36-23.愛情
「アレクシアさん。
少し個人的な事を相談してもいい?」
「ええ、もちろん。
何でも言ってみなさいな」
すっかり仲良くなったアレクシアさんは、快く私のお悩み相談を引き受けてくれた。
「あのね。今家にとっても小さな子がいるの。
その子はまだ言葉を喋れないんだけど、どうにか意思の疎通を図りたくてね」
そうしなければ私は深層を使えない。
何故なら深層には本体しか潜れないからだ。
そして本体には必ずへーちゃんが付いてくる。
へーちゃんと深層に潜れば、混沌ちゃんの出現に警戒せざるを得ない。
実質、私の深層利用が封印されてしまった。
深層が使えなければ、三十人もいるお嫁さん達とのイチャイチャを回しきれない。
いやまあ、今は分体もいるんだけども。
でも分体でのイチャイチャって、ある程度限度があると言うか、少し物足りないのよね。
別に片手間って程じゃないけど、気持ち的に深くまで入り込みきれないというか。
とにかく深層使う系は本体じゃないとダメだと思う。
これが混沌ちゃんの策略なのだろうか。
だとしたらなんて恐ろしい……。
「アニが幼い頃の経験を聞きたいのね」
「うん。そうよ。そういう事なの。
私も何度か子育て経験はあるんだ。
けど、今回は少し苦戦しててね。
たぶんあの子、私の言っている事は理解してくれてるの。
なのに、私の名前以外何も喋ってくれなくてね」
「えっと?
先ずその子は何歳くらいなのかしら?
一歳に満たない?
それとも二歳を過ぎてる?」
「あ、いや、その。
ちょっと特殊な子供というか……。
まだ生後二日くらいなんだけど……」
「……からかっているのかしら?」
「ふっ。もう。小春ったら。
なんでそのまま伝えちゃうのよ。ふふ」
笑いを漏らしながらも、ツムギがフォローしてくれた。
「精神年齢的には二歳を過ぎた程度よ。
細かい事情は聞かないで。
けど間違いなく小春は本気だし、その子も存在するわ」
「まあ、アルカさんだものね。
不可思議な事だってあるわよね」
ツムギ、小春と呼び合っているように、最近では色々ボロを出しまくってるからか、アレクシアさんも細かくはツッコまないでくれているのだ。
何時もすみません。
「とにかくわかったわ。
そういう事なら真っ先に言うべき事はこれだけよ。
そんな小さな子を放ってないで、今すぐ家に帰りなさい。
他の誰かに任せないで、あなたが側にいてあげなさいな」
ごもっとも。
どうしよう。
今ここにいるのは分体ですと言ったところでだし。
どう説明したら納得してもらえるかしら。
「心配ないわ、アレク姉様。
今は小春の影武者が見ているから。
幸いその子は影武者と小春の違いに気が付いていないわ」
さっすが。ツムギん。
どっちかと言うとこっちが影武者だけど。
「……なら少し失礼な事を言うわよ。
それは愛情が足りていないんじゃないかしら?」
ああ、そう思っちゃうよね。
私の名前だけを呼び続けてる子に影武者を充てがって出歩いてるんだもの。
しかもその子は慕う相手の区別すらつかないときた。
実際には分体と本体の区別がついているけど、わかりやすさを優先してアレクシアさんにはああ言ってしまった。
それに加え、私がここでしてる事なんて、大半がツムギとイチャついてるだけだ。
これじゃあ、自分の恋にばかり夢中で、子育てを蔑ろにしてるように見えちゃうよね。
それはそれとして、アレクシアさんの意見は正しいのかもしれない。
私がへーちゃんに十分な愛情を注げていないから、へーちゃんの成長が遅れ気味、いやまあ、十分早いけども。でももっといけるはずだ。へーちゃんはとっても賢いんだから。
とにかく、私はへーちゃんに対して素直に愛情を向けられていない。
混沌ちゃんの事が気になって、どうしても疑念を抱かずにはいられない。
「アレク姉様、さっきのは例え話でね。実は今アルカは、」
「ツムギ」
「良いの?」
「うん。アレクシアさんに誤解されたままは嫌だもの」
「ごめん」
「ううん。
気にしないで。
お陰で気づけた事もあるし」
「そっか」
「アレクシアさん、私もっとあの子と向き合ってみるね。
十分な愛情を向けられていないのは事実なの。
経緯はやっぱり説明できないけれど、ハッキリ言って私はあの子の事を歓迎していなかった。
それに例え私があの子を完全に受け入れても、今後も警戒を解くわけにはいかないの。
それでも、もっと言葉を尽くしてみるわ。
あの子の気持ちに寄り添ってみる。
色んなわだかまりとあの子の事は分けて考えてみる。
きっとそうすれば上手くいくと思うの。
ありがとう。相談に乗ってくれて。
お陰で助かったわ」
「そう。
お役に立てたのなら何よりね。
ついでに秘密にしている事も話してみてはいかが?」
「ふふ。ありがと♪」
私は魔術で産み出した分身という事にして、分体の事を簡単に説明した。
「残念だわ。
毎日会いに来てくれていたのは分身の方だったのね」
「ごめんね。
決して蔑ろにするつもりは無かったんだけど」
「冗談よ。
普段からベアトとのやりとりを見ているのだもの。
あの様子を見ていて、そんな疑いは沸かないわ」
まさかツムギとのイチャつきが、分体の精度の高さと私の真剣さを証明する事になるとは。
「Sランク冒険者って凄いのね」
「ふふ。
そんな冒険者、他にいるわけないじゃない。アレク姉様」
「大魔術師様ってお呼びしようかしら」
「大賢者の方が呼びやすくない?
賢者って感じはしないけど」
「ツムギ?
どういう意味かしら?」
「あはは~♪」
こんにゃろ。帰ったらお仕置きよ。
「今はその子と何をしているのかしら?」
「言葉を教えているわ。
膝に乗せて、絵本を読み聞かせているの。
でも退屈しているみたい。
少し眠そうだわ。
そろそろお昼寝させてあげないとね」
「そう。ふふ。
何だかんだ言いながら、しっかり見ているんじゃない。
アルカさんならきっと大丈夫よ。
問題が片付いたら、私にも会わせてくれるかしら?」
「うん!
その為にも例の件、無事に終わらせないとだね!」
「こちらも大丈夫よ。
流石にまだ準備万端とは言い難いけれど、王妃様が戻るまでには整うわ」
「あと二週間くらいよね。予定では」
「ええ。どう詰めてもその程度はかかるはずよ。
王妃様が自ら手綱を握って単身駆け抜けてくるとかでもない限り、予定に狂いは無いわ」
「ダメよ、アレクシアさん。
そういう具体的な事言っちゃ。
本来ありえないことでも現実になってしまうわ」
「それ言ったら、小春の二週間発言もアウトだと思う」
「そうね。迂闊だったわ。
私、そういうの引き寄せやすい体質だから気を付けないと」
「ほらまた、そういう事言って。
もうこの話題は、」
ツムギが言いかけたところで、廊下の方からドタバタと慌てた足音が聞こえてきた。
「殿下!!王女殿下!!!!」
「「「……」」」
「王妃様が戻られましたぁ!!!!」
「「「……」」」
「アレクシア王女殿下?」
「ありがとう。
下がりなさい」
メイドさんは一礼すると、再び慌てて飛び出していった。
「私のせいなのかなぁ……」
「「そうね。きっとそうよ」」
「多分違うと思うなぁ。
今回は私のせいじゃないよきっと。
多分この国に残ってた王妃の腹心が急いで伝えたんだよ。
ツムギとアレクシアさん、相当派手に動いてたし」
「「そうね。そうかもね」」
まあ準備期間一月も無かったから無理もないけど。
「ここは皆に原因があるって事で。
それじゃあ私は一旦帰るね。
手筈通り、あとは頑張ってね」
「「待ちなさい!!」」
「……私の出番は無いはずでしょ?
むしろ首突っ込むなって。
絶対話しがややこしくなるからって言ってたよね?」
「今はそんな事を言っている場合ではないわ!
アルカさんの力が必要よ!」
「そうよ!
アレク姉様の言う通りよ!
今は手段を選んでられないの!
ここはアルカパワーでゴリ押すしか無いわ!」
「具体的に何をしろと?」
「「取り敢えず時間稼ぎ!
可能ならそのまま口説き落として!」」
「流石に人妻は守備範囲外なんだけど」
「「そこまでしろとは言ってない!!」」
いやまあ、うん。
普通にお友達になれば良いんだよね。
アリア連れてこようかしら。
どっちにしろ無理難題だけど。
困ったなぁ……。




