36-43.対応方針
「ごめんね、シーちゃん。
私も思い至らなかったわ。
アリアの過去も、エルヴィの状況も把握していたのに」
「いえ。私が思い違いをしていたのです。
申し訳ございません。マスター」
「とにかく類推出来る問題点を洗い出しましょう。
ぱっと思いつくのは、ヘスティとドワーフの国よね。
今回ヘスティは参加していないから保留するとして、他に緊急で対応すべき部分はあるかしら。
誰か故人に似せたNPCがいないも確認が必要ね」
「イエス、マスター」
「後は……」
記憶の取り扱いにはもう少し慎重になるべきだった。
うちは過去に様々な問題を抱えてきた子達ばかりだ。
ノアちゃんだって、黒猫族の里を見たら良い気はしないだろう。
ドラゴン件だってそうだ。
私はあの時ノアちゃんがどれだけ悲しんだのか見ていた。
リヴィの卵を拾った時の事を突付き回せば、リヴィに対して再びわだかまりを抱いてしまうかもしれない。
セフィ姉だって少し前ならエルフの国には複雑な気持ちを抱いたはずだ。
ニクスやお姉ちゃん、それにルネルだってどこに地雷が埋まっているかはわからない。
全部面白がって掘り起こして良いものではないのだ。
そんな事、わかりきっていたはずだったのに。
とにかく、皆の記憶を模倣するのは程々にしておこう。
良い思い出なら問題ないかもだけど、どれがそうかなんてわからないんだから、一律でぼかしてしまうべきだ。
ある程度参考にはするけど、あくまでオリジナルの何かに差し替えるべきなのだろう。
一度皆にも個別に話を聞いてみよう。
聞き方には気を付けなきゃだけど、私達だけでは想定しきれないだろう。
「大丈夫よ。シーちゃん。
アリアももう怒ってないわ」
「はい……」
「シーちゃんは良かれと思ってやったのよね。
アリアの楽しかった記憶を再現しようとしたのよね」
「……」
「私だって不意にお母さんとお父さんに会ったら同じような気持ちになったんだと思う。
会えたことは嬉しくて、でもこれは偽物に過ぎないんだって気が付いて、悲しくなって。
どうしてこんな事するんだって怒っちゃうと思う。
お母さん達と過ごしていた時間は大切なものだけど、もう一度会いたいわけじゃないの。
会いたいけど会いたくない。
それは怖いから。
また失うのが怖いから。
私にまたそんな気持ちになれって言うのかって怒っちゃうんだと思う。
ごめんね、シーちゃん。
言葉だけじゃ分かりづらいよね。
私の記憶で良ければいくらでも参考にしてね。
必要なら実験にも付き合うから。
その為なら偽物の両親にだって会うよ。
私の反応を見て、どんな感情が湧くのか観察してみてね。
安心して。
私だって、絶対にシーちゃんを嫌ったりしないから。
シーちゃんもそう信じてくれているでしょ?」
「……はい。マスター」
私は俯いてしまったシーちゃんの頭を撫でながら考え続けた。
確かに今回私達は失敗してしまったけど、これは良い機会なのではないだろうか。
仮想世界とはいえ、シーちゃんやフィリアス達が人間の心を学ぶには最適な場なのかもしれない。
当然、フィリアス達だけを放り込んでは情報が足りないだろうから、他の家族の皆にも協力してもらう事になる。
私達の反応を見ながら自らも一緒に経験する事で、未だ人生経験の浅い子達の学びの場になれば好都合だ。
先ずは周知を徹底しよう。
そして協力を仰ごう。
無理をさせない範囲で、様々な感情を見せてもらおう。
皆ならきっと協力してくれるはずだ。
嫌なものは嫌だと言ってくれるはずだ。
それらを元に、このゲーム世界も作り変えていこう。
『参加者の皆さん。大切なお知らせです』
私は事のあらましを簡単に、そして少しぼかしながら説明した。
アリアの事とは明言せず、過去のトラウマを刺激するような場面が存在する事を伝えた。
基本的には該当地域へ無闇に近づかないようにしてもらう事と、何かを察したらすぐに私達に伝えてほしいとお願いした。
最後にそれらの感情の機微は、シーちゃんを始めとした人生経験の少ない子供達の糧にさせてもらいたいとお願いした。
皆からの反応は大半が良好なものだった。
仕方ないなと笑う娘達。
今更気づいたのかと呆れる娘達。
一部、意味がよくわかっていない娘達も存在した。
この娘達には個別に説明をするとしよう。
とは言え、そう気にする程でもないのだろう。
まだ似たような思いを経験したことがない証拠でもあるのだから。
一先ずこの件はここまでだ。
今はどの道あまり大掛かりな改修は出来ない。
改修でゲームが破綻してしまうかもしれないし、何よりゲーム内にいる皆に影響が出ても困る。
続きは全員がこの世界を出てからにするとしよう。
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「きゅぅ?」
「うん。大丈夫。ルイザ」
「きゅ~」
「本当よ?
心配は要らないわ。
けどエルお姉ちゃんには悪いことしちゃったわね。
まったく。アルカったら。
あれじゃあ私の事だってバレバレじゃない。
やっぱり後で文句言ってやらなきゃだわ。ふふ」
「きゅい?」
「何で笑ってるかって?
何でかしらね~。私もよくわかんない。
だって心当たりがいっぱいあるんだもん。
あの孤児院に残るって言ってくれたエルお姉ちゃんの優しさが嬉しかったからかな?
それとも、本当は無関係なアルカに責任転嫁してる私が一番悪いのにって呆れちゃったから?
それでも文句も言わずに真剣に向き合ってくれているアルカの態度が嬉しかったからかも?
何時も意地悪なシイナが私の事で悩んでくれているのが嬉しかったから?
そんな自分の意地の悪さに気が付いたから?
そうやって呆れちゃったのか、嬉しいのかもわかんない。
わかんないけど、なんか笑えてきたの」
「きゅぅぅ……」
「でも大丈夫。
別に落ち込んでるわけじゃないから。
私は皆が大好きだから。
エルお姉ちゃんも、アルカも、シイナも、孤児院の皆も。
だから本当は、悲しむ事なんてなんにも無いんだぁ」
「きゅるぅ?」
「空元気なんかじゃないよ。
だって私の側にはルイザがいるんだよ?
大好きなお友達が居てくれるのに、落ち込んでいたら勿体無いじゃない♪」
「きゅうう!」
「ふふ。
ありがとう、ルイザ。
さあ!次の町へ行きましょう!
途中にはボス戦もあるからね!
気合い入れて頑張りましょう!」
「きゅっ!!」




