38-9.紙一重
「次に話し合いたいのはムスペルの件よ」
この場にいる関係者はカノンくらいだ。
関係者と言っても、私が相談したくらいだけど。
後、ツムギ達とも何かしら話はしてくれたのだろう。
カノンの事だから、すぐに済ませてくれたはずだ。
その辺りの内容も聞いてみたいところだ。
「私は覚悟を決めたわ。
この世界に大きく干渉しようとも解決する事にするわ」
カノンが先を聞かせてくれと、目で促してきた。
良かった。この時点で止められてしまうかとも思ったけど。
「私は早急にあの子達にも最低限の心構えをさせたい。
ツムギ達は今回の偽神の件とも一切関わっていない。
多分敵の強大さが上手く伝えられないと思うの」
レーネがそうだったように、例えその一旦を垣間見ようとも偽神の力なんて想像しようもない。
いや、相対した私達ですら、正確な事は何もわからないのだ。
それだけ彼我の実力差が隔絶している。
これで正しい危機感を持てと言うのも難しいものだ。
「これは良い機会でもあるの。
先ずは私の力を見せつけましょう。
私が本気を出したら何が出来るのか。
皆もそれを見て、敵の脅威をもう一度想像してみてほしいの」
私はもう一度カノンに視線を送った。
「考えはわかったわ。
そういう話なら止めはしない。
いえ、正直に言えば止めたいのだけどね。
人間である為の努力を忘れさえしないのなら認めるわ」
「約束するわ。
イオスに任せきりでなく、私自身もちゃんと考える」
「信じるわ」
「ありがとう。カノン。
他の皆はどう?
反対意見はある?
なければ詳細を詰めていきたいのだけど」
「反対意見というか、先に着地点を決めて下さい。
全てはそれ次第です。
アルカの考え次第では認められません」
やっぱり聞いちゃう?
どうしようかなぁ。
私の考えてるやつ、許してもらえないだろうなぁ。
折角許してくれたカノンも反対するだろうなぁ。
いや、今更考えてもしかたないか。
全部正直に打ち明けよう。
どの道それしか選択肢はないんだし。
「目的は二つ。
家族全員の回収。
ムスペル王家の緊張状態解消」
「……良いでしょう。
実質的に支配下におくような事態だけは避けて下さい」
「いいえ。それは出来ないわ。
一度支配する必要があるの。
その上で全て手放すという意味よ」
「やけに具体的ですね?
既にプランがあるのですか?」
お~。
ノアちゃんがここで頭ごなしに否定しないとは。
正直驚いたわ。ノアちゃんも日々成長しているのね。
「リハーサルをしましょう。
セレネ達の国取りを真似させてもらうわ。
今回は私が侵略者よ」
「ダメです。認めません」
まあ、そうだよね。
こればかりは仕方ない。
その答えは予想していた。
「私もよ、アルカ。
あなたが侵略者役をするなんて、認めるわけないでしょ」
やっぱりカノンもか。
さてさて。これで振り出しね。
どうやって説得していこうかしら。
「もちろん私の名前で動くわけじゃないわ。
偽名を名乗るし、姿も変える」
「そういう問題ではありません」
「なら何が問題なのかしら?」
「気付く者がいるはずです。
必ずどこかに隙は生まれるのです。
それはアルカだって既に知っているはずでしょう?」
ギルドの諜報能力は確かに脅威だ。
ムスペルにだってスパイはいるのだろう。
なんなら、国の中枢にだっているのかもしれない。
そもそもツムギの降嫁先が私なのもバレているのだ。
王様があんな派手に式典まで開いて喧伝してしまった。
あれはこういう事態に備えてでもあったのかもしれない。
私がもし牙を向けてきても、世界を味方につける、もしくは世界への警鐘とするつもりだったのかもしれない。
その策は、こうして実際に絶大な効果を発揮した。
私が家族を説得するのが難しくなるという形で。
私にとっては厄介だ。十分過ぎる程に。
人を甘く見てはダメだ。
私なんかがどれだけ力を得ようとも、頭の良い人達に勝てるわけがないのだ。
けど、それでも舐められたままではいられない。
別に仕返しがしたいわけじゃない。
ただ家族に示したいだけだ。
本気になれば、こんな事も出来るのだぞと。
敵はもっと悪辣な存在なのだぞと。
先ずは二人の説得からだ。
当然セレネも反対するだろう。
ニクスだって向こうにつくはずだ。
けれどこれは問題なんかじゃない。
家族の説得も出来ずにやり遂げられるわけがない。
良いだろう。相手になろう。
ふっふっふ!私の真の力を見るがいい!
ノアちゃん達こそ今一度知るべきだ!
私がただの引きこもりでは無いことを!
「そうね。必ず私の関与には気付かれるでしょうね。
けれど安心して。それなら話は簡単よ。先ずはギルドを落としましょう。この世界で唯一情報を拡散する力を持った集団を支配下に置きましょう。これで懸念は無くなるわ」
「ダメです!
それをアルカがやってはいけません!
世界の敵にでもなるつもりですか!」
「ノアちゃんがやっても同じ事よ。
どうせギルド長さんと企んでるんでしょ?
言っておくけど、それだって隠しきれはしないんだよ?
私が気付いたくらいだもん。
ノアちゃんがどんなに変装したって、誰かが気付くよ。
ノアちゃんが気付かれれば、必ず私に行き着くの。
ノアちゃんは私の相棒よ。
その情報は既に知れ渡っているわ。
今更私達がコソコソし続けるなんて不可能なのよ」
「それは!」
ノアちゃんが言葉を詰まらせた所にカノンが続いた。
「だからアルカに大人しくしてもらっているのよ。
例え気が付かれようとも、本人が出てこない限り誰も何も出来はしないの」
「それってノアちゃんが代わりになるって事でしょ?
私の存在を世界から忘れさせて、代わりに矢面に立ち続けるノアちゃんこそが代行者、あるいは後継者なのだと喧伝するつもりなのでしょう?
既にその作戦は破綻しているわ。
私がムスペルで動いてしまったもの」
「まだ間に合うわ。今からでも大人しくしていれば。
ギルドの掌握なんて、そう簡単に出来る事じゃないんだから」
「いいえ。ダメよ、カノン。
あなた達がそうであるように、私だって認めるわけにはいかないの。ノアちゃんが世界の敵になりかねないような作戦なんてね」
「だからこそじゃない。
アルカは大人しくしていて。
私達を信じて。必ず上手くやってみせるから」
「ダメよ。
もちろん信じてはいるのよ。
けれど、心配なの。不安なの。
あなた達と同じ。私にとってはノアちゃんではなく私が前に出る事こそ最善手なの。
この気持ち、あなた達ならわかるでしょ?」
「それは……」
カノンの次はセレネが続いた。
ここまで沈黙を保っていたのは何故だろう。
セレネにしては珍しい行動だ。
「根本的に間違っているわ、アルカ。
私達はただ努力を続けているの。
例え不可能でも、それを放棄する事は許されないわ」
「ええ。そうね。
その気持は大切よね。
私もそう思ったから大人しくしていたの。
いえ、ごめんなさい。
結果的に大人しく出来てはいなかったんだけども。
とにかく、軟禁を受け入れたのはそう思ったから。
けれど、もうそうも言っていられないでしょ?
敵は世界の外から来たんだもの。
世界の中で足を引っ張り合っている場合じゃないの。
纏まるのに力が必要ならば、私はそれを振るいましょう。
私が旗印にでもなんでもなりましょう。
もちろん努力を怠るつもりはないわ。
意味がないとわかっていて変装をするのもそのため。
気付く人が一人でも減るように。
気付く時期が少しでも遅れるように。
小さな努力を積み重ね続けましょう」
「その努力をひっくり返すような行いだって言ってんのよ。
力で支配した相手なんて何の助けにもなりはしないわ。
偽神への対抗手段みたいに言っているけど、そんなものいくら積み重ねたって意味が無いの。
そんな事、言われるまでもなくわかってるはずでしょ?」
「意味はあるわ。
私達の心構えをするために役立つわ。
私は覚悟を決めるために。
皆は正しく脅威を把握するために。
そのための糧となってもらいましょう。
代わりに私達が世界を守りましょう」
「……論外ね。
話にならないわ。
まるで神にでもなったつもりみたい。
その考えが歪んでいるって自覚がないわけ?」
「もちろんやりたくてやるわけじゃないわ。
あくまで必要に駆られてよ」
「アルカ。これは認められません。
私達を大切に想ってくれるのは嬉しいです。その気持ちを疑うはずもありません。
ですが、私達以外の他の誰かにも、もう少しだけ目を向けて下さい。アルカには足りていないのです。だから多くの者達と敵対してしまうのです。
私も今ようやく理解しました。アルカには味方になってくれる人が大勢いるのに、敵対する人達もまた多く存在しているのはこれが原因なのです。アルカは味方とそれ以外で見方が違いすぎるのです。味方以外を同じ人間として見ていないのです。敵対する者達はそれを感じ取っているのです。
それではダメなのです。偽神となんら代わりありません。偽神は味方が私一人に絞り込まれてしまっただけなのです。
アルカ。どうか思い直して下さい。私の言葉を真剣に聞いて下さい。世界には沢山の人がいるのです。ムスペルだけでも本当に多くの人が存在しているのです。彼らを消耗品のように扱ってはいけません。
もう実験場などと言ってはいけません。自身では冗談めかしているつもりかもしれませんが、アルカは本当にそう思ってしまっているのです。リハーサルなんて言い方は止めて下さい。
もしどうしても止まれないと言うのなら、せめてそこにいる人達を視界に入れて下さい。彼らを見て、アルカの及ぼす影響がどんな結果を齎したのか見届けて下さい。
国を支配するという事がどんな変化を齎すのか、そこに暮らす人々がどんな不安を抱くのか。全て自分の心で感じ取って下さい。
そうすれば、私達とアルカの間にあるすれ違いがなんなのかきっとわかるはずなのです」
ノアちゃん……。
「なるほどね。
道理で何度言い聞かせても聞かないわけだわ。
私達の考えが正確に伝わっていなかったわけね」
「考えというか、想いかしらね。
なんだかこのアルカを見ていたら偽神の存在も納得してしまったわ。本当に紙一重みたいな存在なのね」
「カノン。滅多な事言わないで下さい」
「ごめんなさい。
そうね。口は災いの元だわ」
「えっと……その……皆、ごめんなさい」
「理解せずに謝るのはやめろと何時も言っているでしょ」
「いや、ノアちゃんの言ったことは理解してるんだよ?
ただそう言われたからって実感までは出来ないけど……」
「まあそうでしょうね。
この程度で解決出来るなら、こうはなっていないものね」
「大丈夫です。
私達は何時まででも側にいます。
アルカを真人間にするために頑張ります」
「言っておくけど、ムスペルの件は白紙よ。
今のままじゃ誰も認めないわ。
一度よく考えてから改めて相談してきなさい」
「そんなぁ!?」
「大丈夫ですよ、アルカ。
偽神は既に手を引いているのです。
ツムギ達もすぐにどうこうなりはしません。
焦らず共に、事の成り行きを見守りましょう」
「ノア、悪いけど暫く側についてなさい。
メリア、いえ、アメリに仕事は押し付けてしまいなさい」
ああ……遂に暗黙の了解も終わりなのね……。
今まで気付かないフリしてくれてたのに……。
「ええ。そうします。
チハちゃんズのメンバーにも協力を仰ぎましょう。
アルカ、全員呼び戻して下さい」
「何故!?
何故ノアちゃんがチーム名まで知ってるの!?」
「忘れたのですか?
昨晩全て喋ったじゃないですか」
あの拷問でか!!
全然覚えてない!!
『全部喋ってたわよ。ペラペラと』
『アルカ』
『あれやって』
『つぎハル』
『やって』
『ぜったい』
『やって』
あれ?
ああ、そっか。ハルちゃんにはやらなかったのか。
どうせ喜ぶだけだと思って。
雑に縛って放置して見せつけるだけでも恍惚としてたけど。
まあとにかく、チハちゃんズを正式に家族に加えられるのは素直に嬉しい。
ちょっと今は気持ちがゴチャついてるけど。
ムスペル……どうしよう……。
なんか想定外の方向に議論が進んじゃった……。
結局説得失敗だよねこれ……はぁ……。




