2 修羅の竜 4
聖なる力を内に持つ魔性の巨人が動き出す。
ここに二機目が。
「くっそー。あの娘っ子、どこに行きやがった?」
オーク兵が苛立ちながら広い通路を見渡す。
「チッ、これ以上のお預けはやってらんねぇや。戻って他の女にしようぜ。あの娘は後で狩りだしてブッ殺してやる」
ゴブリン兵が悪態をついた。ゼナの命など、こいつらはどうとも思っていなかった。
だが通路が振動する。
「?」
オーク兵が首を傾げた。
ゴブリン兵が困惑して呟く。
「なんか……ケイオス・ウォリアーが歩いてんのか?」
彼らが使っている格納庫から遠く離れた基地の奥を?
次の瞬間。
通路を黄昏色の風が吹き抜けた!
その中で二匹の魔物兵が、その装備ごと、弾け飛ぶかのように分解され、吹き飛ぶ。
風の源の操縦席で、ゼナは目を爛々と燃え上がらせていた。
「Aカルネージアポピス……これで私は元に戻れる」
琥珀色の鎧を纏った竜鱗の巨人。頭部は蛇そのもので、後頭部からは長い尾が伸びる。
その瞳なき眼が燃えていた……操縦者と全く同じように。
——基地で最も大きな部屋——
「あいつら、まだ手こずってんのか?」
魔王軍残党兵士の一人が酒——町から納めさせた物だ——を飲みながら通路の奥を眺めていた。
ゼナを追っていった兵達の事である。
別の兵士が町の代官に陰湿な笑みを向けた。
「活きが良いのはいいんだが、俺らに手間をかけさせるのは感心しねぇな?」
代官は震えて頷く。
「す、すいません」
「なら誠意を見せて欲しいぜ?」
調子に乗る兵士に代官は愛想笑いを浮かべた。
「もう何人か、女を追加いたしますので……」
代官達の後ろでは、残党兵達が既に女で愉しみ始めていた。
女達は兵達に囲まれた中、みんな服を脱がされている。
商売女とはいえ、多人数が監視する中で裸身を晒す事に慣れているわけもなく、女達は恥辱の中で胸と秘所を隠すのに必死だった。
兵士達が興奮しながら目を血走らせる。
「おいおい! 隠すんじゃねぇ、よく見せろや!」
「ウヘヘ……四つん這いにさせてケツ上げさせねぇか? そのまま始める事もできるしよ」
「オラ、もう我慢できねーだ」
オーク兵の一人がズボンを脱ぎ、手近な女へ掴みかかった。
まだ若い少女である。泣きながら悲鳴をあげ、必死に抵抗しようとした。だが力の差は如何ともできず、あっさりと床に押し倒される。
「後生です! せめて人間に……」
少女の愛玩にオークは吠えて怒鳴った。
「生意気な! オメェの穴は全部オラが使ってやるだ! 気ぃ失ってもブッ叩いて起こして続けてやるかんな!」
少女は泣きながら頭を抱えた。
「ごめんなさい……許して」
震えながら小声で謝る。自分を蹂躙しようという化け物に。
他の兵士達も女を選び、捕まえだした。
もはや女達も抵抗する気力を失い、魔物に掴みかかられた女も諦めきった表情を浮かべるだけだった。
だがしかし。
部屋が激震した。
思わずあがる幾多の悲鳴——その中で、部屋に入ってくる巨大な影。
それを見て兵士の一人が叫ぶ。
「なんだ!? あの機体、なんだ? 誰が乗っている?」
琥珀色の鎧を纏った、竜鱗蛇頭の機体。
カルネージアポピスが部屋で行われ始めた痴態を見下ろしているのだ。
女に構わず酒を飲んでいた兵士が、すぐ側にあった己の機体に乗り込んだ。
『見た事ねぇ機体って事は、俺らの敵だろうよ!』
量産型の巨人兵が剣を抜き、カルネージアポビスに一撃を見舞う。
行動と決断の早さ、その斬撃の鋭さは、兵士がなかなかの手練であるが故だ。
だがしかし。
アポピスは、その刃を握って受けた。
そのまま剣を握り潰す。
『なんだと!?』
驚愕する兵士。だがそれも一瞬のこと。
次の瞬間、アポビスの後頭部から伸びる鞭のような尻尾が兵士の機体に巻きついた。
そして……一瞬で、あっさりと。丸めた紙でも握るかのように。兵士の機体を締め潰した。
悲鳴じみた混乱の叫びがあがる。兵士達から。
その一人が女を盾にする。
「こ、これでどうだ? 抵抗するとこの女の命はねぇぞ!」
自分達の敵なら女を救いに来たのだろうと、直感的に思ったが故の行動だ。
アポピスはそれを見降ろした。その操縦席で、機体の目を通して、ゼナは見ていた。
女を盾にする兵士。盾にされる娼婦。
すすり泣く哀れな娼婦は、ゼナと変わらない年頃の少女だ。丸裸で、諦めきって、抵抗の素振りも見せない。
(私と、同じだ。私と。私と……?)
自分を、ゼナは見た……ような、気がした。
(違う。違う、もう違う……!)
後頭部から伸びる蛇の尾が、人質もろとも兵士を叩き潰した!
二人には断末魔をあげる暇さえ無かった。
魔王軍残党は悲鳴をあげて逃げ出した。
もう女達に構ってなどいない。人質にも盾にもならないなら邪魔な荷物だ。何人かはかろうじて自分の機体に乗り込む事もできた。
そんな残党どもへ、アポピスが口から黄昏色の息を吐いた!
魔王軍の残党兵どもは一瞬で押し流され、弾け飛ぶかのように分解され、消し飛ぶ。
反撃を試みたケイオス・ウォリアーもあったが、その武器ごと粉々になって崩れ、吹き飛ぶ。
息の勢いは止まらず、基地の壁をも豆腐のごとく砕いて散らし、大きな穴を開けた。
一つの町を完全に降伏させていた残党どもは——いなくなった。一匹たりとも。全滅だ。
女達は震えて泣きながら身を寄せ合う。
それを意にも介さず、アポピスは部屋から出ていった。己が開けた穴から、真っ直ぐに。
(父と母が生き返りさえすれば……ジダン侯爵家は滅びないわ。滅ぼさせないわ。誰を何人、血祭りにあげようと!)
この日、ゼナは娼婦をやめた。
彼女は向かう。他の五機を倒し、秘宝の欠片全てを手に入れる戦いに。
秘宝を奪い合う者、二人目——元ジダン侯爵令嬢・ゼナ。
設定解説
【何人かはかろうじて自分の機体に乗り込む事もできた】
この世界の量産機(青銅級機)には何種類かのスタンダードタイプが存在する。
この作品においては脇役であり、文字数の関係もあり細かくは描写しないが、主に以下のような種類があると思っていただきたい。
各種名称の頭にある「B」は青銅級機を表す記号である。
・Bソードアーミー
以前も紹介した、剣と弩で武装した兵士型。
・Bダガーハウンド
犬頭で、牙と爪で戦う機体。地上での移動力に優れる。
・Bカノンピルパグ
甲虫型の頭部を持つ重装甲機。肩に大砲を担いでおり、射程に優れる。
・Bボウクロウ
鳥型の頭部を持つ軽量機。大きな翼で空を飛べる。武器は弓矢。
・Bクローリザード
トカゲ型の頭部を持ち、長い爪と高運動性を誇る格闘機。射撃武器は貧弱。