37-11.侵略者
「あいつはもう来ないわ。
とっくに別の領域へ移動しているはずよ。
私との繋がりが途絶えたのがその証拠よ」
ルビィはポツリポツリと話を始めた。
「手口は毎回似たようなものよ。
私達がカオスを誘い出して、あれがカオスを始末して、その領域で好き勝手出来る力を手に入れて、その領域のおかーさんの力を自分と同じステージにまで引き上げてから乗り移るの」
既にいくつもの領域の私が犠牲になっているようだ。
それだけ、多くの似たような世界が存在しているのだろう。
あの黒幕私は、必ずしもここにいるお姉ちゃんに拘っているわけでもないようだ。
同じように、六百年前にお姉ちゃんが現れた時間軸が既にいくつも存在しているのだろう。
最初はたった一つだったのだとしても、それは既に無数に枝分かれしているのだ。
私達が唯一無二というわけではないのだろう。
「私もミーちゃんも何度も片棒を担いできたわ。
今更言い訳なんてするつもりは無いけど、段々と感覚が麻痺していくのよね。
何回も何回も同じような事をしてきたんだもの。
何人も何人も同じ顔の人達と会ってきたんだもの。
別に一人二人不幸になったって今更だよねって。
もうとっくに私の本当の家族はいないんだしって」
私達は今回たまたま目を付けられただけだったのか。
欠片の数も二つどころではなかったようだ。
欠片を失った領域はどうなるのだろう。
この領域の欠片も持ち去られたままなのだろう。
「そういう子達、本当はいっぱいいたの。
私とミーちゃんだけじゃない。
けど皆使い捨てにされちゃった。
縋って付き従っても、最後には雑に切り捨てられるの。
まるで消耗品みたいに。
それが今回、私の番だったの。
別に足止めなんて必要も無いのにね。
どうせ気まぐれよ。
思い出せば呼び戻してしてくれるの。
けどそうでなければ置いてくの。
ついうっかり忘れてたわ。なんて言って」
先程のルビィの懺悔と同じなのだろう。
とっくに感覚が麻痺しているのだろう。
この領域をあっさりと諦めたのもその為なのだろう。
「あれはノア姉の事にしか興味が無いの。
ミユ姉への興味は微妙な所ね。
気にしてないわけでもないけど、利用する事にも慣れすぎてて、失われたらそれまでって感じかも。
まあ、ミーちゃんの事だけは相当長く使ってるみたいだから、やっぱり私達よりは優先度高いみたいね」
お姉ちゃんにも攻撃をしないようにとは言っていたけど、そもそもこの領域自体への興味を失った以上はあまり関係も無いのだろう。
「でもノア姉は絶対に許さないの。
いつの何処の領域だとしても、例え最初は気付けなかったとしても、最後には必ず敵対するの。
ふふ。傑作でしょ♪
一番欲しいノア姉だけは、どうやっても手に入らないんだから♪」
「洗脳とか力尽くで従えたりとかはしなかったの?」
「したわよ。もちろん。
あらゆる手段を試していたわ。
けれどそれでもダメなの。
何か、運命で縛られているみたいに。
どうやってもノア姉だけは気が付いてしまうの。
そして一度気がつけば決して許しはしないわ。
最後まで抗って、或いはあっさり自決して。
必ずあれの手から零れ落ちるの」
なんだろう。
アリアの幸運と似たようなものなのだろうか。
けどそういう経験があったからこそ、今回は正面から堂々と乗り込んできたわけか。
これも私達にとっては幸運だった。
もし私一人の時にこっそりすり替わられていたらと思うと寒気がする話だ。
「さっきから聞いてればノア姉ノア姉って、私の名前が出てこないじゃない」
ニクスを介抱していたセレネが言葉を挟んできた。
どうやらニクスも目覚めたようだ。
あまりに酷い傷に一時はどうなる事かと思ったけど、この部屋の力なのかあっという間にニクスの肉体は修復されていった。
そのままスヤスヤと寝息を立て始めた時には心底安堵したものだ。
「ママはダメよ。
ニクスと同じ。
それにハルも。
真っ先に始末されてしまうわ。
あれにとって、嫌悪の対象だもの」
「セレネと私はわかるけど、なんでハルまで?」
「さあ?
最初の頃にでも噛みつかれたんじゃない?
もしくは融合が癪に障ったとかかも?
あれのせいで一手間増えたって愚痴ってたし」
本当にやりたい放題しているようだ。
具体的に名前を上げられて、その末路を示されてしまうと、今すぐにでも復讐しに行きたくなるものだ。
「ダメよ、おかーさん。
あれの事はもう忘れなさい。
ここは運が良いのよ。
今までも気まぐれで放り出す事はあったけど、ここまで全員無事なのは初めてだと思うわ。
それにあれと会う事なんて二度と出来ないんだから」
「それはこの領域の欠片が失われているから?
私達はこの領域を脱する手段が存在しないってこと?」
「ええそうよ。
ふふ。やっぱりおかーさんは理解が早いわね。
こういう時だけだけど」
「イオス。
欠片が失われた領域はどうなるの?」
「普通なら消滅するわね。
領域は一つの細胞よ。
欠片がなければ栄養も滞るの。
そうなれば中身諸共お終いよ」
「それはどれくらいの期間で?」
「そう長くは無いでしょうね。
当然、人間の寿命程度の話じゃないけれど。
まあでも大丈夫よ。心配は要らないわ。
本来なら領域ごと消滅するのも時間の問題だったけど、幸い私が残っているもの。
それに、あれが私の部屋を出ていってくれたなら、あとは私が戻って復旧作業をすれば済む話よ。
欠片としての機能も領域消滅前には取り戻せるでしょうね」
それなら一安心だ。
イオスを繋ぎ止めたのは、色んな意味でファインプレーだったようだ。
「ルネル。
だそうよ。
取り敢えず諸々解決みたい。
だからそろそろ機嫌を治して」
「……」
アムルに膝枕をされながら、アムルのお腹に額を押し当てて押し黙るルネル。
どうやら相当ショックだったらしい。
ルビィに負けた事も、黒幕私に利用された事も諸々含めて。
目覚めた後も、ああして一切口を開く事は無かった。
「今度は私が師匠になってあげるね♪ルネル♪」
「やめなさい」
何で未来ルビィはこんなに生意気な感じになっちゃったのかしら。
色々あって、心が荒んでいるのかもしれない。
ルビィ自身色々思う所はあるのだろうけど、私はルビィを許そう。
私はルビィのおかーさんなんだから。




