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Doom Duellists(ドゥーム デュエリスツ)——果てなき希望——  作者: マッサン
第一部 惹き寄せる者達
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2 修羅の竜 3

物語の舞台は再び「今」へ。

 ゼナは逃げた。薄暗い通路を走り、出鱈目(でたらめ)に分れ道を曲がって、かつて魔王軍が建てた基地の中を逃げた。

 その背を下卑た声が追いかけてくる。

「うひひ、オレが先だぜぇ」

「いんやオラだ。白目剥かせてやるだヨ!」

 男達はゼナを完全に侮り、わざとゆっくり追ってきているようだった。


 走り続けるゼナの胸にこみ上げる思い。

 恐怖はある。焦燥もある。悲運への嘆きもある。

 だが何よりも——

(こんなの、こんなのは……許せない!)

 赤黒い怒りがどろどろと煮えていた。


 この思いは二度目だ。

 侯爵家が燃え落ちてから今までにも一度あった。

 前は行き倒れかけ、死に瀕した時。その時をゼナは走りながら思い出していた。



——体を売って暮らすようになってから、程なく——



 ゼナは酷く体調を崩した。

 旅の途中、ある町に着いた途端、にわかに眩暈に襲われ、ほとんど動けなくなったのだ。

 味覚もおかしくなり、食べ物もほとんど食べられなくなった。

 頻繁に吐き気にも襲われ、客を取る事もできなくなった。


(まさか、何かの病気に……!)

 ゼナの心臓を恐怖が鷲掴みした。


 今暮らしている場所は汚く不潔な裏町である。清潔で恵まれた以前の暮らしとは天地の差だ。

 それに客からうつされる可能性もある。

 食べ物だってロクな物ではない。栄養も偏るし、満足な量を得られない事もあった。

 そして罹病してしまえば、今のゼナに治す方法は無い。ただ体が回復する事に賭けるだけだ。健康に良い点など全くない、この環境下で。


 死の恐怖がゼナを打ちのめした。

 先に召された父母、家人達の事を思い出した。

 そしてさらに恐怖した。

 彼ら全てが犠牲になって生かしてくれた自分が、汚れた一画の路地裏で朽ち果てて終わるという事に。



 捨てられた布切れを拾い集め、その山の中に体を突っ込み、それでも染みて来る寒さの中で震えるゼナ。

 そのギリギリの一線を、生の側にかろうじて繋ぎ留めたのは——怒りだった。


 侯爵令嬢だった頃の物を、命以外全て捨てて、どんなに惨めに落ちても生きて来た。

(それでも死ねというの? ここまでしても生きてはいけないというの?)

 呪った。許さなかった。憎悪した。

 不運を、境遇を、そして自分の幸福を焼き払った侵略者どもを。


 弱り切った体のせいで砕ける寸前だった精神(こころ)が、憤怒のおかげで燃え続けた。

 それが無ければ気力を保てなかったであろう。


 そしてゼナは、ある宗派の神官達が貧民窟で無料炊き出しを行う、その呼び込み声を聞くまで生き延びた。

 汚れて弱ってやせ細り陰部から血を流す、幽鬼のごとき様相ながら目だけが爛々と燃えるゼナを見て、神官達も並ぶ下層民達もぎょっとしていたが……ゼナは受け取った一杯の粗末な粥をガツガツと貪った。

 食べ物を受け付けなかった吐き気は消えていた。


 多少の時間はかかったが、ゼナは結局回復した。

 そして娼婦に戻り——それ以降は病に至る事なく、今日ここまで生きてきた。



——その時の記憶を脳裏に浮かべ、ゼナは基地の中を走る——


 

 そんなゼナの背中に、追手からの嘲笑がまた届いた。

「活きのいい娘っ子だな。お仕置きだぁ、オーク全員の相手をさせてやるだよ!」

「キヒヒ、オレらが先に捕まえてゴブリンみんなで可愛がってやんよ!」

 下級の魔物どもの、嗜虐心に満ちた声が。


 ゼナをここまで転落させた侵略者ども。

 その下劣な尖兵の生き残りが、ゼナをさらに、直接、嬲り汚そうというのだ。

 全てを奪った張本人どもの慰み者になるのが今のゼナの仕事なのだ。


 怒りが憎悪によりさらに煮えていく。

 鍛えた事もない体は既に限界でもおかしくなかったのに、走る足は憤怒により動き続け、基地の奥へと駆け続ける。

 何度も角を曲がり、奥へ、奥へ。



 どこに向かっているのかゼナにもわからない。

 だが一切迷う事なくゼナは()()()まで走った。


 途中から追手の声が聞こえなくなった事にさえ気づかずに。


 それは幻覚によって隠されていた入り口を通り抜けたからなのだが——ゼナはそれにも気づいていなかった。壁に偽装した幻が、ゼナを前にした時()()消えていたからだ。



 やがて、ゼナは一番奥に辿り着いた。

 そこは広大な格納庫。


 息をきらせてやっと足を止め、ゼナはそこを見渡す。

 薄暗い格納庫に、一機の人造巨人が置かれていた。

 壁際のテーブルには、巨人の事が記されたマニュアルが。


 行き場の無いゼナはマニュアルをぱらぱらと眺める。

 その目が、腕が、止まった。

 動力に組み込まれた秘宝の事が書かれたページで。


 絶大な蘇生の力を有する秘宝【ケプリケペラ】の解説で。

 いかな悪条件をも超えて死者を蘇らせる事のできる、神の聖なる護符の説明で。

二機目登場。

魔王軍の正規兵を拒み続けた壁がゼナだけを通した理由については、後にだいたいわかるようになっています。

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