36-24.正常な判断
「お祖母様、お久しゅうございます」
「お初にお目にかかります。王妃様
冒険者のアルカと申します」
優雅に挨拶したマノンに、少し慌てて私も続く。
マノンは急遽呼び出されたにも関わらず、少しも慌てることなく王妃様の対応を請け負ってくれた。
流石マノン。頼りになるね♪
それにしても、こんな事ならやっぱり魔王でも名乗っておくべきだったかも。
いや、別に魔王じゃなくても何でも良いのだけど、対外的な身分はもう少しどうにかしたい所だ。
自称に意味があるかはともかく、この状況で堂々と王妃様に名乗るには、冒険者では問題がありすぎる。
「なるほど。時間稼ぎですか。
マノンがそちら側についているという事は、あの話も全て本当の事だったようですね」
あかん。やっぱこれ全部バレてるっぽい……。
まあ、当然よね。
王妃様はツムギ達に会おうとまっすぐ離宮へと向かってきたのに、待ち構えていたのはマノンと私だもの。
二人は急ぎ城に向かい、関係者達を集めて王妃様対策を慌てて詰めている。
どこまで出来るかは不明だが、既に当初の予定は大きく崩れているのだ。
王妃様がこんなわかりきった足止めに付き合ってくれているのも、私達の現状をよく理解しているからなのだろう。
「まあ良いでしょう。
マノン。先ずはあなたの口から説明なさい。
その程度ならばこの茶番にも付き合ってあげましょう」
そのまま席に付いた王妃様。
良かった。すぐに回れ右されなくて。
やはりマノンを呼び出しておいて正解だった。
「感謝致します」
マノンも遅れて王妃様の正面に腰を下ろした。
私もマノンの隣に座ろうとしたところで、王妃様が強い口調でマノンに言い渡した。
「マノン。即刻この痴れ者を排除なさい」
「ですが!」
「はぁ。
話には聞いていましたが……。
こうして眼の前にしても尚、信じ難いものですね。
マノン。一体どうしてしまったと言うのですか?
ここは王族の住まう離宮です。
冒険者風情が足を踏み入れて良い場所ではありません。
あろうことか、断りもなくこの場に同席しようとは。
身の程を弁えないにも程があります」
仰る通りです。
「申し訳」
「黙りなさい!
誰が口を開いて良いと言ったのです!」
そりゃそうよね。
何か感覚麻痺してたけど、普通の王族は平民が勝手に話しかけて良い相手じゃないのよね。
あ、でも。
自分でも忘れてたけど、私って元王様なのよね。
任期一年半くらいだけど。
いやまあ、そんな話したって何にもならんてわかってるから言わないけども。
「お祖母様!
どうかご容赦を!
この者は私が必要と判じて留め置いたのです!
責められるべきは私です!
更に言うなら、この者はこの国の恩人です!
今回の件だけではありません!
その事はお祖母様も重々ご承知のはずです!」
「確かにこの者は我が国の危機を二度も退けたのでしょう。
ですが、だからと言って許されるわけではありません。
この者がベアトリスの伴侶であろうとも、ギルドの誇るSランク冒険者であろうともです。
どのような理由があろうとも、この城の内を我が物顔で闊歩して良い理由にはならないのです」
二度……。
一度目って何したんだろう。
前に王様も言ってたけど、私は昔この国で何かしたはずなのよね。
相変わらず一人だった頃の事件はよく覚えていない。
行く先々で何かしらの事件に巻き込まれてたし。
けど、こんな大国を救うなんてよっぽどの大事件よね。
というかマノン、いつの間にそんな事調べてたのかしら。
後でマノンに詳しく聞いてみようかな。
「それについては仰る通りです。
私の配慮が至りませんでした。申し訳ございません。
ですが、どうかこの者を冷遇する事だけはお控え下さい。
重ねてお伝え致しますが、今この場では私の招いた客人なのです。
その上で下がらせよと仰せなのであれば従います。
事前の相談もなく、勝手な真似を致しました。
申し訳ございません」
「……良いでしょう。
先程の無礼もマノンの顔に免じて許します。
ですが二度はありません。
精々この場に相応しき振る舞いを期待します」
どうしようかなぁ。
多分このまま王妃様のペースに乗っちゃうと不味いんだよなぁ。
ツムギとアレクシアさんが私に期待しているのは、そんな役回りでは無いはずだ。
ならここは、少し危ういけど賭けてみるか。
「ごめん、マノン。
折角私の為に頑張ってくれたけど、やっぱり席を外させてもらうわ。
私はこの国の民では無いし、この王妃様を敬う気にもなれないの。
そもそも私は、この国の王様が私個人を対等な相手と認めてくれたから色々助けてあげただけだもの。
それらの経緯も考慮できないような人なら、あなた達だけでも十分対応出来るでしょ。
押し付けて悪いけど、後はよろしくね」
私は二人に背を向けて扉に向かって歩き出す。
「お待ちなさい!」
「なにかしら?
えっと、サンドラさん?」
「アルカ!?」
流石にやりすぎたかしら。
マノンの顔が真っ青だ。
「……貴方に決闘を申し込みます。
貴方が勝てばベアトリスの要求を全て受け入れましょう」
ほわい?
いや、挑発のつもりではあったけど、そっち方向に振り切れちゃうの?
何か聞いてた印象と違うんだけど?
そんなに腕に自信があるの?
「あなたが勝ったら?」
「この国と王族達から手を引きなさい。
ベアトリスとの婚姻も解消させます」
全部無かった事にするつもり?
まあ話が早くて助かるけどさ。
どうせ私が負ける事なんてありえないし。
けど、本当にどういうつもりなのかしら。
話に聞いていたサンドラ王妃は、もっと慎重だったはずだ。
実際、ツムギとアレクシアさんの悪巧みを察して、急遽かつ不意打ちで帰国したくらいだ。
折角苦労して間に合わせたのに、こんなリスクの大きすぎる賭けに挑むとも思えない。
現状、王妃様の方が圧倒的に有利なのだ。
そんな事、王妃様が一番わかっているはずだ。
シルヴァン王子の件で冷静さを欠いているのかしら。
まだ息子が亡くなってから一月と経っていない。
そんな中、娘を中心とした家族の一部が反乱を企てていたのだ。
普通なら平常心でいられるはずがない。
更にそんな状況で、何日も馬を駆けて過酷な旅をしてきたばかりなのだ。
必死に取り繕っているだけで、サンドラ王妃はボロボロなのかもしれない。
「決闘の方法は?
言っておくけど私は魔術師よ?
木剣と剣技だけの試合だなんて受け付けないわよ?」
それでも負ける事はあり得ないけど、念には念を入れておこう。
これ以上この人を虐めたいわけじゃないけど、それはそれだ。
どうあっても、マノンやツムギ達を手放すわけにはいかないのだ。
「我が娘を貰い受けようというのです。
その程度の気概も見せられないのですか?」
そうくるのね。
ならやっぱり本気で勝つ気なのかしら。
「まあ良いわ。
それでお義母様に納得して頂けるなら」
「ふん。白々しい。
今更言葉遣い改める必要などありません」
「ただの軽口じゃない。
でもそうね。
決闘が終わったら、お義母様に対する礼儀くらいは弁えるわ」
「もう勝つ気でいるのですか。
その驕りは身を滅ぼしますよ」
「サンドラさんこそ。
もう少し私の情報を集めてから挑むべきだったわね。
マリアさんにでも聞けば、そんな事は無謀だとわかったはずなのに」
「言っておきますが、私はマリアより強いですよ」
本当に調子が狂う。
聞いてた話と全然違うもの。
この人もしかして、普通に負けず嫌いなのもあるのかも。
私に挑発されて、カッとなって挑んできただけなの?
精神と肉体の疲労で抑えが効かなくなってる?
「ええ。知ってるわ。
だから無謀だと言っているのよ」
言っちゃ悪いけど、マリアさんが比較対象になっている時点で私とは大きな実力差が生じている。
例え木剣しか使えずとも、今の私が遅れを取るはずもない。
まあ良いや。
取り敢えずさっさと済ませてしまおう。
それで、この王妃様を早く休ませてあげよう。
話をするのはそれからだ。




