39-1.決闘
『始まったわね』
そうね、イロハ。
アレクシアさんの側に潜ませたハルちゃんの分体を通して、ムスペルの光景が目前のスクリーンに映し出されている。
「ところで、イロハ。
あなた度々戻ってくるけど、イロちゃんズはどうしたの?
私、あの子達の側に居ろって言ったわよね?」
何なら昨日だって、朝食の後には戻ってきてたわよね。
なんか居るのが当たり前過ぎて忘れてたけど。
『分体はずっと一緒よ』
「ちゃんと本体が側にいてあげなさいよ」
『今言わなくても良いでしょ。そういうの。
アルカこそ、観戦に集中なさい』
まあそうだけどさ。
私も後でイロちゃんズの方に顔を出そう。
そうすればイロハも心置きなくあの子達と過ごせるだろうし。
「ツムギが動きました。
王妃様も想像以上にやりますね」
定位置に座ったノアちゃんが実況のような事を始めた。
「観戦者も結構多いわね。
まさか玉座の間で決闘するとは思わなかったわ。
王妃様は負けたらツムギに王位を譲るつもりかしら?」
王位は別に王妃様のものじゃないけど。
でも、王様も玉座について事の成り行きを見守っている。
立ち位置的にも王妃様の側についているのは間違いない。
なんかすっかり空気になっちゃったけど。
それでもトロフィー代わりにはなるだろう。
「まさかそんな……そういう事です?」
「いや、ぶっちゃけ私も冗談のつもりだったんだけど……」
「「……」」
これもしかしてマズい?
そこまで含めて王妃様の罠だったりする?
どうやらツムギもそこまでは読み切れていないようだ。
どうしたものかしら。
今更ツムギに警告を送るのも何か違う気がする。
戦闘への集中力を欠けば負ける事だってありえるし、考えた結果わざと負けるしか無くなるのもいただけない。
ツムギの努力を無駄にさせたくなんてないのだ。
「事の成り行きを見守りましょう。
これが王妃様の罠だとしても、ツムギを信じて任せましょう。ツムギだって、ただやられっぱなしという事は無いはずです。それでもどうにもならなければ、その時はアルカの干渉を許します。頑張ったツムギを助けてあげて下さい」
「そうね。
わかったわ。ノアちゃん」
ツムギは今も頑張っている。
王妃様に膝を付かせようと、剣を振るい続けている
この世界では数日前まで、私世界で一年前まで、禄に訓練すら受けたことの無かったあのツムギが。
王妃様は何だか苦しげな表情だ。
これはどういう感情だろう。想定外の事態に対するものだろうか。まさかツムギに負けるとは今の今まで思っていなかったのだろうか。それはツムギを舐め過ぎだ。いくらなんでもあんまりだ。娘達の想いを何一つ汲み取っていなかったという事なのだから。
けど本当にそうなのだろうか。
あの王妃様は優しく賢い人だ。娘視点で融通の効かない親だとは言われているけれど、きっとそれだけでもないはずだ。
王妃様の行動は尽くこちらの想定を上回っている。
以前私に決闘を挑んできたのもそうだ。
今回早々に決闘を受けたのもそうだ。
それをこんな観衆の前で、しかも玉座の間まで使って始めた事もそうだ。
だからきっと何かあるはずだ。
「おかしいです」
ノアちゃんが険しい声音で呟いた。
「何が?」
「王妃様の動きです。
アルカの記憶から再現されたものとは違いすぎます」
「そうなの?」
私には区別がつかない。
きっと私やノアちゃんの力と比べれば誤差レベルでしかないのだろう。ノアちゃんだから見極められるだけなのだろう。
それでも、ツムギにとっては大きな差のはずだ。
「アルカと戦った時の王妃様が疲労を抱えていたのを考慮しても、これは不自然です。おそらく何らかの細工が施されています」
魔道具でも使ってるって事?
もしくは薬や魔術によるドーピング?
「そこまでする?
相手はツムギよ?」
「だからこそでしょう」
王妃様はツムギを舐めてなどいなかったのか。
必ず何かあるはずと見抜いたのだろう。
ならあの表情は罪悪感?
それともドーピングの副作用?
前者の可能性が高そうだ。
ツムギが何の小細工もなしに正面から剣を振るっているからだろう。王妃様がそこに気付けないはずはない。
ツムギのその姿を見て、自分のやった事を後悔しているのかもしれない。
娘の努力を信じず、絡め手で来ると疑わず、それに備えて手段を選ばなかった事を悔やんでいるのだろう。
そこまでして尚、勝負を決めきれない状況が王妃様を苛んでいるのだろう。
「でもまあ、心配は要らなそうね」
「はい。
ツムギは私が鍛えたのです。
負けるはずがありません」
「後半ルーシィに押し付けてたじゃん」
「うぐっ……それは言わないで下さい……」
そう言えばルーシィ呼んであげた方が良いんじゃない?
あかんな。忘れてた。折角協力してくれたのに。
『問題ありません。
ルーシィとステラはアニエス達と共に観戦中です』
ああ、そっちに居たのね。
ありがとう、シーちゃん。
「一応私は干渉しない約束だからね。
皆と一緒に観戦出来ないのは残念だけど仕方ない。うん」
「何故、急に言い訳を始めたのです?
今のは誰に言ったのです?」
「いやちょっと。
諸々の罪悪感を打ち消そうかと」
「ルーシィの事を忘れていたのですね?」
さすがノアちゃん。
気付いたか。
「それよりほら、ノアちゃん。
決着ついたわよ」
「勝ちましたね。ツムギ」
「そうね。
王妃様はどう出るかし……はぁ?」
「なんです?
あの兵士達は」
何故か兵士達がツムギを囲っている。
王妃様は兵士達が庇うように奥へと追いやられた。
つまりこれは、王妃様自身の差し金という事なのだろう。
「これは流石に干渉しても言いわよね?」
ハルちゃんの分体にアレクシアさんの保護を頼まなきゃ。
今は人質にされているのだ。ツムギも動きづらいだろう。
「必要ありません。
アレクシアさんはマノンが守っています」
あら、驚いたわ。
マノンたら、いつの間に移動したのかしら。
と言うか、決断が早すぎるわ。
もう何人か伸しちゃってるじゃない。
「流石にこの展開は想定外すぎるわ。
汚名を払拭する為の場で更に汚名を重ねるなんて」
「どの道負ければ同じ話でしょう」
「だからって……。
これは私達が追い詰めすぎたせいなの?」
「いっそとことん地に落とすつもりなのかもしれません」
「自分の名を?
悪の帝王にでもなって討たれるつもりなの?」
「もはやそれくらいしか思いつきませんよ。
聞いていた人柄が正しいのであれば」
王位を継ぐ気のないツムギやマノンに国を任せたいなら、それが唯一の手段なのかもしれない。親を討ってまで国を取り戻してしまえば、二人のどちらかが継ぐしかなくなるのだから。
「余計国が混乱するじゃない。いくらなんでも強引すぎよ。
これ以上ムスペルのごたごたに付き合うのはごめんよ。
王妃様が本当にそんな事を考えているなら、ツムギとマノンには諦めさせるわ。あの国とは縁を切りましょう」
「すぐにそういう事を言うのはダメだと言いたい所ですが、今回ばかりは賛成です。どう考えても泥沼にしかなりえません。最悪、これはアルカを引きずり出す為の策でもあるのかもしれませんから」
「いっそ話し合ってみる?
妙な策を弄するのはやめて、素直に話し合ってみろって」
「そうやって余計な干渉を繰り返してきた結果が今なのです。これ以上はダメです。絶対にアルカが口を出してはいけません」
「これが偽神の策だとしたら?」
「王妃が操られていると?」
「可能性は無くもないでしょ。
どうやら偽神はムスペルを混乱させたいみたいだし」
「その時はその時です。
ツムギ達が戻り次第、意見を聞いてみましょう」
「そうね。
こんな結果になってしまったけれど、きっとツムギは諦めずに色々調べてきてくれるでしょうし」
「こちらもメンバーを招集しておきましょう」
「ええ。そうしましょう」




