38-29.望むもの
「ツムギはレベル二十三、マノンは三十七が最高ね。
二人共よく頑張ったわ♪」
まさか初回でここまでいくとは。
「負けたぁ~……というか全然勝負にならないわ……」
「約束通りマノンにはご褒美をあげる。
それとは別に、五十レベルまで到達すれば追加もあるわ。
そっちは二人共が受け取れるから安心してね♪」
「なんでも!?」
「ええ。次のご褒美も同じ条件よ。
何でも一つ言う事を聞いてあげるわ」
「やるわ!
必ず到達してみせるわ!!」
「ツムギは私に何をさせたいの?」
「いっぱいあるわ!」
「どれか一つよ」
「追加は!?」
「なら五十レベル毎に一つ」
「やってやろうじゃない!!」
流石に無茶だと思うわよ?
レベル百はノアちゃんですら十二分近くかけてたんだし。
あれ多分、理論値とかそういうレベルで詰めまくった結果だと思うの。
魔神の体力が十万なのに対して、初期レベ初期装備で攻撃しても一ダメージとかしか入らないからね。秒間十数発以上は当てつつ、全部クリティカルとか出してダメージも稼いでいかないと、十分台とか不可能だと思うわ。
今の二人の実力じゃ、数時間かけても終わるかどうかね。
きっとレベル五十ですら似たようなものでしょう。
実際、後半は一体倒すのに数十分かかってたし。
まだ四分の一程度のレベルなのに。
というか私、あれできるのかしら?
レベル制限を施して純粋な剣技だけで勝つのは普通に無理そうだ。
「それで、マノン。
ご褒美は何がいい?」
「アルカ」
即答ね。
「わざわざここで願わなくても、ムスペルの件が終わったら手に入るんじゃない?」
婚約者になるって約束したばかりじゃない。
「違うわ。
アルカの全てを私に頂戴。
ベア姉さまもノア姉さまもアルカのもの全部纏めて頂戴」
まさかその手のお願いを本当にしてくる子がいるなんて。
「私の一番になりたいって事でもなくて?」
「いいえ。そうなりたいの。
何者にも脅かされない一番に。
だからアルカを手に入れるの。
私以外を一番にする事は二度と認めないわ」
なるほど。
さてどうしたものかしら。
私、何でも叶えてあげるなんて言ってしまったのよね~。
「その願いを叶えてもいいけどセレネ達が黙ってないわよ?
今のマノンでは守りきれないんじゃないかしら?」
ハリボテの君主では、三日天下にしかなりえまい。
「アルカが制御なさい」
「無理よ。
私、実は大して強くないの。ハーレムの主だからって、無条件で皆を従えているわけじゃないのよ」
「そう……ならまあいいわ。
別に本気で願っていたわけでもないの。
変なことしてベア姉さまに嫌われるのも嫌だものね」
ありゃ?
あっさり引き下がった?
「願いを変えるわ。
私が願うのはアニとアレクシア様の事よ」
「アニエスの?」
「二人を引き離さないで。
そうしないで済む方法を見つけ出して。
せめてアニエスにその覚悟が出来るまでは」
「元よりそのつもりよ。
それはマノンも知っているでしょう?」
「改めて約束して。
それが私の願いよ」
状況が悪化したから?
マノンはこのままではマズいと思ってる?
「信じられなくなっちゃった?」
「……違うわ。
ただ出来ることをしたいだけ。
今の私に出来るのは頼る事だけだから」
ああ。そういうことか。
マノンはもどかしいのか。
きっとアニエスの隣で見続けてきたのだろう。
母の窮地を心配する幼い妹分の姿を。
ムスペルに戻っていた数日間の間、ずっと。
こうして訓練に長い時間をかけている事も、作戦の要が自分ではなくツムギである事も、マノンにとってはもどかしくて堪らないのだろう。
私が欲しいという願いはそういう意味なのか。
自身で裁量権を持ちたかったのだろう。
私の一番であれば、私がどう動くのかも自分で制御出来ると考えたのだろう。
それが無茶な考え方だという事も、わかってはいるのだろう。
「良いわ。約束しましょう。
必ずその未来を選んであげる。
最悪アレクシアさんを攫ってでも。
家族に反対されても押し切ってあげる」
「なによ。結局強行も出来るんじゃない」
「そりゃ一回くらいならね。
でもそう何度も使える手じゃないわ」
「ふふ。何よそれ」
少しは元気が出ただろうか?
もう一手くらい詰めても良いかな?
「もう一つ願いを言いなさい。
今の願いに免じて、数を増やしてあげる」
「変な理由付けね。
苦し紛れ過ぎやしないかしら?」
まあね。
でもそうでもしなきゃ受け入れないだろうし。
それに、マノンの気持ちに水を差したいわけでもないから。
「私がご褒美を口実にマノンを可愛がりたいの。
付き合ってくれる?」
「褒美とか言っておいて、自分の欲望の為なんじゃない」
「頑張ったマノンを労いたいな~♪」
「お願いの内容は私が決めるのよ。
アルカの望むものになるとは限らないわ」
「その時はその時よ」
何かしら理由つけて可愛がっちゃうぜ♪
『しつこすぎよ。
何でマノンにだけそんな粘着質なの?』
なんかね。
マノンって可愛がりたくなるんだよね。無性に。
「依怙贔屓だ~もっと私も可愛がれ~」
ツムギんがお疲れだ。
ヤジに元気がない。
ついさっきまで張り切ってたのに。
「決めたわ、アルカ。
ベア姉さま、私に頂戴」
「らしいよ、ツムギ。
ごめんね。何れ取り返すからね」
「ちょ!?あっさり手放した!?」
「あっさりじゃないわ。泣く泣くよ。
ステラとの約束も果たせなくなってしまったもの」
「え!?そういう事!?
私今からマノンと!?」
「違います、ベア姉さま。
私はベア姉さまを一晩お借りしたのではありません。
ベア姉さまの所有権を譲り受けたのです」
「所有権!?人身売買!?」
「お覚悟を。
今晩は寝かせませんから」
「結局そっちなの!?」
「ベア姉さま。お慕いしております」
「え!あ!うん!私も大好きよ!マノン!
けどほら!やっぱりそういうのは!」
「そういうのは?」
「マノンが大人になったらにしましょう!」
「ベア姉さま。
既に姉さまは私のものです。
いつ姉さまが私に手を出すのかは、私が決める事です」
「小春!小春!取り消して!
そのお願いは叶えちゃだめよ!
私ロリコンになっちゃう!」
「もう手遅れじゃない?」
ノアちゃんやリヴィにやった事を忘れているのかしら?
「違うし!
大切に育ててただけだし!」
マノンだけじゃなくてアニエスもよね。
「でも何れは手を出すつもりだったんでしょ?」
「違うからぁ!
普通に愛でるだけだからぁ!
私が伴侶として愛してるのは小春だけなの!」
「アルカ、ベア姉さまは返すわ。
やっぱり自分で振り向かせないとダメみたい」
「マノンならそう言うと思ったわ♪」
「もう一度代わりのお願いよ。
私が扱える最強の装備を一式頂戴。
レベル百にも通じそうなやつね」
なるほど。
それで願いを二つに増やすのか。
今の実力でレベル百を倒すのは不可能だもんね。
マノンって面白いわね。
ズルはダメだって考えも理解しているし、そうやって思い直す事は多いのに、それはそれとして使える手は何でも試してみるというか。
賢いのに変な所だけ子供らしいのよね。
まあ、まだマノン十歳だからね。
やっぱり見ていて飽きないわね♪
「ダメですよ、マノン。
例えアルカが装備を渡しても、使用する事は私が認めません」
遂にノアちゃん大明神が動き出した。
「まったく。黙って聞いていれば。
マノンの考え方はまるでツムギのようです。
ツムギ、あなたは妹分にまで何を教えているのです?」
あかん。ガチ説教が始まった。
私的には面白かったけれど、ノアちゃんは嫌うわよね。
「ごめんね、ノアちゃん。
私が悪ノリしすぎたせいなの。
だからマノンの事は責めないであげて」
「もちろんです。
悪いのはアルカとツムギだけです」
あ、はい。すみません。
「なんでよ~!
私今何も言ってないじゃん!止めてたじゃん!」
「これまでの教育の話をしているのです。
ツムギはマノンに悪影響を及ぼし過ぎなのです。
もっと自覚を持って下さい」
「ダメよ、ノアちゃん。
そこは一方的にしかるところじゃないわ。
言いたいことはわかるけど、そこは人それぞれ考えの差があるんだから。セレネだって似たような所はあるでしょ?」
「今は私もマノンの姉です。
そしてマノンはまだ幼いのです。
私には正しい道へと導く責任があります」
「その正しい道をノアちゃんだけで決めてはダメよ。
マノンも、ツムギも、他の皆も加えて考えましょう」
「本来ならばそれが正しいのでしょう。
私だって本当はこんな事を言いたくはありません。
ですが今は余裕が無いのです。
マノンにはツムギの隣で戦ってもらう必要があります。
その場に私達は同行出来ないのです。
多少強引にでも矯正するしかないのです。
そうしなければ、ムスペルとの関係が悪化しかねないのです」
ノアちゃんは何時でも正しい。
ノアちゃんの言葉は何も間違っていないのだろう。
けれどそれはダメだ。
「ノアちゃん。
ノアちゃんの言っている事はわかるわ。
けれどね、そこはノアちゃんが強引に動く所ではないの」
言わせちゃった私がこれを言うのもあれなんだけどね。
「今回の戦いの舞台はお城の中よ。
敵は貴族と王族よ。
争う手段は剣ではなく言葉よ。
決闘はそれを成す為の寄り道でしかないの。
決闘に勝つ事がゴールではないわ。
目的地を見誤ってはダメよ」
マノンはツムギの隣で戦い続ける必要がある。
騎士のような役割も任せるけれど、王族としての立場も重要だ。
「マノンは王妃様からも認められる程優秀な子よ。
お城での貴族との争いはマノンの方が経験豊富なの。
例えマノンがまだ子供だとしてもね」
騎士道精神は大切だ。
けれどそれは騎士の立場だからだ。
王や貴族にはまた違った視点がある。
自ずと考え方も変わってくるだろう。
だから今ノアちゃんがマノンを矯正するのは間違いだ。
少なくともそれだけは言い切れる。
「……そうですね。
すみません。言い過ぎました」
「ありがとうございます。ノア姉さま。
ノア姉さまに恥ずかしいと思われないよう精進致します」
「はい。良い子ですね。マノンは」
「でっしょ~♪
私の自慢の妹だからね♪」
「もう"私達"のです。
ツムギだけに任せておけないのは間違いありません」
「まあそうね。
心配ならリリカの特別教室にでも通ってもらう?
ついでにツムギもね」
「なんですそれ?
私聞いてませんよ?」
あ……。
そう言えば内緒にしてたんだった。
いやでも、もう言っても良いのよね?
リリカのいない所で勝手に話しちゃうのはよくないけど。
「詳しくはまた後でね。
リリカから説明してもらった方が確実だから」
「まったく。
アルカはやっぱりお説教です」
あらら。




