36-18.チート
「ぐぼぁっ!!」
何でよ!
イメージバッチリだったって!
ルネルに覆いかぶさる所まではいけたんだって!
唇も後数ミリまで近づいたって!
なのに何で後ちょっと届かないのよ!
「お主、わしに喧嘩売っとるのか?
いよいよ、ようわからん術頼みなんぞし始めおって」
あかん!マジギレしてる!
いい加減仕留めないとヤバいって!!
『いえ、よく見て下さい。小春先輩。
うっすらルネルの頬に赤みが差しています。
あれはきっと照れている証拠です』
違うって!
ブチギレてるだけだって!
どう見ても赤鬼さんと化してるだけだって!
『いえ、いけます。
このままゴリ押して下さい。
後必要なのは勢いと隙だけです』
その隙が無いんじゃん!
作ったはずなのに無くなってるんじゃん!
『ですからあと一手です。
今こそ、逆◯ーレムの術の出番です』
本気!?
確かに私もやるって言っちゃったけどさ!?
『この際ですから、いっそ全裸になるだけでも構いません。
踏ん切りがつかないのなら、私が代わりに脱がします。
小春先輩はより強くルネルの無力化だけを考えて下さい。
強く深くイメージするのです。
それ以外の一切の思考を切り捨てて下さい。
それだけ術の効果は高まるはずです。
唇さえ届けば、後は小春先輩のキステクでイチコロです。
ルネルなんて、年取っただけの生娘です。
経験が無いのですから、その道で先輩が遅れを取る事はありえません。
これはいけますよ。
勝てる未来が見えてきました』
いやいやいや!
ツッコミどころ多すぎるって!
『ほら!構えて!
ルネルが来ますよ!』
あ!ちょ!ルネルめっちゃキレてる!!
ヤチヨが年寄りの生娘とか言うから!
南無三!!
咄嗟に思い浮かべた魔法は、確かに効果を発揮した。
私の下にはルネルがいる。
しかも何故か、私達はベットの上だ。全裸で。
あれ?ルネルも?なんで?
それにこのベット、何処から出てきたのかしら……。
ルネルと私の唇もいつの間にか触れ合っていた。
私は無我夢中でルネルを貪った。
一瞬でも手を抜けば命は無い。
ルネルが正気になる前に、ルネルをトロトロに溶かす必要がある。
未だ呆気にとられているのか、それとも術の効果に縛られているのか、ルネルが抜け出す気配は無い。
今が絶好の好機!この隙を逃してなるものか!!
「アルカ」
え?あれ?ノアちゃん?
何でノアちゃんの声が!?
「ルネルさんを離してこちらを向きなさい」
『待って!今そんな事したら殺されるわ!』
「そりゃそうでしょうね。
ルネルさんが私に助けを求めてきたくらいですから」
なんですと!?
それは卑怯よ!ルネル!
何が力に頼るなよ!
自分の危機には私特効に頼るんじゃない!
渋々顔を上げた私は、辺りを見回して後悔する。
ノアちゃん何処にも居ないじゃない!!!
「馬鹿者め」
静かに呟いたルネルに蹴り飛ばされて、空高くに打ち上げられた。
良かった。
いつの間にか服着てた。
ヤチヨが着せ直してくれたのね。
『いえ、違います。
私ではありません。
ですからこれは……』
え?
「仕置じゃ。歯ぁ食いしばれ」
空中を飛んでいるはずの私の耳元に、ルネルの静かな声が聞こえてきた。
そこからはあまりよく覚えていない。
気が付いたら地面に伏せ、全身の痛みで指一本動かす事が出来なかった。
「ふん。
少しはやるようになったかと思ったがな。
まだまだ修行が必要じゃ。
出直してこいなどとは言わん。
今からみっちり鍛えてやろう」
待って!鍛えるも何も本当に動けないんだって!
というか本当に今何があったの!?
『ハッキリとした事は言えません。
ですがおそらく、時間に干渉しているものと思われます。
先輩が全裸になった事も、そのまま唇を奪った事も、ノアがこの場に来た事でさえ、確かに起きた出来事です。
ですがそれら全て、無かったことになりました。
先輩、今はもう体動きますよね?』
え?あれ?
ほんとだ……全身の痛みが消えてる……。
「力に頼るなって教えはどうしたの?
ルネルこそ、とんでもないチート使ってんじゃない」
と言うか、ヘスティには諦めさせようとしておいて、自分はその技術を使うの?
いやむしろだからこそか?
今このタイミングでこんな力を見せてきたのは、ルネルなりにヒントをくれてるつもりなの?
ルネルならあり得るか?
ツンデレだし。
「何の話じゃ?
何ぞ証拠でもあるのか?」
本気ですっとぼけるつもり?
わざわざノアちゃんまで引っ張り出して、やっぱり私に気付かせるのが目的なんでしょ?
本当に素直じゃないんだから!
「まあ良いわ。
種が見えれば対策のしようもあるでしょ」
ルネルは別に、抱き寄せ魔法の硬直を無効化出来るわけじゃないのかも。
もし何らかの方法で、時間を巻き戻しているのなら……。
『巻き戻せる対象に限りがあるのかもしれません。
例えば他の術には通用せず、あくまでも人を対象としたものであるとか。
少なくとも、世界そのものを戻しているわけではなさそうです』
かもしれないわね。
『抱き寄せ魔法への対策は、先輩を巻き戻せば良いのです。
巻き戻された者は記憶を維持出来ないのでしょう。
ならばルネルは、自分自身には使わないはずです』
それで私からは硬直が発生していないように見えたのね。
一種の時間停止に近い使い方だ。
とは言え、巻き戻される前の私はルネルと何度もキスをしていたのかもだけど。
『さらに巻き戻せる時間にも限りがあると思われます。
先程ベットに拘束された際には、ルネルが正気に戻った時点で、先輩が術を発動する前まで戻せなかったのでしょう。
ノアに気を逸らさせたのはその為です。
それでもノアの居た時間から考えるなら、数秒程度は戻せそうですが』
制約が多いのは何よりね。
けどそれだと、服を着直してた事の説明がつかなくない?
『……そこにも必ず何かが隠れているはずです』
今わかるのはここまでね。
それでも十分よ。
とは言え流石にもう一度押し倒し魔法は使えない。
あれでは今度こそノアちゃんに叱られてしまう。
最悪ルネルは、ノアちゃんを巻き戻さずに残しておいても構わないのだ。
私に押し倒された事は知られてしまうだろうけど、どう考えてもあの状況で叱られるのは私の方だ。理不尽。
『端から見たら、試合中に悪ふざけしてるようにしか見えませんからね』
私は本気なのに……。
けど、なら打つ手は一つよ。
『ええ。そうです。
抱き寄せ連打はルネルにダメージを与えていたのです。
硬直が解けるまでの数秒間、ルネルは先輩の餌食になっています。
抱き寄せ魔法が発動する前まで戻さないのは、戻しても意味がないからなのでしょう。
つまりルネルにもあれは躱しようが無いのです。
ですから、敢えて一度捕まった上で逃げ出す演出をしてみせていました。
先輩に無意味だと諦めさせる事が唯一の対策だからです。
先輩の、というか我々の記憶には残っていませんが、ルネルと先輩は何度も唇を重ねてきたはずです。
ならばやるべき事は一つです』
ルネルが根負けするまでキスし続けてやりましょう!
私が覚えてないのは勿体無いけど!!
『その意気です!』
私は再び無数の分体を産み出し……あれ?ルネル?さっきまでそこに……しまった!?
『ああ、これダメですね。
分体産み出したら巻き戻されてます。
どうやら小春先輩が巻き戻れば、新たに産み出した分体も消滅するようです。
術認定されていないという事でしょうか。
それとも術の連続性が途絶えるから?
それだと、既に活動中の他の分体達が消えていない理由が説明できませんが。
分体まで含めて一人の人間と判断されているのか、ルネルが一度に巻き戻せる人数に制限が無いのかのどちらかと言った所でしょうか。
何にせよ、当然分体無しでは手数が足りません。
抱き寄せ連打は、分体の犠牲を前提とした捨て身の作戦でもあります。
抱き寄せた先輩は文字通り懐にルネルを招く事になりますからね。
そもそも二人以上居ないと連打自体出来ませんし。
詰みですね。これ』
冷静に分析してる場合じゃないってば!
『でもまあ、方法はなくもないですよ。
このままボコられながらでも、抱き寄せ魔法を使えば良いのです。
防御する余裕はありませんから、抱き寄せる度に先輩も無防備に攻撃を受ける事になりますけど』
死んじゃうって!
ルネルが根負けする前に私死んじゃうって!
『大丈夫です。小春先輩頑丈ですから。
ファイトです!』
むぅ~~~りぃ~~~~!!!




