2 修羅の竜 1
これは、命を求めるが故に死を賭した戦いへ踏み込む者達の物語。
ここに二人目——。
魔王軍は滅んだ。半年ほど前に首領が討たれて壊滅した。
だが野盗となって狼藉を働く残党も多い。
戦後の混乱の中、対処しきれぬ地も少なくはない。
「どういう事!? なんで魔物がいるの!?」
質問というよりは悲鳴だ。幌馬車から降ろされた数人の女達から、その叫びはあがった。
ゴブリンやオークといった下級の魔物達が、残忍な期待でいっぱいの下卑た顔で笑う。
それらを背に女達へ申し訳なさそうに告げる身なりのいい男は、女達を集めて来た代官その人だった。
「すまん、我慢してくれ。金なら約束通り払うから……」
魔王軍に壊滅させられた、大陸屈指の大国ナーラー。かつてその一地方だった町・シイン。
ジダン侯爵家領の端っこにある、そこそこ大きな田舎町でしかなかったが、その侯爵家が魔王軍により滅びてからは、町民は息をひそめるように怯えて暮らしていた。
魔王軍が滅んでやっと一安心――と思いきや、残党部隊がすぐ近くに居座ったのである。隠し基地が山一つ越えた所にあったらしい、と町民が知ったのは最近の事だ。
一度は滅び、国力の衰えたナーラー国。今も旧勢力圏のあちこちに統治や防衛をしきれない場所が多々生じていた。不幸な事に、この町もそうした庇護の届ききらない場所の一つだった。
やむなく町を任されていた代官は守りを固めた。配備されていた三、四機の軍用ケイオス・ウォリアーを総出で巡回させ、町の周囲を警戒させた。操縦する兵には独断で交戦していいと許可も出した。
ところが……ある日、本当に魔王軍の残党と戦闘になってしまった。そして町の機体は全て、一度の戦闘で撃破されてしまったのである。残党どもの方が数も練度も上だったのだ。
町は丸裸も同然になった。
代官は考えた。町を焼かれぬためにどうするか。
金、食料、そして女。
それらを積んだ幌馬車が、この日、残党どもが根城にする基地に運び込まれた。
残党には人間の兵士もいる。その一人が汚い歯を見せて女達に笑いかけた。
「町をブチ壊してこっちの欲しい物をもらってもいいんだぜ。そうなるとお前らは死んじまうかもな? だったら股を開いて金を貰っとけ。どうせいつもヤッてる事だろうが!」
女達は町にいた娼婦である。
兵士達の相手をしてやってくれ、と代官の使いに頼まれ、仕事のためにやってきた。
彼女達は当然、町の兵士が客だと思っていたし、集めた使いもそう思わせていた。
オーク兵が「ブヒヒ」と笑いながら、槍の柄で女達をつつく。
「さ、あっちの部屋に行くだよ。一番尻のデカいオンナがオラの相手だど!」
女達はすすり泣いたが、どうにもならなかった。
女達は基地の中を連行される。武器を手にした兵に前後を挟まれ、淫欲に火照った視線で見張られて。
泣きながら歩く女達を、先導していた人間の兵が嘲笑った。
「町のお役に立てるんだから、どうせ泣くなら泣いて喜べ。お前らなんぞ、相手を選べるほど大したモンじゃねぇだろうが」
たかが田舎町の娼婦……と侮っての言葉である。
この男にとっては今夜の捌け口でしかないのだ。
だが女の中に動いた者がいた。
十字路に出た時、横手の通路へ脱兎のごとく駆け出したのだ。
兵士達の反応が一瞬遅れたのは、女達をナメきっていたからだ。
「ハハッ! 俺らの基地だぜ、どこに逃げるんだ」
「まぁ仕置きはしてやるがな!」
二人程が逃げた女を追ったが、彼らはまだ女をナメていた。
女は必死に逃げる。
どこに逃げようと野盗どもの基地だ。いずれ捕まるのは明白である。
それでも女は逆らった。
他の女と違い、泣いてはいなかった。
憤りで顔を真っ赤に染めていた。怒りで目は輝き、歯を食いしばっていた。
彼女はゼナイド=ジダン。かつてジダン侯爵家の姫だった少女だ。
(ゼナイド=ジダン)