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後編

 パーティ会場は地球人サイドとこちらの人種サイドに分かたれる。

 分かれると言っても、簡易な通路を挟んで乗り越えしにくいような柵が作られているだけ。

 それでも地球人サイドには行けなくてもこちら側には小さい人達は来れるようになっているし、通路側の机は共存スペースだ。テーブルに地球人の姿もちらほら見えてる。


「ファルカート! 久しぶりだなー!」


 共存スペースに行こうかと思った矢先に声をかけられて足を止める。

 振り向けば紅い髪がツンと立っている目つきの悪い男が1人。

 しかし顔が悪いだけでそこまで悪人でもない。ただのイタズラ好きな幼なじみだ。常にニヤケ顔でマフィアと勘違いされやすいが、海に近い位置にある観光会社の息子である。

「久しぶりですねマロナー。やはり貴方も来てましたか」

「まぁなー。俺んとこは地球人と提携したくても出来ねーから、どんなんか気になって。

 お前んとこはしたんだろぉ? 地球人の大きさってどんなん? 極小種って聞いたけど」

「極小……まぁ、成人男性も私の中指よりは大きいくらいでしたね」

「うわちっさ。そんなんだったら女とか触っただけで潰しそうじゃん」

「そうなんでよねぇ……そちらのご令嬢が小さくて小さくて……接する時少し怖いんですよ……」

「へー、大きさは?」

「……親指より少し大きい程度ですね」

「ちっさ過ぎ。俺絶対に地球人の女は触らないわ」

 べ、と舌を出してムリムリと声を上げては、やってきたウェイターからグラスを2つ取ってひとつを差し出してくる。手渡されたそれを向ければ、チン、と軽いグラスタッチをしてそれを呷った。倣って口に含む。度の軽いシャンパン。ユリさんも来てるはずだが、ちゃんと楽しめているんだろうか。

「そういえばお前さっき移動しようとしてた?」

「えぇ。提携先の地球人の方も来てるでしょうから、共存スペースを見て回ろうかと」

「へー……お前が行くなら俺も行くかなぁ」

「……下手な言葉を吐かないでくださいね?」

「いやお前だって小さい種族俺より嫌いだったろうよ」

「…………改めましたよ」

「へぇ、お前がねぇ? どんな奴が変えたやら」

 グイッとグラスを煽って空になったグラスと、私が持っていたグラスを取り上げて近くのテーブルに置いた彼が私の腕を掴んで歩き出す。

「端から見てくだろ?」

「そうですね。見落としがあっては困ります」

「おし行くぞー」

 共存スペースは思ったより人は少なかった。まぁそれはそうだ。探し人がいない限り近寄るところでは無い。初等教育クラスの子供らが気にして来ようとしてるのを止める親がちらほら見受けられた。正しい選択だと思う。中等から上の子供らがテーブルの上の人達と話してるのをテーブルの上の人達の中に探してる人達が居ないか見回してる間に横聞きしていたが、雑談というより会社関係の話だ。きっとそういう話しかするなと言い含められているのかもしれないが、その方が危なくなくていい。いい社会勉強だろう。

 中々居ない。地球人サイドの会場に留まっているならどうしようもないが、やはりこの間の悪戯というか、言葉はダメだったかもしれない。恥ずかしいが父に彼女の家族と話すことがあれば口頭の伝言でも頼もうかと考えながら一つ一つのテーブルにいる人たちに一礼しながら眺めていく。

 そしてテーブルもあと2つ。コチラには来ていないのかも、なんて考えて一つを見下ろしたところで。


「なぁ俺たちのとこのスペースに行こうぜ。なんだってこんなところに来たがるんだよ」

「勝手に着いてきたのはあなたでは無いですか」

「俺とお前の仲じゃねぇかよ」

「知りませんね。昔の関係ではありませんか」


 聞きなれない男の声と、最近聞けていなかった声が聞こえてくる。

 机を見回して、中央のエレベーターのそばで探し人を見つけた。

 見つけた、のだが。


 誰ですそいつ。


 彼女より大きな男がまとわりついている。腕を掴んでエレベーターに乗せようとしているらしく、掴んでは彼女に振り払われてとしているようだった。

 うげ、と横でマロナーが嫌そうに声を上げる。女に無体を働く男は彼の中では地雷に等しいので思わず音が出たんだろう。

 その声に気づいてユリさんがこちらを見た。

 目をまん丸に見開いて、手を勢いよく振り払ってコチラに駆け寄ろうとして。


「おい待てよ! 婚約者放置してどこ行くんだよ!」


 は?


 振り払われた男も追いかけて、小柄な彼女は捕まえられる。

 言われた言葉に私は思わず目を見開いた。

 婚約者? 私が婚約者のはずですが? どうなってる?

 ユリさんをガン見してしまって、彼女はそれに泣きそうな顔を浮かべてくる。


「貴方の会社とは経営関係が破綻したので、婚約も解消されたじゃないですか! 私はもう、別の方が婚約者になっていると何度も言ってます! 貴方よりずっと素敵な人なので、放って置いてください!」


 放して、と相手を見ずに声を上げるユリさんの吐き捨てた言葉に、私を含め聴こえていた周りがドン引いた。

 婚約解消されたのにまだ自分に気があるはずと考える困った存在はどの星にもいる。

 え、まさか私のところに来なくなったのはもしかして?

 嫌な可能性が浮かんでテーブルに手を伸ばした所で。


「俺より良い男なんているわけないだろ! お前だって俺と過ごすのは楽しいって言ってたじゃねぇか! それなのに親に言われたからってアッサリ切りやがって」

「一応、昔は婚約者でしたから……! 合わせるのは当然ではないですか……!」

「合わせる、だぁ!?」


 男の声に怒気が混ざる。

 グイッと彼女の小さい腕が引っ張られた所で。


 バンッ、と私は机の端を指で叩いて意識をこちらに向けさせる。周辺にいた地球人の人達には後でお詫びはしっかりとさせてもらおう。

 横のマロナーが私の肩に触れてくるがそれを無視して、テーブルの上のその二人に向かって手を伸ばした。

「っ! な、なんだよ! デカブツがなんの用だよ!?」

「お話中の邪魔をして大変申し訳ありませんが……その子を解放してください?」

「はぁ!? こいつは俺の」


「貴方のじゃありません。私の婚約者です」


「「は?」」

 被せるように声を上げる。その内容に男とマロナーの声が同時に響いた。そういえば言って無かったなと思いつつ、男とユリさんの間に指をねじ込もうとする。その動きに慄いて男はあっさりとユリさんを手放した。


 床に頽れるように膝をついた彼女にそっと指を添れば、その指にしがみつくように腕を回される。


「レイスさ……!」

「大変でしたね私のフィアンセ。助けに来るのが遅れて申し訳ありません」


 私の言葉に首を左右に振る小さな姿に微笑みかけたその時。

「おいデカブツ! ふざけんなよ人の女さらっといて服まで破きやがって!」

「おや……爪が引っかかりましたか。すみません。この子を助けたい一心でして。そしてさっきからこの子は言ってましたよね? 貴方とは何の関係もないと」

 聞こえた声に視線を投げれば地球人の男が息を詰まらせる。

 しかし、気に入らないのが収まらないのだろうか。私を指さして口を動かすのを辞めなかった。

「うるさい! 体格差考えろよだいたい異星人と結婚とか有り得ねーわ! お前みたいなデカイバケモン、仕方なく相手してるに決まってんだよ!」

 ひく、と手が震えた。

 確かに初めて会った時の態度は悪かった。自覚はある。最後に会えた日もかなり怖いだろう部類のからかいをしてしまったりしているし、不安がない訳では無い。

 ユリさんからもどうして欲しいとかスキンシップとか望まれたことは確かにないなと考えてしまう。

 私の気持ちが顔に出ていたか、ニヤリと小さな男が笑った。許されるなら虫のように叩き潰してしまいたい。

 しかし、男がまた口を開くより前に。


「ーー……じゃ、ない……」


 小さなかすれ声が聞こえて、そちらを見下ろす。

 ユリさんがフラフラと立ち上がって、後ろにあった私の指に手を添えて男に向き直った。


「レイスは、バケモノじゃない! あなたと一緒にしないで!!

 バケモノはあなたよ! 毎回毎回会う度に下卑た怖い話ばっかり! 連れていくところもあなた本意の後暗い場所ばかり! 付き合うこっちの身にもなって欲しかった! 貴方は最低最悪の男! 婚約者だった過去を消してしまいたい程だったんだから!」


「なっ!?」


 小さい身体から吐き出された怒声に男が面食らい、私は瞳を瞬かせる。マロナーはヒュゥ、と口笛を吹いていた。負けん気の強い女が好みの彼には良く映ったことだろう。


「レイスはとっても良い人よ! 確かに初めは小さいからってバカにされてたと思うけど、小さすぎる私をちゃんと持て成してくれたの! 私の好きな本のお話を聴いてくれるし、興味を持ってくれる時もある! 私が何もしてあげれないのが口惜しいと思うくらいに、異星人で体格差も凄いけど、婚約者ですって胸張って言える人だわ!」


「〜〜……っ!」


 ゾクゾクと背筋が震える。思わぬ言葉に高揚してしまった。

 え、何もしてあげれないのは私の方だと思っていたんですが。自分からあまり触れないしなんなら外にも連れ出してはいない、お家デートばかりだったのに。

 マロナーが愛されてんなぁと言わんばかりに肘で背中を小突いてくるのを横目で見て軽く睨むと、つつく動きは止まった。


「っ、あ、ああそうかよ! お前がそうでもそのデカブツこそ実はお前をおもちゃやペットみたいに見てんじゃないのか!?」

「っ、そ」


「そんなわけあるはずないじゃないですか。

 ユリさんは私の知見を拡げてくださった大事な人です。聞いた事のないお話を聞かせてくれる私専属のストーリーテラーで、会話の度にする反応が可愛らしくて愛しい私の婚約者です。

 あまり無粋なことを言い続けるなら、貴方をその通りに扱っても良いのですが?」


 男の言い返してくる内容に反論しようとするユリさんの言葉を遮り言った私の言葉に彼女が振り返って見上げてくる。

 それにまた笑みを向けて指を狭め、慎重に摘んで持ち上げようかとした所で。


「え、地球人持ってみてもいいわけ?」

「持つって……モノではないんですよ?」

()()はそういう扱いでよくね?」


 後ろから聞こえた声に思わず指を開いて振り返ってマロナーを見る。あのニタリとした顔が深まって狙うように男を見ているのを知って。

「……共存スペース内なら連れ歩いても問題ないと言われてはいますね?」

「ラッキー。んじゃ地球人触る練習させてもらお」

「手酷くはしてはいけませんよ?」

「俺をなんだと思ってんの? ちゃんと五体満足で終わらせるって。そんじゃ、迷惑行為するおチビちゃんは俺と一緒にお酒飲もうなー?」

 おチビちゃん。明確な差別用語だが、地球人サイドと私たちサイドの誰もそれを批難することは無かった。それだけこの男はやりすぎた。

 マロナーが手を伸ばし始めたのを見てその動きを見つめる。勢いよく迫る手に逃げ始めた男の足を、そばにいた地球人のひとりが引っ掛けてコケさせた。倒れて文句を言おうとした男の背に、トス、とマロナーの指が乗る。

「そこの地球人さん、ありがとさん。俺ルフトル海洋観光のマロナーっての。お礼したいから会社の意見箱に捨てアドでもいいから連絡先入れといてー」

 マロナーの指に驚いて半歩下がった地球人の男性が、ボディランゲージで○を作る。

 それにニシシ、と笑みをこぼしたマロナーが指で抑えてた男の服をひょいとつまみ上げ、反対の手のひらにぽとりと落とした。


「じゃ、教育的指導してくるから、ファルカート。またなー! 機会あったら婚約者さん紹介してくれよー」


「感謝します、マロナー。紹介は是非近いうちにさせていただきます」

 男の乗る手を緩く握りしめてしっかりと拘束し、歩き去りながら言われる言葉に私は止めもせずそれを見送る。

 姿が見えなくなってからユリさんを見下ろせば、彼女は私を申し訳なさそうに見上げてきていた。

「れ、レイスさん、あの」

「……レイス」

「はい?」

「先程はレイスと呼び捨てだったじゃないですか。どうかそう呼んでください? 私の可愛らしい親指姫サンベリーナ

 彼女の傍から指を、手を離す。促すように笑みを向けて見下ろし言葉を投げれば恥ずかしそうに顔を朱に染め、もじ、と身を震わせた。

 その仕草が本当に愛らしい。


「れ、レイス……その、長く会いに行けなくなってごめんなさい……」

「なんとなく予想はしてますが……その理由はあちらで聞きましょう」


 そっと手の平を上にしてテーブルにつける。

 その手の上に靴を脱いで乗り上げてくる小さな姿を見下ろし、そっと上に持ち上げた。

「皆様、大変お騒がせしました。もし苦情などありましたら総合観光ファルカートの意見箱にお願い致します。では、私たちは失礼します」

 手の上のユリさんに微笑みかけ、その後テーブルの上の地球人達に一礼してから私はマロナーが行った方とは反対の共存スペースの1人がけテーブルに向かう。

 複数名と話す時は普通のテーブルで良いけれど個人的な話がしたい時は、と設置されているものだ。壁際なのもありがたい。

 このスペースは不人気なのか、それともそこまで親密な関係がないのか。人はいなそうだった。

「なにかお持ちしますか?」

 ここの担当だろう給仕が手の上のユリさんと私を見て声をかけてくる。

「そうですね。紅茶はあります? お酒よりはそちらが良いのですが」

「ご用意できます」

「でしたら私はストレート。こちらの女性には甘めのミルクティーでお願い致します。

 茶請けもこちらが食べやすいものを」

「この場ですので、地球のものもありますが」

「それはありがたいですね。それぞれ先程お伝えした紅茶でセットがあるならそちらをお願いしても?」

「かしこまりました。お好きなお席でお寛ぎ下さい」

 頼んだ内容をメモして給仕が奥に入っていく。

 手近な席に座して、テーブルの上の壁に面したところにある地球人用のテーブルセットにユリさんを乗せた手を近づければゆっくりと彼女が降りた。


「さて、落ち着いた所で。少し擦り合わせをしましょう。

 ユリさん、改めて数日ぶりです」

「はい……すみません、唐突に行けなくなって……」

「……やはりアレのせいですか?」

「私の婚約話が漏れたのか、付きまとわれてしまって……ポータルでそちらに逃げ込もうかとも思いましたが、ポータルがバレると壊されてしまいそうで……」

「そこまででしたか……よく無事でいてくださいましたね」

 思わず手を伸ばすが、触るのがやはり怖くてそっと台座に手を添えるように近くに持っていくだけに留めた。

「てっきり私はからかい過ぎて嫌われたものと」

「……確かにちょっと怖いジョークでしたけど、本気じゃないとは言われてましたし、謝罪も貰ってましたから」

「そうでしたか……」

 自分の考えが外れていたことに内心でホッとする。そこで、物音が聴こえてそちらを見れば。

「お待たせいたしました」

 小ぶりなトレーがテーブルに置かれ、その上に乗っている地球人のウェイトレスがミニサイズのワゴンを押してユリさんの方に向かおうとするのを見て、進行方向にある自分の手を退かす。

 私の目の前にも紅茶とシュガーポット、軽食と焼き菓子の乗った皿が置かれる。ユリさんの方も似たものだろう。

 地球人のウェイトレスがトレーに戻ったのを確認してから、給仕がそのトレーを持ち上げて一礼した。

「ごゆっくりお寛ぎください」

 言葉を紡いで離れていくのを見送り、ユリさんを見つめれば、カップを持ってこちらを見ていた。

 私もカップを持って軽く掲げてから1口啜る。

 良い味だ。まぁこの場で粗悪なものはさすがに出ないだろうが。

「ユリさん、どうですか?」

「美味しい! ……ぁ、です」

「ふふ、いいですよ。敬語じゃなくても……喋りやすいように喋ってください?」

「……子供っぽいって幻滅しない……?」

「おや、それは逆に感じてみたいですね? それこそ親指姫のように見えて楽しそうです」

「な、なんか例えられると恥ずかしい」

「私のことを会った初日に物語の中の巨人に見立てていた人が何を言いますか」

 私がクスクスと笑いながら言う言葉に小さな姿はカップを口につけて顔を俯かせていた。

「久しぶりなんですよ?

 可愛い顔を見せてください? 私のサンベリーナ」

「恥ずかしい……!」

「私では顔をこちらに向けさせたくても、その小さな貴方の身体を潰してしまいそうなので触れもしないんです……目も合わないのは寂しいですよ?」

 カップを下ろして頬杖をつく。そのまま小さな姿をジッと見つめていれば、そろそろとこちらを振り向いてきた。

 にこりと笑みを向ければ顔を朱に染めたのが遠目でもわかった。

「お顔が真っ赤で、フフ……可愛いです」

「私がどんな顔してるか見えないと思うんだけど……」

「ユリさんが嫌な顔はしていないだろうって予想は出来ますので」

「……それヤダ」

「はい?」

 会話の最中に立ち上がって此方を身体ごと向けて見上げる姿に、紅茶のカップに気をつけながらゆっくりと顔を寄せる。

 小さな表情は少し不満気な顔をしてるようにも怒ったようにも見える顔をしていた。……いやこれは拗ねている?

「何か失礼を?」

「……名前。呼び捨てにしてほしい。

 私もレイスって呼び始めたから……おなじが、いい」

 言いながら少し恥ずかしそうに身を揺らす仕草に胸がいっぱいになる心地だった。

 これは、ユリさん……いえ、ユリが初めて私に言った要望だ。ならば、応えなければ。

「……これは失礼しました。その……ユリ。ふふ、何やら少し気恥しいですね?」

 柄にもなく私の顔まで熱くなってしまう。その様子を見上げていただろうユリが少し私を見上げてから、テーブルセットから降りて此方に歩み寄ろうとしてくる。

「此方に来たいのですか? 少し待ってください」

 台座から降りきった所で待ったをかけ、紅茶と茶菓子が乗る皿を自分とは反対に移動させる。

 安全面はこれで良いはずだ。

「どうぞ」

 開けた私の前にユリが歩み寄ってくる。

 私もそっと顔を近づければ、小さな顔は少し複雑な顔をしていた。

「……あのね、謝らないといけないと思って」

「何をでしょう。来れなかったことなら先程」

「初めて会った時、バカにされてることは分かってたの……異星の勉強は一応、付け焼き刃だけどしてきてたから……」

「…………役者ですね。気づきませんでした」

「だから初日に、手の上で実は怖がっていたし……売り言葉に買い言葉で、貴方を煽ってしまっていたの。だから、そのこと」


「謝る必要はありませんよ? 可愛らしい人」


 言葉を遮り囁く私の言葉に、目を見開いてこちらを見上げてくる小さな顔。

「あれがあったから、私は貴女をちゃんと見ることが出来たんです。私にとってはとても良いことでした。だからそのことで私に謝ろうだなんてしないでください……ね?

 私の愛しいサンベリーナ……あの日から私は小さな貴女に釘付けなんです。貴女のあのキラキラとした小粒の琥珀色の目と楽しげな顔が好きなんです。お話を語る貴女の声も姿も好き過ぎてもう」

「レイス、わかった。謝らないから、謝らないからもう、やめて……恥ずかしい」

「ふふ……まるでチェリーのように真っ赤ですよ?」

「……レイスのほっぺもリンゴみたいだからおあいこ」

 指摘されて顔を上に戻し、自分の頬に触れてみる。先程よりも熱くなっている気がした。

「おや、これはこれは……はぁ、興奮してしまいました」

「……初めはね、なんてことしてくれたって思ったよ。父様と母様に怒った。異星間の婚約は珍しくないって勉強はしてたけど、流石に体格差考えてって。そしたらポータルに慣れてこいって押し込まれるようになって」

 不意に言われる言葉に顔をそちらに向けて聞く姿勢を見せると、彼女は所在なさげに身を揺らす。

「だから、好きな本を持って行って時間つぶしとこうって思ってたんだけど……レイス、本を読むだけの私を刺激しないようにずっと仕事してるし。休憩中も話しかけて来なかったし。気を使われてる、って理解してからチラチラ私が見るようになっちゃって。視線が何回か会うと私が読んでるもののことを聞いてくれて。読んで聴かせて、って言ってくれた時凄く嬉しかったの……身近な私の危険を案じてくれる優しい人で……その、さっき助けてくれたときも、その、私の婚約者って……はっきりみんなの目の前で言ってくれて。嬉しかったし……」

 だんだんと小さくなっていく声に顔をさらに寄せていく。

「わ……私も、好き……です……」

 真っ赤な顔を、恥ずかしそうに口元を小さな手で覆う。可愛らしい。胸がぎゅッとする。私の顔の赤みも取れそうに無かった。

「私の愛しいサンベリーナ。私の望みを言っても?」

 顔をゆっくりと寄せて、彼女のそばに持っていく。その最中に紡ぐ言葉に、彼女が目を瞬かせた。

「の、望み?」

「この間のように……キスが、したいです」

 囁く度に彼女の髪が揺れてるのがわかる。

 驚いたように私の目を見上げた彼女の背に片手を添えて、寝転がすように掬い上げた。

 楽な体制まで自分の体を伸ばして、手の上の彼女に顔を近づけて返事を待つ。

「今日は……貴方が、してください……おまかせします……!」

「っ!」

 言われた言葉に目を見開いてしまう。

 おまかせなんて、そんなことを言われたら……

「できる限り、優しくしますね……」

「レイス……? キス、だけ、だよ……?」

「潰さない力加減がどれだけ大変かご存知ないでしょう?」

 喋りつつ片手に寝転ぶ姿の小さな姿にソッと唇を這わす。

 少し嬉しいことを言われ続けて興奮しているため鼻息も吐息も熱いはずだから、できるだけ息を止めて親指サイズの身体に触れるだけの啄むようなキスを贈る。手のひらと唇に挟まれてる小さな身体を堪能するようにたまに押し付けてしまうが、おまかせと言われたし有効に活用させてもらう。

 すり、と唇で身体全体を擦り上げてから、吐息を吹きかけるように息をついて顔を離せば、肌を真っ赤にしてフルフルと手の中で震える可愛らしい姿がある。

「ふふ、可愛らしい……堪能させていただきました」

「よ、かったです……!」

「……私の親指姫。次の機会があれば、貴女からまたここにお願いしますね?」

「ぅ、ふぁい……」

 手の上でくったりとしている婚約者の姿を見つつ、私は紅茶のカップを手元に引き戻して、口に含む。少し冷えてしまったが、ストレートのはずの紅茶は甘く感じられた。


 パーティが終わったその後も、私と彼女は変わらずお家デートをしている。

 ただ机の上だけじゃなくて家の色んな所で寛ぐようにしていた。

 仕事部屋とは別のプライベートな自室に招き入れた時は娯楽がないと驚かれたりしたが、何とか上手く行っているはず。

「レイス」

「はい?」

「私のことサンベリーナって言ってくるの恥ずかしいから控えて欲しいな……?」

「おや、私は気に入ってるんですが……もし聞かれても地球人にしか今の所分からないので良いのでは?」

「それもそうなんだけど……」

「恥ずかしいだけで本気で嫌な訳では無いのでしょう? ねぇ、私の可愛くて愛おしい親指サイズのお姫様」

 部屋の宮付きベッドの枕に上体を凭れて緩く寝そべっている私の胸の上にいるユリから声を掛けられ、からかうように言葉を返して行けば、むう、と顔が少し膨らむのが見える。

 つついてみたいと思うがまだそこまで繊細な力加減は覚えてないので触るのはやめておく。

「……物語のお姫様みたいに幸せにしてくれないと許さないからね?」

「もちろんですよ。私だけのサンベリーナ」

 片手の指先を自身の口に添えて指に口付け、その指をユリの顔のそばに持っていく。

 恥ずかしそうにしつつも、その指先に彼女も顔を寄せてキスをしてくれる。

 関節キスだが、それだけでも十分満たされる。


 童話だとしたら全くもって狂ったエンディングだが、この親指姫の終着点は同サイズの王子ではなく、こんなに大きな私だった。


「絶対に後悔はさせませんからね?」

「私もできるだけのことはやるから……」

「えぇ、もちろん……二人で楽しまなければ意味が無いのですから」


 私が笑みを向けつつ言った言葉に、私の親指姫もにこりと笑みを深めてそばにある手に身を預けるようにその身体を凭れかからせたのだった。

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