36-16.無断外泊
「ヘスティ、少しお話出来ないかしら?」
「……」
相変わらず返事が無い。
既に何度か扉越しに話しかけてはいるのだが、未だに引き籠もったまま出てきてくれない。
これはそろそろ強硬手段に出るべきかしら。
具体的には転移で部屋に侵入するだけだけども。
「ヘスティ。アリスも心配してるよ?
返事くれないなら、勝手に入るからね?」
「……ダメじゃ」
「ダメじゃないでしょ。
ここはルネルの家よ。
何時まで無断外泊してるつもり?
アリスに悪いとは思わないの?」
「……」
無言で扉を開くヘスティ。
一瞬睨みつけるような視線を向けてきたが、すぐに視線を逸らしてしまった。
流石に罪悪感に訴えかけすぎたかしら。
仕方ない。アリスの名前を出すのは止めておいてやろう。
私が忘れるまでだけどな!
「開けてくれてありがと。
それにしてもお酒臭いわね。
今の今まで飲んでたのね。
取り敢えず片付けからかしら。
ヘスティは休んでていいからね」
私はヘスティをベットに放り込み、窓を開けて空気を入れ替え、部屋中に散らかった酒瓶を片付けていく。
一通りの片付けが済んだ後、ヘスティにも酔覚ましをかけてから、ようやく話を聞くことにした。
「どう?
調子は戻った?」
「……」
「やけ酒をするなとは言わないけど、周りに心配をかけるのは程々にね」
「……」
「お腹は空いてない?
これお粥なんだけど、どうかしら?
昨日から禄に食べて無いでしょ?
少しだけでも食べておいた方が良いと思うわ」
「……」
「受け取らないなら、口移しで食べさせるわよ?」
無言でお粥を受け取るヘスティ。
最初にゆっくりと少しだけ口に含むと、火がついたように一気に掻き込みだした。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「こめ、じゃったか」
「え?」
もしかしてお粥の事?
「そうよ。お米よ。
もしかしてへスティ、何か思い入れがあったの?」
「……昔客人が欲しがってのう。
あやつの為に世界中から情報を集めたのじゃ」
空いたお椀に視線を落としながら、小さく囁くように語りだした。
「苦労して手に入れた割に大して美味くもない代物でのう。
それでもあやつは、涙しながら喜んだものじゃ」
当時の転移者とヘスティは仲が良かったのかな。
ところでなんで、同郷ばかりなのだろう。
ニクスの先代も好きだったんだろうか、アニメとか。
「美味かった。礼を言う」
ヘスティの突き出したお椀を受け取って収納空間に放り込む。
「やっぱりまだ過去に戻りたい?
戻って美味しいお米を食べさせてあげたい?」
「……そうじゃのう」
へスティから諦観めいた感情が伝わってくる。
どうやら過去転移など不可能だと自分でもわかっているようだ。
いや、実は不可能でもないのだけど。
私なら、一方通行にはなるけど送る事も出来るらしい。
以前ミーシャがそんな話をしていた。
とは言え、それは神になる事を受け入れた場合の話だ。
イロハのためならともかく、今の私にそのつもりはないし、実質的に存在しない選択肢だ。
それに、ニクスが代わりにやってくれるとも思えない。
ノルンやミーシャはどうだろうか。
多分ミーシャの口ぶり的に、ミーシャ自身には出来ないのだろうとは思うけど。
へーちゃんはどうだろうか。
まだ意思の疎通もままならないけど、へーちゃんが高い潜在能力を持っているのは間違いない。
何れその力を振るってくれる事もあるかもしれない。
とはいえ、それも確約出来る事ではない。
今の状況で、安易にへスティに伝えるべきではないだろう。
そう、わかってはいるのだけど……。
「私達は理論を提供できるかもしれないわ。
けれどその為には、まずへスティが皆の信頼を勝ち取らないといけないの。
その知識は私達にとっても禁忌に触れるものだから。
並大抵の信頼関係では伝えられないわ。
ヘスティにその覚悟はある?」
「……真実なのか?」
「ええ。生き証人もいるわ。
深雪お姉ちゃんは遙か未来から、六百年前のこの世界にやってきたの。
一方通行にはなるけれど、過去への跳躍そのものは不可能ではないわ」
「……そう、か」
「けれど戻れるのは厳密には別の世界の過去よ。
ここと良く似た少しだけ違う世界。
当然そこには当時のヘスティもいるはずよ。
例え過去を改変出来たとしても、あなたは元の国で皆と共に暮らす事は出来ずに、たった一人で世界を彷徨う事になるの。
そして今ここにいる私達は、ただあなたを失うだけ。
この世界に過去改変の影響は及ばないし、ヘスティと再会する事も二度と無い。
アリスはきっと悲しむでしょうね」
「……」
「言っておくけど、別に意地悪でこんな話をしているわけじゃないわ。
どうせやるなら完全なタイムマシンを作りましょう。
今挙げた問題点を克服出来る完璧なやつをね。
取り敢えずは、ヘスティにはこの世界のこの時代、つまり私達の所に帰ってきてもらう。
過去改変を許すとしたら、その条件は絶対よ。
あなたはもう私達の家族なの。
無断外泊は認めないわ」
「……ふっ。なんじゃ、元気付けてるつもりじゃったのか。
余はてっきり、意趣返しのつもりかと思っとったぞ」
「自覚あるんじゃない。
何時までも私の可愛い娘をイジメるつもりなら私だって怒るのよ」
「すまぬ」
「謝るならアリスによ」
「そうじゃな」
「勿論、ルネルにもね。
私のお嫁さんだってイジメたら許さないんだから」
「そうじゃ、な……んじゃと?」
衝撃を受けて固まるヘスティ。
少し経ってから、息を吹き返して質問を返してきた。
「今、嫁と言ったのか?
あのルネルを?」
「ええ。ルネルは私のよ。
ヘスティも私のものになってみる?」
「……」
反応がない。
どうやら驚きのあまり再び戻ってこれなくなったようだ。
「ドあほう!」
「すぱっーん!」と私の後頭部が叩かれた。
「何すんのよ!ルネル!
まだ恥ずかしがってるの!?」
「そっちじゃないわぁ!!
わしは忘れさせよと言ったのじゃ!
それを何故!けしかけとるんじゃ!!」
「盗み聞きしてたの!?」
「ここはわしの家じゃ!
聞こえるに決まっとろうが!」
それはそう。
ならなんでもっと早く止めなかったのかしら。
あれか。
ヘスティの機嫌が治るまでは待ってたのか。
なんてズルい。
まあ、タイミング的には照れ隠しも含まれてそうだけど。
「ルネルって意外とみみっちいよね」
「ほう。よう吐いた。
お主、覚悟は出来ておるんじゃろうな?」
「今日こそ負けないわよ!
完全に屈服させて、その唇奪ってみせるわ!」
「むっ。まさかそう返してくるとは。
相変わらず煩悩まみれじゃが、何やら自信もついたようじゃのう。
よかろう。今日は徹底的に付き合ってやろう。
お主が一日でも早くわしを超えられるよう、わし自ら鍛え上げてやるのじゃ」
「……ルネルが?……あのルネルが?」
あ、ヘスティ戻ってきた。
まだ完全では無いっぽいけど。
「ヘスティも行くわよ!
私がルネルを組み伏せる瞬間、特等席で観ていてね!」
「お主、わしを舐め取るのか?
まさかあの術が次も通じると思っとるのか?」
「ふっふっふ!
ルネルこそ私の事舐めすぎよ!
我に秘策あり!よ!」
「よかろう!
ならばその秘策、見せてみよ!」




