36-36.チュートリアル
今回もルイザ視点のお話です。
驚きました。
どうやら私はドラゴンになってしまったようです。
あの帽子、実は魔道具だったそうです。
私達全員に共通の夢を見せる機能があるとの事でした。
それならば納得です。
夢でなければありえません。
ドラゴンになってしまうだなんて。
夢から覚めれば元の自分に戻れると聞いて一安心です。
そしてどうやらここは森の中のようです。
近くに湖があって助かりました。
湖に映った自分の姿を見た時は驚きましたが、現状を正しく認識する事は大切です。
「それでね、先ずはダイスを振るの。
私は今回、ルイザと一緒に行動するわ。
試しにルイザが振ってみて」
アリア様がそうおっしゃると、眼の前に大きなダイスが何処からともなく現れました。
不思議です。
ダイスと同時に、足元に光の線も出現しました。
これはマス目になっているそうで、出目の数だけこのマスのを進めば良いようです。
私が「えいや!」と前足を使ってどうにかダイスを放り投げると、少し転がった後に六の目を上にして止まりました。
「凄いわ!早速じゃない!
ルイザは運が良いのね!」
アリア様は嬉しそうに私を抱えて歩き出します。
どうやらマスはかなり大きいようです。
六マス進むのには、それなりに時間がかかりそうです。
シイナ様はいつの間にか居なくなってしまいました。
アリア様を私の下へ案内する事だけが目的だったようです。
後でお会いできたらお礼が出来ると良いのですが。
アリア様は歩きながら、この夢について教えて下さいました。
「一日目は言わばチュートリアルよ。
誕生……というか、大体は子供時代に前世の記憶が目覚めたって設定で始まるの。
私は特別に成長を早めてもらったけど、他の娘達はもっと幼い姿をとっているはずよ。
中でもドラゴンは卵からだから、他の種族より大変なの」
驚きです。
これが転生というものでしょうか。
最近巷で話題の娯楽小説にそのような設定が登場すると聞いたことがあります。
まさか自分が経験する事になるとは。
帰ったらそちらの小説も読んでみる事と致しましょう。
「他にも例外はあるけどね。
人魚は成長が速いし、発生場所が特殊だから、大人っぽい姿で始まるわ。
吸血鬼は逆に肉体の成長自体がないの。
後は、ドワーフやエルフは成長速度がゆっくりよ。
とは言え、現実世界よりはずっと速いけどね。
何せこの世界にいられるのは一週間だけなんだもの」
一週間が過ぎた時点で、げーむは終了。
その時点でより大きな事を成し遂げた方が勝利となるようです。
なんだか漠然としていますが、その辺りの採点は自動的に行われるので問題ないとの事でした。
不思議です。
「最初はどんな風に成長できるかで採点されるわ。
って、いけいないけない。これはネタバレってやつよね。
これ以上は止めておくわ。
ルイザが素直に楽しめなくなってしまうものね」
「きゅ?」
出来ればもう少し状況を教えて頂きたいところです。
ですが、今の私にそれを伝える方法はありません。
地面に文字でも書ければと思ったのですが、今の私の手はそれ程器用なわけでもないようです。
これはもしかしたら、成長が足りないせいかもしれません。
単にこの体に慣れていないだけかもしれませんが。
とにかく先ずは言葉を喋れるようになりましょう。
アリア様は人化が必要と仰っていました。
どうやら方法に当てがあるご様子ですし、アリア様にお任せすると致しましょう。
「先ずは森の脱出を目指しましょう。
それまでにレベル上げも忘れずにね!
この森の出口には、ボスが待ち構えてるから!
でも安心して!本来なら一人で倒せる相手だから!
二人がかりなら楽勝よ!」
何だか少しワクワクしてきました。
今の私はドラゴンです。
きっと大いに強くなれる事でしょう。
これは得難い経験のはずです。
それにしても、やはりアルカ様はとんでもないお方です。
まさかこのような魔道具まで産み出してしまわれるとは。
厳密にはアルカ様ご自身でという事でも無いようですが、開発者と紹介されたシイナ様はアルカ様を主と仰いでおられます。
シイナ様のような優秀な方までもが心酔するアルカ様は、相応に偉大なお方なのでしょう。
それに、以前はアルカ様を嫌っていたお父様も、たった一度お会いしただけで掌を返してしまわれました。
むしろ積極的に近づくようにと仰せつかった程です。
おそらくお父様は、私をアルカ様の下へ潜り込ませたいのでしょう。
私としては願ってもない事ですが、お父様が何か失礼を働くつもりではないかと気が気ではありません。
何れは私に情報を集めさせたり、何かを仕込ませたりと、具体的な命令をも下してくる事でしょう。
何としてもそのような命令は突っぱねねば成りません。
果たして私にそれが出来るのでしょうか。
これまでお父様の命に逆らおうなどとした事はありませんでした。
アリア様とアルカ様の事でさえなければ、この先もそれが変わる事は無かったのでしょう。
個人的な感情と、ストラトス侯爵家の娘としての立場は、本来であれば秤にかけられるものですらないのです。
そもそもお父様のやり方が間違っているとも思えません。
祖国とアルカ様、それぞれに対して真剣に向き合っているからこそ、アルカ様の存在を無視するわけにはいかぬのです。
お父様は、自分の得意な方法でアルカ様と接触したいのでしょう。
当然です。
アルカ様の土俵で争う事は不可能なのですから。
アリア様ですらあのような大規模魔術を行使出来るのです。
おそらく、アリア様と同等かそれ以上の戦力が五十人近くは存在するはずです。
ルビィちゃんやレヴィちゃんのように戦闘技術を持たぬ娘達もいらっしゃるようですが、全体から見たらごく少数なのでしょう。
何せあのリヴィちゃんの正体はドラゴンなのだと言うのです。
ドラゴンに人の姿を取らせて家族に迎え入れるなど、どれだけの力を持てば叶うと言うのでしょう。
万が一、リオシア王国とアルカ様との間で争いになれば、我々の王国はなすすべなく敗れ去る事でしょう。
未だ落ち着いて話をする機会は得られていませんが、この滞在期間中に、どうにかお言葉を交わす機会を頂きたいものです。
お父様が失礼を働く前に、私が友好的な関係を築いていかねばなりません。
万が一の時に、アルカ様とリオシアの間に入れる存在が必要です。
そう。きっとこれこそが私の使命なのでしょう。
我が生涯をかけるに値する、最重要任務なのです。
決して個人的な恋慕で近づくわけではないのです。決して。




