38-33.魔女の呪い
「アルカぁ!!!」
「ノアちゃぁん!!」
これで何度目だろう。
私の槍とノアちゃんの刀がぶつかり合うのは。
ノアちゃんは時間を追う毎に速く力強くなっていく。
それだけハルちゃんの一部とやらが馴染んでいるのだろう。
早く止めなきゃとは思うのに、どうにも抑え込めずにいる。
ノアちゃんの戦い方がいつもと違いすぎるからだろうか。
まさか私は萎縮しているのだろうか。
知らないノアちゃんに怯えているのだろうか。
『シャキッとしなさい!
アルカが本気になれば何時だって落とせるはずよ!
何時までグダグダ悩んでるつもりよ!!』
『そんな事!』
わかってる!けど!
『ちから』
『ほしい?』
『あっとうてきな』
『黙りなさい!ハル!』
『むむ』
『イロハ』
『がんこ』
『黙れと言ったのよ!』
『むう』
ハルちゃんは本当に何をさせたいのだろう。
ここまで強引な事をするのは珍しい。
勿論無いわけではないけど。度々やらかしてはいるけど。
元々勝手な子ではあるけど、ノアちゃんに、いや、他の家族にまで手を出すのは珍しい。
場合によっては私の怒りを買いかねない行為だ。
今回の件も、事と次第によっては許せないかもしれない。
いや、そんなはずはないのだ。
ハルちゃんは勝手ではあっても、私のためにならない事をする子ではない。きっと全て理由があるのだ。
だからって、今はそれを問い詰めている余裕がない。
そもそもハルちゃんはきっと話さないだろう。
記憶共有で強引に探り出すという手もあるが、イロハが認めるはずはない。おそらく一緒に未来の余計な知識まで引き出してしまうはずだ。ハルちゃんもそれがわかっているから余裕を保っているのだろう。
というか、別にその手段でなら暴かれても構わないのだ。
私がハルちゃんの考えを完全に理解してしまったら、きっと止めはしないのだろうから。
ハルちゃんが避けているのは、あくまで半端に言葉で伝えてしまう事だけなのだろう。それによって生じるすれ違いをこそ、忌避しているのだ。だから今は話す気がないのだ。
「アルカ!!」
ダメだ。考えている場合じゃない。
とにかく動かねば。一手でも多く手を繰り出さねば。
ノアちゃんの刀をその手から弾き落とそう。
負けを認めれば話を聞いてくれるはずだ。
私は槍を振るいつづける。
一心に、ノアちゃんの刀だけを狙って。
ノアちゃんは既に神威を武器にまで纏わせている。
あれでは魔術も神術も効きはしまい。
ならば後は単純な技量とフィジカルの勝負だ。
より強い神威を纏い、より多く槍を突き出す。
私がやるべき事はそれだけだ。
シンプルでわかりやすい。
「なんで!
なんでですか!」
ノアちゃん?
「何がいけないんですか!
アルカだってやってるじゃないですか!」
今更問うまでもなくそんな事わかってるでしょ?
これまでだって自分の力で頑張ってきたじゃない。
ルーシィに啖呵切ったのもノアちゃん自身じゃない。
「私の方がいっぱい頑張ってきたんです!」
知ってるわ。ずっと見てきたもの。
「何度も追い抜きました!」
そうね。
「嬉しかったんです!」
私もよ。
「これでアルカを守れるって!」
ずっとそう言ってくれていたものね。
「けど!!」
また私が先に行ってしまったものね。
それも、今度は追いつけない程遠くに。
「アルカはズルいです!」
それがノアちゃんの本心なのね。
決して口にはしなかった本当の想いなのね。
「それでも!!!」
ノアちゃんが折れるわけがない。
「何度でも超えてみせます!」
だからって。
「何をしてでも!!」
「ごめんね、ノアちゃん」
私の槍が遂にノアちゃんの刀を弾き飛ばした。
ノアちゃんは迷うこと無く手の中に刀を呼び戻した。
たぶん、私の抱き寄せ魔法の応用だろう。
一瞬手を離れたはずの刀は、さっきまでと変わらない状態でノアちゃんの手元に出現した。
しかし、一点だけ違いがある。
今のノアちゃんの刀は神威を纏っていない。
一瞬でも手元を離れた事で霧散してしまったのだ。
もしかしたら抱き寄せ魔法を真似たせいかもしれない。
今のノアちゃんが纏わせ直すには少しだけ時間がかかる。
私はその隙を逃さなかった。
刀に向けて再び槍を突き刺した。
今度はノアちゃんの手から叩き落とすのではなく、その刃の中程から真っ二つにへし折った。
「……酷いです」
折れた刀を見て悲しそうに呟くノアちゃん。
「ごめんね、ノアちゃん。
新しい刀は用意してもらうから」
「これはお気に入りです。
デートの思い出です」
「なら打ち直してもらいましょう」
「そういう問題じゃありません」
「ごめんね。話は後にしましょう」
私はノアちゃんに近づいて抱きしめた。
ノアちゃんは抵抗する事なく受け入れてくれた。
「イロハ、お願い」
『むだ』
『もうておくれ』
『……そうみたいね』
「セレネとカノンが怒りますね。
アルカも一緒に叱られてくれますか?」
「何を調子の良いこと言ってるのよ。
あった事全部言いつけてやるんだから。
私は必死に止めたのにって。
覚悟しておきなさいノアちゃん」
間違いなく私も一緒に叱られるけど。
まあ、仕方ない。
「取り敢えず仲直りしましょう。
それからお説教よ。
ハルちゃんとノアちゃん、それにルチアも」
『なんでよ!?
私も止めたんだってば!』
「連帯責任よ。
ルチアにどうにも出来なかったのはわかってるけどね」
私だって他人事ではない。
止める事が出来なかったのはルチアと同じだ。
ハルちゃんが私の一部な分、より大きな責任がある。
「それで、ハルちゃん。
先ずはハルちゃんの弁明を聞きましょう。
どういう理由で、何を植え付けたの?
詳しく説明してくれるわよね?」
『ダメ』
『まだひみつ』
『ひつようなこと』
『しんじて』
「そんな説明で済むわけ無いでしょ」
『ハルのいちぶ』
「それはもう聞いたわ。
具体的に、どういう効果を及ぼしているの?」
「それは私から説明します」
『私も少しはわかるわ』
「それもダメ。これはハルちゃんが話すべき事よ」
『きょうゆう?』
「しません。
ハルちゃんはそれが目的なの?」
『でもいい』
このまま秘密にして時が来たら知るのでも、私と記憶を共有するでも構わないのか。ハルちゃん的には後者の方が都合が良いのかもしれない。
「ちゃんと話してよ。
でないと、ハルちゃん閉じ込めちゃうわよ?」
『ふへ』
ダメだ。喜んじゃう。
「実験とも言ってたわよね?
あれはどういう事?」
『そのまま』
『ノア』
『いちごう』
『さいしょの』
『ひけんしゃ』
「ねえ、わざとなの?
さっきからまともに質問に答える気が無いじゃない」
『むむ』
『しんぎじゅつ』
『ためした』
『そういういとも』
『ある』
いくつかある理由の一つという事か。
ハルちゃん自身の興味本位という部分もあったのだろう。
「ハルちゃんはハルちゃんなのよね?
私の知らない子に変わっちゃってたりはしないよね?」
『きょうゆう』
確かにそれなら一発だけども。
「……やめておくわ」
今はまだその時じゃない。はずだ。




