1 天界の神鳥 4
そしてついに、聖なる力を内に持つ魔性の巨人が動き出す。
まずここに一機。
二日ほど後。アーロン達は人里離れた山中にいた。
文字通りの山の中……地中をくり抜いて作られた地下基地へ。
魔王軍が滅びた今は放棄された、空戦大隊の砦の一つ。
新しい包帯で異形の皮膚を覆い隠したアーロンは、焦りながらベアーテを連れて基地の最奥を目指す。
(ここにある筈だ……そうでなければ、俺は……)
大隊長の座に空席が生じた事で、その座を狙う幹部達は大隊長を討った勇者達へ挑まんとした。
首領・暗黒大僧正もそれを認め、支援として彼らの機体を不可思議な秘法で強化した。
アーロンもまた、大隊長の座を求め機体を強化してもらった者の一人だった。
だが秘法は諸刃の剣だったようだ。
首領の死後……強化された機体は紅玉のような粒々に覆い尽くされ、使い物にならなくなった。
そしてアーロンの皮膚も、毒々しい植物の外皮のような細胞に浸食され始めたのである。回復・治療の魔術を試させもしたが、どれもこれを除去する事はできなかった。
(このままだと、俺はどうなる? 死ぬのか、化け物になるのか)
己の視界に入れぬため気休めで巻いた包帯の下、謎の細胞は徐々に広がっている。いつかはアーロンを覆い尽くしてしまうだろう。
その時、彼はどうなるのか?
何か致命的な状況になる事は、本能的に察する事ができた。
(御免だ! 俺は生きる!)
そのための希望が、魔王軍壊滅前に聞いた実験計画の中にあった。
情報通り……最奥の倉庫に、それは放置されていた。
「これは……」
ベアーテが驚きで呟く。
誰もいない格納庫に立ち竦む人造巨人。
琥珀色の鎧を纏い、鳥の頭を持ち、大きな翼を背に畳んだ怪鳥機。
格納庫の机にマニュアルが置いてあった。その表紙に機体の名前が記されている。
『試験用ケイオス・ウォリアー:Aヘブンベンヌ』
アーロンは必死にマニュアルを捲った。
(これの中に、俺を蘇らせる秘宝がある筈……)
真の、最強のケイオス・ウォリアーたる黄金級機には、その動力回路に神々の秘法神蒼玉が組み込まれている。
それは本来、全て集める事で神々の武器を召喚できるという七つの宝玉であり、それゆえ最強のケイオス・ウォリアーは同時に七機までしかこの世に存在できないのだ。
ならば同等の魔力を有する別の秘宝を使えば、黄金級機と同等の機体を作成できるのでは?――魔王軍の技術者達に、そう考える者達がいた。
彼らに案を提出された大隊長の一人が、手持ちで最高級の秘宝を与えて実験機を造らせた……それがこの基地、このAヘブンベンヌなのだ。
その動力に組み込まれた秘宝が何なのか、アーロンは聞いていた。
その秘宝こそが彼の目当てであり、どこを分解すれば取り出せるのかをマニュアルで調べた。
やがて、彼は目当ての情報を得た。だが……
(なんだと!?)
彼の目が失望と怒りで染まる。
取り出す事はできる。
だが秘宝は六つに別たれていた。
より多くのデータを短期間で取るため、六つの基地で六つの実験機が作成されていたのだ。
六つの機体から六つの欠片を取り出し、それを組み合わせて一つにしなければ、秘宝を手に入れる事はできない。
(ここには一機だけか)
格納庫を見渡し、忌々し気に歯軋りするアーロン。
彼はベアーテを連れて実験機に乗り込んだ。
動力に火を入れ――そして彼は機体と感覚を一体化させる。
ケイオス・ウォリアーの操縦は、操縦者が機体と一体化する事で行う。操縦者を巨大な超人と化す事が、ケイオス・ウォリアーの設計思想なのだ。
そして一体化したアーロンは感じ取った。
他の五機も、今、目覚めた事を。
それは六つに別たれた秘宝を持つ機体同士の共鳴なのだろう。
それらが操縦者を得れば……当然、秘宝を狙ってくるに違いない。
(やむをえん。他の五機ことごとく破壊し、秘宝の欠片を集めるしかない)
苛立ちながら、アーロンは格納庫のシャッターを開けた。山腹に隠された出入口から外の光が差し込む。
山間に十機以上のケイオス・ウォリアーが集まっていた。
剣と弩で武装した仮面の巨大な戦士……どれも青銅級機で、同じエンブレムを肩に刻んでいる。それを見てベアーテが目を輝かせた。
「あれは、我が領の兵達!」
だからこそ、その目の輝きはすぐに失われる事となる。
アーロンの乗るAヘブンベンヌが翼を広げる。腰の左右に畳まれていた砲身が伸びた。
怪鳥機が空に飛び立ち、地上で群がる敵機へ砲身を向ける。
「生きるのは俺だ。貴様らは死ね」
二つの砲身から眩い光線が放たれた。
光線の奔流が真っすぐに大地へ突き刺さる。そこに立っていた人造の巨人達は、避ける間もなくそれに飲み込まれ、膨大な熱量の中で分解し、爆発した! ベアーテが悲鳴をあげる。
一撃で半数近くが吹き飛び、残りの動きには明らかな狼狽と恐怖が露わになた。
六つに別たれた秘宝。その名はケプリケペラ。
有するは大いなる蘇生の力。いかな病魔・毒素・呪術でも浄化し、影響下にある者全てに完全な健康をとりもどさせる。死者でさえも複数人、力を使い切るまで生き返らせる事ができるという。
この秘宝が、アーロンの最後の希望だった。
すぐに、山間部は焦土となった。動く物は何一つ無い。ただ無残に焼け焦げた人造巨人の残骸が煙を燻らせるのみ。
戦いとは到底呼べない。ただ一方的に焼き払っただけだ。
この実験機の性能が、量産型の青銅級機どころか一品物の白銀級機さえ大きく凌駕する事を、アーロンは実感していた。
その機体を着地させ、アーロンは座席の後ろで呆然としているベアーテへ話しかける。
「結局、お前など要らんかったな」
女騎士が高官にあると見て、追手への人質として盾として連れまわしていたアーロン。
だがこの実験機を手に入れ、その性能が現行機の部隊さえ遠く及ばない事がわかった今。もうこの女に用は無かった。
ハッチが開き、ベアーテが放り出される。
十メートル近い高さから、彼女は無慈悲に地面へ叩きつけられた。
動かなくなった彼女に、もう欠片も興味を持たず、アーロンは大空へ機体を羽ばたかせる。他の五機を倒し、秘宝の欠片全てを手に入れるために。
秘宝を奪い合う者、一人目――元魔王軍親衛隊・アーロン。
設定解説
【Bソードアーミー】
巨人型のケイオス・ウォリアー。全身を鎧で覆い、剣と弩で武装した戦士の姿をしている。
この世界で最も普及している機体。全てにおいて可もなく不可もない性能が特徴。