36-29.久しぶり
レーネは予想に反してあっさりと信じてくれた。
すっかり忘れてたけど、レーネも私の思考を覗けるのだ。
普段はハルちゃんがブロックしてるだけで。
よく考えると、元人魚であるレーネと元ドラゴンのリヴィは、存在自体がフィリアスの親戚みたいなものなのだ。
何れは自在に同化だって出来るのかもしれない。
流石に当人達の技術力不足でまだまだ先の話にはなるけども。
レーネと話が付いた後、レーネのご両親と軽く挨拶と世間話をしてから、私、レーネ、セーレの三人は町へと繰り出した。
『あーか!』
相変わらず私の首に巻き付いたままのセーレ。
今はマントのように、首の後ろあたりで漂っている。
そんなセーレが、頭上の何かを指し示した。
『あれ~?
なんだろ~ね~』
人魚の町は別に天井とかがあるわけでもないので、海を泳ぐ生き物達が常に頭上を彷徨っているのだ。
そんなここでは珍しくも無い光景でも、幼いセーレにとっては興味の対象だ。
きっと目を離したら、フラフラと町の外に彷徨い出てしまう事だろう。
レーネお姉ちゃんと同じように、何処かで行倒れるのも時間の問題だ。
『アルカ様!』
おっといけない。
今は思考解放中だった。
先程の件を許してもらえた代わりに、今日一日、レーネとのパスは開通する事になったのだ。
念の為見張る必要があるとの事だったけど、単に私と繋がっていたいだけだろう。
レーネは可愛いなぁ。
『もう!アルカ様ぁ!!』
照れてポカポカし始めたレーネ。
この町の人魚さん達が、そんなレーネの様子を微笑ましそうに眺めている。
『!?』
真っ赤になって手を止めたレーネ。
そのまま勢いよく泳ぎ始めた。
私はセーレがしっかり掴まっている事を確認してから、レーネの後に続いた。
レーネはそのまま町を出て、アーチ状になった岩の下まで泳ぎ続けた。
ここはいつかノアちゃんと遊びに来た時に連れてきてもらった場所だ。
確か、レーネがお気に入りのお昼寝スポットとして紹介してくれたのだ。
何だかすっごく懐かしい。
あれからもう、丸二年近く経つはずだ。
これはニクス世界での時間の話なので、私的にはその倍以上だ。
『覚えていて下さったのですね』
すこし頬を赤らめたレーネが私の手を握りしめた。
良かった。機嫌が治ったみたい。
『もう!すぐそういう事!』
『やっぱりパス閉じない?』
レーネはパスの扱いに慣れていない。
何でもかんでも覗いてしまうと、会話を楽しむのは難しい。
ハルちゃん達はその辺の調整が上手なのだ。
折角デートみたいな感じになってきたんだし、ちゃんと会話も楽しみたい。
パスは良いものだけど、そればかりでもないのだ。
時には胸に秘めるべき言葉もあるのだから。
『ダメです。
上手に出来ないのであれば、練習すれば良いのです』
相変わらず頬を赤らめながら、今度は私の腕を抱きしめるレーネ。
どうやら気分が盛り上がってきたようだ。
セーレの存在、忘れてない?
『……もう!』
レーネは私の手の甲を抓ってから、私の手を離して距離を取った。
『ねーね?』
そんなレーネの様子に、不思議そうに首をかしげるセーレ。
『何でもありません。
折角ですからアルカ様はその子と遊んであげて下さい。
ここでなら多少燥いでも迷惑にはならないはずです。
とは言え、あまり離れすぎてはいけませんよ。
この岩の見える範囲にいて下さいませ』
『がってん』
『がーてー!』
レーネはどうするのかしら。
少し火照った頭でも冷やすのかな?
『ち・が・い・ま・す・ぅ!!』
ごめん……。
『代わりにハルを貸してくださいませ。
少々相談したい事がありますので』
今?
家に帰ってからじゃダメなの?
私、レーネとも遊びたいなぁ?
『やめてくださいませ!
私はアルカ様も言った通り慣れていないのです!
直接感情をぶつけられては押し流されてしまいます!』
どうやらパスの危険性を理解してくれたようだ。
ニクスで散々練習した私の制御技術はそれなりに高いのだ。
多分ハルちゃんの方が更に上だろうけど。
『修行しとくね!』
えっと、うん。お願いね、ハルカ。
でも今更何の役に立つかはわからないから、程々で。
『がってん!』
私とハルちゃんは融合しているので、私が経験した事はハルちゃんも取り込める。
ハルカのお陰でハルちゃんより強くなったかと思ったけど、全然そんな事は無かった。
私が強くなると半ば自動的にハルちゃんも強くなるのだ。
その程度なら、イロハの許可を得て共有する必要も無い。
ただしそれは、ハルちゃんだから出来る事だ。
私がハルちゃんの経験を百パーセント引き継ぐ事は難しい。
その為には心を深く同期する必要がある。
イロハの制御下に置かれている今は、イロハの許可無しに実行する事はできない。
融合の目玉機能の一つだったのに……。
『アルカ様!』
思考が脱線しすぎてしまった。
レーネがまた膨れている。
『ごめん。レーネ。
ハルちゃん、お願い』
ハルちゃんの分体が現れて、レーネの首元に巻き付いた。
どうやらセーレの真似のつもりのようだ。
『だーえー!?』
突然現れたハルちゃんに、セーレが驚きの声を上げる。
『ハル』
レーネの肩に掴まったまま、完結に名前だけ答えたハルちゃん。
『はー!』
これはハルちゃんの名前を繰り返したのだろうか。
それとも驚きや感嘆の叫びだろうか。
はたまた渾名でもつけたのだろうか。
『それではまた後ほど。
セーレの事をお願いします。アルカ様』
そう言って、レーネは返事も待たず泳ぎ去ってしまった。
いったいどうしたのかしら。レーネらしくない。
いや、最初の頃のレーネはいつもあんな感じだったかも。
ならきっと、今は興奮状態にあるのかもしれない。
それにしても、本当に良いのだろうか。
私とセーレだけにして。
セーレと私が仲良くなりすぎる事にも警戒していたくらいだったのに。
パスを通して私の感情を覗いたからって、それだけで安心出来る事でも無いはずだ。
急転直下は何時もの事だし。自分で言うのもアレだけど。
『あーかー?』
おっといけない。
また考え込んでしまった。
分体が当たり前になっても、それはそれとして癖も抜けないものだ。
今は諸々忘れてセーレと遊ぶとしよう。
折角の機会なんだし、楽しもう。




