36-54.歪んだ成長
「レヴィ、セフィ姉、調子はいかが?」
「なんだろ……とっても不思議……」
『うん。不思議。
なんだろうこれ。
温めのお風呂に浸かってるみたいな感じ?』
まあ、私も同化する側の気持ちは知らんのだけど。
今度ハルちゃんに感覚を共有してもらうとしよう。
「アルカ、羨ましいわ。
私も今度アルカに同化させなさい」
「セレネなら言うと思ったわ。
セレネが吸血鬼になった時に試してみましょう」
本来なら高い技術を要する筈の同化も、この世界でならスキルを使って簡単に使う事が出来る。
気軽に色々試してみるにはうってつけなのだ。
これでレヴィもフィリアスに興味を持ってくれるかもしれない。
「どう?
ルビィは戦えそう?」
「うん!だいじょぶ!」
まあそうよね。
お姫様のくせに一人で森にも出入りしてたし。
その際、魔物達も結構倒していた。
ダイスも使わずに、森で迷う事もなく気軽にお散歩出来るのは、何気に凄い才能ではなかろうか。
「セレネはどう?
今は聖女の力も無いし、何時もと勝手が違うでしょ?」
現実世界のセレネは結界と治癒に特化して技術を伸ばしていたからね。
何でも手を出すノアちゃんとかと比べると、応用力には難があるはずだ。
「まあどうとでもなるわよ。
神力まで使えないわけじゃないんだし」
手の平の上でプチ結界を出現させて、様々な形に変化させるセレネ。
ほんと器用なものね。
一点集中型ではあるけれど、セレネだって鍛錬は欠かしていないはずだ。
不慣れな肉体性能でも、本当に問題が無いのかもしれない。
「さっすが私のセレネ♪」
「この程度、造作もないわ」
得意気になったセレネは、私の体に纏わせて一切の身動きを封じる結界を構築した。
「強度は大した事ないわね」
あっさり砕け散る結界。
「出力の差が有り過ぎるわ。
向こうと同じ調子で使うには無理があるわね」
「ルビィの力が増せば解決するはずよ」
セレネ自身もまだレベル一だし、レベル上げでも多少はマシになるはずだ。
「ルビィにそんな事させるわけないでしょ。
アルカみたいにハーレム作るなんて言い出したらどうするのよ」
「よく言うわ。
自分も作ってたくせに」
「……私達の娘だものね。
言い出す可能性は高そうだわ」
セレネは頭痛が痛いみたいな表情で呟いた。
「ダメよ、そんなの。
ルビィは私のハーレムに入れるんだから」
「あと十年は我慢なさい」
「この世界での経験で一気に縮まるかもね」
「許さないわよ。そんな事」
「精神は肉体に引っ張られるって言うじゃない。
今も驚くほど成長しているみたいだし」
十五歳にしては言葉使いが幼いけど、知らない人が今のルビィを見ても、中身四歳児とは思うまい。
「このゲーム、禁止しようかしら」
「一日一時間だけ許してあげましょう」
「ダメに決まってるでしょ」
実質、毎日一週間だものね。
しかもその間、四歳児としてではなくより成長した状態で過ごす事になるのだ。
一年も経たずに成熟してしまうことだろう。
幼年組には少しばかり影響が大きすぎるようだ。
このゲームの取り扱いには気をつけよう。
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「魔神……またとんでもない化け物用意したのね」
私達の頭上、空に開いた大穴に、多頭のヘビのような化け物が蠢いている。
穴のサイズは魔神戦のフィールドとなる廃都市丸々一つと同じくらいありそうだ。
穴にガラスの蓋でもあるのか、化け物本体が落ちてくる事はない。
代わりに、時折隕石のようなものを降らせてくるのだ。
あの隕石は魔神の眷属で、卵の役割を果たしている。
地表に降り立つと、中から建物程もある大きなヘビが這い出てくる。
既にこの廃都市のどこかにお姉ちゃんがいるはずだ。
私達も眷属狩りを始めるとしよう。
このメンバーなら、眷属狩りでのレベル上げも可能だろう。
少し強引だけど、要はパワーレベリングってやつだ。
私とルビィとセフィ姉入りレヴィで狩りをして、クルルにセレネとラピスの護衛を任せよう。
「先ずは一匹。
あれと戦ってみましょう。
無理そうなら編成を考え直すか、他でレベル上げをしてから再挑戦しましょう」
「うん!」
ルビィは真っ先に元気な返事をくれた。
私の横に並び立ち、既にやる気満々だ。
「本当に私が行くの?
ママが自分で戦った方が良いんじゃないの?」
レヴィは怖がっている。
私もそう思う。
『大丈夫!大丈夫!
レヴィは私に体を預けてくれれば良いから!』
何故かセフィ姉はこのまま行きたいようだ。
同化を教えたのは失敗だっただろうか。
まあでも、こっちの方がレヴィのレベルも速く上げられるだろうし、都合が良いのは事実なんだけども。
「きた!」
ルビィは言うなり駆け出していった。
こちらに気付いた大蛇が、臆する事無く向かってくるルビィに最大限の警戒心を向けている。
私は隙をつくように大蛇の後ろに回り込み、ルビィの攻撃に合わせて大蛇の動きを妨害する。
「はっ!」
ルビィの拳が大蛇の眼球を貫いた。
「キッシャァァァァアアアア!!!」
大蛇は激痛に叫び声を上げるも、私に動きを止められて反撃する事すら叶わない。
そのまま眼球の中に爆裂魔法を放つルビィ。
大蛇の頭は衝撃で揺さぶられ、そのまま腕を抜いて頭を蹴ったルビィとは反対方向に倒れ込んだ。
この四歳児容赦ない……。
というか、戦い方がバイオレンス過ぎるわ……。
このゲーム、表現規制とかないのか。
後でシーちゃんに相談しなきゃ。
「ルビィ!
無茶しすぎよ!!」
慌ててルビィに駆け寄り、治癒をかけるセレネ。
そもそもルビィには傷一つついていない。
実際、ライフの数値は一切減っていないのだ。
あの至近距離で爆裂魔法放っておいて自傷ダメージ無しとは恐れ入る。
神力を纏っていたのは見えたけど、使徒になって始めて神力を手に入れたのに、どうしてそこまで使いこなせてるの?
現実世界では特別な力も訓練の経験も無い、兎獣人の幼女に過ぎないのよ?
いやそもそも、今の爆裂魔法ってスキルとかじゃなくて自前の魔術だったわよ?
ルビィ、実は前世持ちだったの?
「あはは!たっのしー!!」
そして今は何故か笑い転げている。
そんなルビィを見て、私にもようやく不安が湧いてきた。
同じように、セレネも心底困惑している。
あんな戦い方をして、どうしてそんな風に笑っていられるのだろうと。
「本当にルビィなの?」そう言うように、セレネが恐る恐る手を伸ばす。
途中で別人と入れ替わったと言われた方が、まだ納得出来るだろう。
けれど、あれは間違いなくルビィだ。
少なくとも、心の中はルビィのまんまだ。
無邪気に遊びを楽しんでいるだけだ。
そもそも、今のが残虐だという発想自体が無いのだろう。
ゲームをゲームとして正しく理解して遊んでいるだけだ。
賢いのに、心の成長が足りていないのだ。
当然だ。あの娘はまだ四歳だもの。
それも、親からまともに教育された事なんて無かった子だ。
高い知性を備えていたからって、どうにもならない事だってある。
こんな場所に軽い気持ちで連れてきたのは間違いだったのかもしれない。
「ルビィ!」
あんまりにもあんまりな光景に唖然と立ち尽くしていたレヴィが、遅れて正気に戻ったようだ。
ルビィに駆け寄って抱きしめた。
「レヴィ?
ないてる?
なんで?
けがした?
だいじょぶ?」
自分に泣きながら縋り付くレヴィを見て、ルビィはようやく皆の様子がおかしいと気が付いたようだ。
「ママ?
どしたの?
ママもどっか、けが?」
「いいえ。そうじゃないのよ。ルビィ。
少し驚いてしまっただけよ。
ルビィが無茶して怪我したらどうしようって怖かったの」
セレネはハッキリとは告げなかった。
あんな戦い方は止めなさいとは言わなかった。
遠回しに、近づいて戦う事を止めるようにと言い聞かせる事にしたようだ。
「そっか……ごめなさい」
素直に反省するルビィ。
今も心の中に一切の邪気はない。
そんな様子に皆が少し安堵した。
「次は離れて魔法を放つだけになさい。
ルビィは一人で戦うわけじゃないんだから。
あんまり前に出すぎてしまったら、レヴィも攻撃し辛いでしょ?」
「うん。わかった」
中々泣き止まないレヴィを撫でながら、暫くルビィとセレネは話を続けた。




