38-19.支離滅裂
「そもそも何故王妃の記憶を消す必要があったわけ?
元々アルカにとって都合の良い展開が続いていたはずじゃないの?それを台無しにした目的は何?」
セレネの疑問は尤もだ。
元々王妃様さえ目覚めれば解決する可能性があったのだ。
何故余計な手を出す必要があったのだろうか。
「まさか王妃まで寝取るつもり?」
「そんなわけないでしょ!?」
まったくもう!何言い出すのよ!セレネは!
「完全な攻略を成し遂げる為にやり直したんじゃないの?」
「違うってば!無いから!」
流石にないって!
未亡人はともかく人妻はマズイって!
「ならば他にも姫がいるのでは?
ツムギ、アニエス、マノン、ナディだけでは飽き足らず、他の者にも手を出そうとしているのでは?」
「うぐっ……」
それはあり得なくもないだろう。
アニエスより更に幼くはあるけど、まだまだお姫様いるっぽいし。
いや、だけど……。
「他の方向性で考えてみましょう。
ムスペルに対して恩を売れるとか何かそういう真っ当なやつも」
「これ以上重ねたいと思うのですか?
手を引きたがっていたのでは?」
それもそうなんだけどさ。
正直、世界一の大国とズブズブでも面倒なだけなのよ。
下手に力を貸すわけにもいかないしさ。
後何より、私現役で王族やってる人達と話すの向いてないと思うの。とくにムスペルは。あの人達すぐに何かやらせようとしてくるし。
「あのまま進めても、ツムギ達が国と疎遠になったとか?」
なるほど。
逆に不幸な未来を回避する為にって可能性もあるか。
ツムギが悲しむなら私も幸せではいられまい。
「その方向性は少し疑問です。
偽神がそのような事を気にするのでしょうか。
言ってはなんですが、些事と切り捨てるのでは?
もっと大きな影響を望むのでは?」
そうね。
ほんと言っちゃあなんだけど、ツムギ達の不幸を回避するだけってのは少し理由として弱いかもしれないわ。私の力が弱まっただけでこの領域を放り出したくらいだ。あの短慮さでそこまで細かい幸せを求めるとは思えない。
そして何よりツムギに対する想いも未知数だ。
偽神にとって気にする価値があったのかも疑問だ。基本的に偽神が気にしているのはノアちゃんだけだ。後は精々お姉ちゃんくらいだ。元々接点があったかどうかすら疑問なツムギ達を気にかけていた可能性は低いとすら言えるだろう。
ツムギ達が伴侶に加わった、いや、手に入ったなら、それ以上は手を出す必要も無いのでは?あの子達の心の平穏など、偽神にとってはどうでも良いのでは?
ついそんな風にも疑ってしまう。
逆にそこまで深く考えていないのかもしれない。
なんか皆不幸そうだから回避しようとか、そんな感じで気ままに手を加えている可能性だってある。
考え出すとキリがない。
けどあれは私だ。
私になら想像出来るはずだ。
ノアちゃんだけに執着するようになった私は、果たして何を望むだろう。
「ムスペルの混乱がギルド掌握と繋がっている可能性は?」
「何故そう考えたのです?」
「ノアちゃんの仕事を早く終わらせて、手元に戻したいって思うかなって」
「可能性はありそうですが、ギルドへの影響は少ないのでは?
例え世界一の大国を掌握しようとも、ムスペルとギルド本部の置かれているイオニアでは、随分と距離があります。
それになにより、アルカが派手に動いたと知られれば、ギルド本部もより警戒を強めるでしょう。
私達も動きづらくなるものと思われます」
まあそうよね。
ムスペルが混乱したからって、ギルド本部に対して何か出来るわけでもないわよね。
この世界で唯一ギルドだけは遠隔通信の技術を持っているから、一方的にムスペルの状況を知られてしまうだろう。
ムスペルを利用してギルド本部に圧力をかけるのは難しい。
距離があるから、直接的に戦争に巻き込んだりも出来はしないのだ。
それに何より、私が意図的にノアちゃんの頑張りに水を差すような事するかってのも疑問だし。
いや、実際には散々水を差してきたんだけどさ。
それでも邪魔する意図を持って手を出した事なんて無いわけで。
「ただ、それが伏線だなんて言われれば否定も出来ないわよね。少し先の未来で何かしら強い影響を及ぼすのかもだし」
「そうですね。
その可能性が無いとまでは言いません」
「とは言え今はもっと直接的に考えてみよっか。
敵は何でも出来るのだから」
何でも出来るから、遠回しな根回しは好まないかもしれない。
「単純に世界一の大国を掌握したいのでは?
そうすれば、国取りとギルド掌握が不要になるのでは?
ムスペルが手に入れば人員は確保できるのです。
教会をムスペルに移せば信仰も集められるでしょう。
加えてシイナの技術も提供すれば、あっという間にギルド以上の諜報機関も作れるのではないでしょうか」
「無いわね。
偽神の元は私だもの。
きっと面倒だと思うだけよ」
「そうとも言い切れないわよ。
ムスペルなら王族も随分と切り取ってあるじゃない。
その娘達に運営は任せてしまえばいいんだもの」
「それは……まあ……いやでも……」
「偽神は何を望んでいるのでしょう?」
「今更何言ってんのよ。
目的はノアだって何度も言ってるじゃない」
「いえ、その先の話です。
私とどんな生活を送りたいのでしょう。
どんな未来なら、偽神にとっても幸せなのでしょう。
大勢の家族に囲まれた暮らし?
それとも、私と二人きりの暮らし?
この二つならば、前者である可能性が高いのでは?」
「でもノアとお姉ちゃん以外に興味無いんでしょ?」
「ならば何故アルカの現状を放っているのです?
いっそのこと家族全員失わせて私と二人きりになったところを乗っ取った方が、私に気付かれる可能性も少なくなるのでは?」
ニクスに対する憎悪が隠しきれないなら、乗っ取る前に全て失わせて、ノアちゃん自身にも強い恐怖や執着心を持たせた方が、一石二鳥で都合が良いかもしれない。
家族を全員奪われて私と二人きりになれば、流石のノアちゃんだって心が折れて私に強く依存するだろう。
例え途中で私の中身が入れ替わっていたとしても、気付かないふりをしてしまうくらいには絶望するのではなかろうか。
「試した事あるらしいよ。
ノア姉、それでも折れなかったっぽいけど」
「「「……」」」
「心の折れたおかーさんを甲斐甲斐しくお世話してたのに、途中で入れ替わったあいつに気付いた瞬間、問答無用で切りかかってきたって」
ノアちゃんの心は何で出来てるの?
オリハルコン的なやつ?
「あと一つだけ忠告しておくよ。
あいつの思考なんて真面目に考えちゃダメだよ。
あいつ自身、とっくにおかしくなってるんだ。
望む幸せなんてコロコロ変わっちゃうんだから」
何よそれ……。
「目的そのものに一貫性がないなら想像するのは不可能ね。
ホント、滅茶苦茶やってくれるわね」
「それでもルーシィには心当たりがあるのでしょう?」
「まあね。
支離滅裂ではあるけど、狂人ではないから」
狂人じゃないは無理があるでしょ?
「つまりこっちのアルカとも大差ないわけね」
え?
「それもそうですね。
アルカに一貫性が無いのは元からでした」
なん……だと……。
「にゃはは♪
確かにそう言われてみると、おかーさんより悪辣で悪趣味で悪逆非道なだけで、根本は変わってないのかもね♪」
「おかしくなったと言っても、倫理観やら人間らしい常識等が失われているだけなのでしょう。
それでも十分に厄介ではありますが、方向性は絞れそうです」
「ノア姉なら支離滅裂なおかーさんの考えも読めるって事?」
「ええ。まあ」
「何よ?何か気付いたの?
勿体ぶってないで言ってみなさいよ」
「それは……」




