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第1話 洗礼の儀式

 ここはスタットの町。都市国家バルムの東の果てにある人口が千人ほどの小さな町だ。


 今、この町にある太陽教の教会では今年8歳になった子供達とその親兄弟が集められ、洗礼の儀式が執り行われていた。


「これより洗礼の儀式を行うよ。名前を呼ばれた人は前に来てこの水晶に触りな。そうすれば『ステータス』の魔法を覚えられる。『ステータス』と口にするだけで自分の能力がわかる便利な魔法だ。まあ、どんなマヌケでも使えばわかるから説明はここまでさね。さあ、始めるよ」


 司祭のマドリーは、いつもの仏頂面で子供達に説明した。洗礼の儀式は教会でも重要視される聖なる行事だが、口も態度も悪いことで有名なマドリーの様子が変わることはなかった。


 しかし、誰も老婆の司祭に対して非難の視線を送る者はいない。裏表のない性格と面倒見の良さから、老若男女問わず人気があったからだ。


 マドリーは列に並んでいる先頭の子供の名前を呼んだ。


「さあ初めはエリンからだ。水晶にさわってごらん」


 今年、洗礼の儀式に集まった子供の数は10人。この町の子供だけではなく、周辺の村からも8歳になった子供が集められている。


 エリンと呼ばれた茶色髪の眼鏡をかけた女の子は、恐る恐る右手で水晶に触れる。すると水晶がピカッと一瞬輝いた。

 司祭のマドリーは屈みながら、ニッコリと微笑みエリンの頭を撫でる。


「ほれ、これで女神様からの洗礼は終わりだよ。次は『ステータス』と唱えてごらん。自分の頭の中に浮かんだ職業を私に教えるんだ」


 エリンは小さく「ステータス」と口ずさむと、目は大きく見開かれた。そしてマドリーにヒソヒソと少し恥ずかしそうに自分の職業を教えた。


「あら、それは良かったじゃない! みんな、エリンの職業は『錬金術師』だよ! 父親のドンカは『鍛冶師』だから相性の良い職業だ!」


 嬉しそうなエリンへ、儀式に集まった子供やその親兄弟から心温まる拍手が送られた。


 そんな光景の中、列の一番後ろに並んだ少年の顔が徐々に不安に染まっていく。

 人目を引く端正な顔つきの黒髪。どこか達観したような目の少年から言葉がこぼれた。

 

「やはり、()()()エリンは錬金術師だったか。そうなると毎回ランダムじゃないってことか」

「何をブツブツ言ってるのよ。毎回ランダムってどういうこと?」


 少年のひとつ前に並ぶ赤髪の少女が話しかけてきた。彼女の名前はアリス。活発で屈託の無い笑顔の美少女。誰からも愛されている、この町で二番目に有名な子供である。


「アリスは気にしなくていい。それよりも、しっかり『勇者』になりたい! って願っておくんだ。なんなら『私を勇者にしないとぶっ飛ばす』ぐらい思っていいぞ」

「そ、そんなこと思ったら女神ノエル様の罰があたるじゃない。『木こり』とかになったらどうするのよ」

「木こり? 今、めでたくトムが木こりになったようだけど、彼に何か不満でもあるのかい」

「グハッ……ば、バカ。聞こえるじゃない。やめてよ」


 二人のたわい無い話の間も洗礼の儀式は進み、残り3人となる。

 

「次は町長の息子ドランだよ。さあ水晶に触れな」

「はいっ! グッフフフフ。やっとボクの出番か。お父様見ていてください。ショボい職業じゃなくて、町長の息子に恥じない職業をお見せします!」


 少したるんだ大きな身体をノッソリと動かし、ドランは水晶へと進む。

 このドラン、町長の息子ということを傘にして、親の目から隠れて町中で好き放題している悪ガキ。8歳児にして、この町一番の有名人である。


 既に洗礼の儀式を終えている親子からだけでなく、参加している町長の家族以外の全員から冷たい視線が送られていた。

 しかしドランはそれに気づくことなく手を水晶に触れる。その瞬間、今までよりも一際大きく水晶が輝く。


「なっ、なんだいこれは!?」


 マドリーだけでなく、周囲の大人達もどよめく。

 そして「ウォォォォォォォォォォォ!」とドランは大きな叫び声をあげた。

 

「やった! お父様、やりましたよっ! このドラン『剣聖』になりました!」

「ほ、本当か! よくやったぞ、ドラン! さすが我が息子だ」


 両親に向かってガッツポーズをとるドラン。

 それを見ながらマドリーは心の中でつぶやく。

 ……う、嘘だろ。あのクソガキが剣聖なんてことがあるのかい。

 そしてドランに試すように質問をした。

 

「ドラン。ちょっと確認するよ。あんたスキルは何を覚えているんだい?」


 この世には同時に1人しか成れない『ユニーク職』と呼ばれる職業がある。『勇者』『剣聖』『賢者』といった職業は『英雄職』と呼ばれ、英雄職はユニーク職に含まれる。


 過去にも剣聖になった者はおり、そのスキルや特性などは教会や各国の秘密情報として管理されていた。若かった頃、太陽教の本部に務めていたマドリーは、少しだけではあるが剣聖について知っていた。

 

 周囲の人達には「あのクソガキが剣聖なんて悪夢過ぎる」と嘆く者だけでなく、何かの間違いであってほしいと祈る者までいた。

 そんな注目が集まる中、ドランは司祭に答える。


「ボクの覚えたスキルは『ホーリースラッシュ』です!」

「…………当たりだよ。まさか、本当に剣聖になったとはね。いろんな意味で女神様を疑っちまうよ」

「アッハハハ。これでボクはこの町、いやこの国で最強の戦士だぁ!」


 大きな笑い声を上げながらドランが去った後も、周囲の大人達は落胆していた。


「ば、バカな。あんなクソガキが剣聖とか……この町が滅びるぞ」

「女神様は一体何を考えておられるのだ」


 しかし、ただ一人黒髪の少年だけは周りとは違う意味で驚いていた。

 ドランが剣聖だと……おかしい。アイツは『盗賊』だったはず。

 町長の息子の職業が『盗賊』。それがここで公表されたことにより、アイツは家から勘当されて本当の盗賊になったんだ。そんなアイツが前回アリスの職業だった剣聖になるとは、一体何を考えているんだ。あの駄女神は……


「司祭様、次はわたしの番だよね?」

「あ、アリスかい。いつまでも呆けてる場合じゃなかったね。では水晶に触ってごらん」


 アリスは勢いよく水晶に手を置いた。

 ペチッという音と共に、黄金に輝く大きな光が辺りを照らす。


「うっ、ま、まぶしい。今度は何なんだい!」


 司祭と周りが大きな驚きに包まれる中、黒髪の少年は歓喜に震えていた。

 ゆ、勇者の光だっ! よくやったアリス! これで計画とおり勇者に成らなくて済んだ!


 俺はこの日のために、正義感が強く非常に運動神経の良い幼馴染みの女の子に目をつけた。このアリス、前回は剣聖に選ばれるほどの素質の持ち主。俺に変わって勇者になれるとしたら、彼女しかいなかった。

 だから俺は、物心ついたときから徹底的に彼女を育成した。そして自分については、逆に身体能力を上げないよう努めてきたのだ。


 これでやっと解放される!

 少年が喜びを全身で表していると、アリスが戻ってきた。


「ルーク! わたし勇者だった! えっ、そ、そんなに喜ばれると恥ずかしいじゃない。……まあ、ちょっとは嬉しいけど」

「ああ、本当におめでとう! アリスなら良い勇者になれる。僕も自分のことのように嬉しいよ」

「えへへ。これってルークが考えた『勇者になるための特訓』ごっこが良かったのかな?」

「そうかもしれない。職業はその人に合ったモノが選ばれるみたいだからね」

「そうなると……ルークっ何になるんだろ? よく変な物を拾っては大切に取っておいてるよね。だから商人とかになるのかな」

「あれは、レアな素材だから拾っているんだぞ。決してゴミじゃ無いからな」


 次はとうとう俺の順番。まあ勇者のような運命という決まったルートしか進めない職業はごめんだ。俺はこれを『運命ルート』と名付けている。歴史を調べてみると勇者以外の英雄職も運命ルートだと思われる。


 この世界を思うがまま楽しみたい俺にとって、運命ルートではない職業なら何でもいい。それこそ商人や鍛冶師のようなありふれた職業でもいいのだ。

 女神の操り人形のような人生を送るなんて、それだけは真っ平ごめんだ。


「それじゃあ、最後はルークだよ。正直、あんたが一番何かをやらかすと思ってたんだけどね。クッククク。まあ英雄職が二人も出たんだ。これ以上のことが起きるなんてことはないだろうけどね」

「はい。僕もそう思います」


 マドリーはルークにしか聞こえないぐらいの音量で話しかける。

 何かしらのリアクションに期待していたが、いつもと変わらないルークの反応に呆れたように肩をすくめた。


 外から見ると平然としたように見えるルークだったが、内心は期待に胸を膨らませていた。ルークの両親であるトーザとハルナ、そして妹のミアが不安そうな顔で見つめる中、ルークは右手を水晶の上に置く。


 その瞬間、本日3回目の大きな光が水晶から放たれた。


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