がってん~!』
『ありがとう!アルカ様!助かるわ!』
セレネの思い過ごしである事を祈るばかりだ。
本当に戦争なんて起こされたら堪らない。
少なくとも、私の目の届く所では。
このままじゃマリアさんだって戦場に立つことになるのだ。
何としても避けなければ。
「ダメよ、アルカ。
やるのは情報収集だけよ。
干渉は認めないわ」
「……うん」
そうだね。カノンはそう言うよね。
私もカノンにはそうであってほしいと思ってる。
けどごめん。今回ばかりは無理かもしれない。
きっとこれは放置しても後悔しか残らない。
ツムギがこっそり母に会いに行く未来すら断たれてしまう。
そんな気がするから……。




