37-9.真の目的
「多分だけど、目的はノアちゃんじゃないかしら」
私達の話を聞き終えたお姉ちゃんは、少し迷いながらもハッキリと答えを示してくれた。
「ノアちゃん?
どうして?」
「向こうの小春もノアちゃんと一緒に暮らしていたそうよ。
ただ、その……ずっと一緒にはいられなかったみたい」
神となった黒幕私がお姉ちゃんを呼び出した時点で、数千という年月が経過していたはずだ。
ノアちゃんがどこかで脱落していたとしても、おかしな話しではないのだろう。
黒幕私は、ニクスと敵対してしまった。
もしかしたら、聖女や勇者ともそうだったのかもしれない。
きっと黒幕私は殆どの家族と出会えなかったはずだ。
黒幕私の世界にはお姉ちゃんがいないのだから、ハルちゃんやフィリアス達も誕生していなかったはずだ。
ニクスから神力を貰えていないなら、リヴィだってただのドラゴンのままだったはずだ。
ミーシャやノルン、へーちゃんだってニクスとの繋がりがあってこそだ。
本当にごく一握りの子達としか縁を結べなかったのではないだろうか。
そんな私がノアちゃんに執着する事は想像に難くない。
それこそ失ってから何万年経ってでも忘れる事は無かっただろう。
異世界から呼び出したお姉ちゃんにもつい漏らしてしまう程に愛執を抱き続けていたのだろう。
「ごめん。少し話は変わるけどもう一つ確認させて。
この質問は前にも聞いてて、答えにも納得はしてるんだけど、皆にも知ってもらう必要があると思うの。
お姉ちゃんは何故、黒幕私の下を離れてこっちに来てくれたの?」
「私の助けたかった小春はあの子ではなかったから」
既に神として数千年を生きた私は、お姉ちゃんのよく知る私とはかけ離れていたのだろう。
「私は誤解していたの。
あの子はもう、私が探していた小春ではなかった。
とっくに手の届かない所に行ってしまっていたの」
後悔を滲ませながら言葉を続けるお姉ちゃん。
私はお姉ちゃんの手を握りしめた。
「あの子自身も、過去の自分を助けてくれと言ったわ。
私はその言葉に二つ返事で乗っかった。
それだけがあの子の心を救う事に繋がるのだと信じたわ」
黒幕の真意が見えてきた気がする。
今更お姉ちゃんを送り込んだってどうにもならないと知りながら、それでもやり直したかったのだ。
当時既に混沌ちゃんの力も奪い取っていたはずだ。
ならその為の道筋も見つけ出していたのだろう。
お姉ちゃんは利用されたのだ。
黒幕私が理想の世界を産み出す為の第一歩として。
「けれど全て間違いだったのね。
私があの子の側を離れなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない。
もっと話をすればよかったの。
あの子の真意に気がつくべきだったの。
本当にごめんなさい。
皆にも沢山迷惑をかけてしまったわ」
お姉ちゃんも私と同じ考えに思い至ったようだ。
「そしてこれから、もっとあの子が迷惑をかけるはずよ。
けど私は皆と一緒に立ち向かうわ。
あの子の野望はなんとしても阻止してみせる」
黒幕私が取り戻したいのはノアちゃんだけじゃない。
きっとこのお姉ちゃんの事もそうだ。
全て取り戻すつもりなのだ。
私を神化させなかった理由も、今になって力を求めさせる理由も全部そこにあるのだ。
「ふふ。やぁねぇ。
私のお姉ちゃん泣かしたらダメじゃない」
「!?」
ニクスの部屋の扉を開けて、堂々と一人の女性と二人の少女達が入ってきた。
少女の一人はウサ耳が生えている。
真っ黒な髪に、真っ赤な瞳だ。
つい数時間前まで一緒にゲームに参加していたルビィの成長した姿とそっくりだ。
もう一人の少女はミーちゃんそっくりだ。
この子が偽お姉ちゃんの正体であり、未来のミーちゃんなのだろう。
ナノマシン製の肉体は、未来でも形を変えていないようだ。
「おかーさん!早くやろうよ!
私すっごく楽しみにしてたんだから!」
ルビィは無邪気に女性の手を揺すっている。
その女性が自分の母と信じて疑っていない。
「小春。
お願いだからもう止めましょう。
私はあなたの側にいるから。
決して恨んだりなんてしないから」
未来ミーちゃんは対象的に、女性の手を握って引き留めようとしている。
今からこの女性が為す暴挙を知っていて、いや、既にこの女性が為した事を知っていて、それでも小春として寄り添おうとしている。
これは少し予想外だ。
未来ミーちゃんも協力的なのかと思っていた。
何か洗脳のような事でもされているのかと思っていた。
「未来のノアちゃんにはフラレたわけね。
それで今度はこっちの私に成り代わりに来たの?」
「ええ。そうよ。
流石私ね。ノアちゃんの気高さをよくわかってる。
それにちっぽけで弱々しい私だけど、よく気付いて……何よ、その体?いくら何でも弱すぎるわ。
これはどういう事かしら?」
あれ?
わざわざ姿まで現したのに戸惑ってる?
「って!あんたまさか!そういう事!?
この状況でカオスに力渡しちゃったの!?
ばっかじゃないの!?
敵がいるってわかってんのになんでそんな事すんのよ!?
これじゃあ使い物にならないじゃない!!
カオスの欠片の搾りカスも折角忍ばせたのに!
それはあんたに取り込ませる用よ!
何勘違いしてんのよ!!」
うん?どゆこと?そゆこと?
というか、全部わかってますって感じで入ってきたのに、気付いてなかったの?
「もう!頭きた!!
ルビィ!好きにやりなさい!
ノアちゃんとお姉ちゃんだけは傷付けてはだめよ!」
「がってん!」
「待って!こんな狭い場所で!」
「うるさい!お前は喋るな!!」
「ニクス!!」
静止しようとしたニクスが吹き飛んだ。
何も見えなかった!
あの女、いえ、黒幕私はいったい何をしたの!?
「もう!おかーさん!
私がやるって約束でしょ!」
言いながらルネルに殴りかかるルビィ。
狭い部屋で所狭しと暴れ回るルビィにルネルが防戦一方だ。
ルネルは私達を庇っているのだろう。
ただそれにしたって、手こずり過ぎている。
このルビィ、とんでもなく強い。
きっと、あの全員合体ルビィより遥かに。
まさかフィリアス達まで!?
「はぁ……。
またやり直しよ。
帰るわよ、お姉ちゃん」
ルビィが暴れている間に、黒幕私は入ってきたばかりの扉を通って消えていった。
未来ミーちゃんは慌ててお姉ちゃんに付いて行った。
「ルビィ!おかーさん行っちゃったわよ!?」
「な~に!おかぁーさん!」
じゃれるように殴りかかってきたルビィ。
今度はこっちの私まで母と呼び出した。
「お主の相手はこのわしじゃ!」
すかさずルビィの襟首を捕まえて引き寄せるルネル。
ルビィがいくら強くとも、ルネル相手に背を見せるのは迂闊過ぎたわね。
そう安堵しかけた私は、直後の流れに目を疑った。
ルネルがルビィを抑え込もうとした瞬間、勢いよく地を蹴ったルビィがルネルごと天井まで飛び上がり、二人まとめて天井にぶつかった。
そのまま落下してきたルネルは空中でルビィに掴まれ、もろに顔面から床に叩きつけられた。
「「「「「ルネル!!」」」」」
「へっへ~ん!
ルネルが今更私に勝てるわっけなっいじゃ~ん♪
しかもこっちのなんかヨワヨワだっしぃ~♪」
ルビィはヘラヘラと笑いながら、再び私達を見据えて拳を構えた。




