9 野獣と女達 1
秘宝の欠片を求める者達が、一人散った。
だが戦いは続く。最後の一人になるまで。
宿屋で、ランは数枚の羊皮紙を読んでいた。ゼナが去った後、現ナーラー国政府の諜報部に琥珀色の鎧の機体――旧魔王軍の実験機について情報を集めるよう頼んだのだが、その報告書が何枚か届いたのである。
ゼナらしい少女が旧ジダン領の外れに以前いた事。その仕事。
山間部で元魔王軍の親衛隊を追っていた国の部隊が、実験機の一体に壊滅させられた事。
実験機の一体が行商人達の護衛業を続けている事。
別の実験がそちらへ向かっている事。その周辺で行方不明者が断続的に発生している事。
ランは腕を組んで考える。
(どれから調べた物かしらね)
――翌日、街道の上空――
(こそこそしていないあたり、やましい事は無いのかしら?)
ランは上空から前方を隠して思う。
実験機の一体が真っすぐこちらへ向かっているのを見つけた。街道の真ん中を、堂々と。
とはいえここらは山地の只中。街道の片側は山肌、反対側は深い崖。飛行できない機体が道を外れて行動するのは難しい。
行方不明が発生していても、実験機が関係しているのかどうかはわからない。
(まぁ決めつけは駄目よね)
ランは上空からゆっくり降下し、それ……ワニのような爬虫類じみた頭部に獅子の鬣をもつ、琥珀色の鎧を纏った屈強な機体……に近づいた。
当然、相手もランに気付く。
『こんにちは。空を飛べる機体ですか。羨ましいですねぇ』
朗らかな少女の愛想良い声が通信機から届いた。
(敵意は無いようね。今からどうなるかわからないけど……)
そう思いつつも、ランは相手に通信を、自分の姿をモニターに映して送る。
「こんにちは。私はラン。ナーラー天王に仕える聖勇士よ。今はその実験機について調べているんだけど……」
相手もモニターに顔を映した。
可愛らしい顔立ちの、十代の少女だ。
『魔王軍が造ったからですか?』
彼女——リリィの問いに頷くラン。
「ええ、まぁ、そんな所ね」
『取り上げる気ですね?』
俯き加減で訊くリリィの声に昏い陰が混じる。
(絶大な蘇生の力、だったわよね。それがこの娘にも必要だとしたら……)
ゼナから得た情報を思い出しながら、ランは不穏な流れを感じた。
それでも正直に、しかし懐柔は試みる。
「あー……まぁ、場合によっては。危険な物だったらの話だし、その時には貴女にそれ相応の対価は支払うけど」
沈黙。
しばらく不穏な間があった。
やがてどこか疑うような返信が入る。
『お金がいっぱい要るんですけど、それでも?』
「ああ、お金ね。それならよっぽど無茶な額じゃなければOKよ。新型のケイオス・ウォリアーの値段なんだから、一財産になる筈よね」
ほっとしたランの声は、自然と明るくなっていた。
道の傍らに機体をどかせ、ランはリリィの事情を聞いた。
生まれてすぐの大病。
残った障害。
重い負担にも関わらず愛してくれた家族。
亡くなった両親。
たった一人残った姉。
魔王軍の基地。
実験機のとの出会い。
魔王軍残党を返り討ちにし、蘇生の秘宝を求めて村を出た事……。
『なるほどね。でも回復魔術で治るなら問題ない筈よ。朝廷が弱体化したとはいえ、直属の回復術師はこの国最高レベルにある筈だから』
話を聞いたランはリリィの治療を請け負ってくれるようだ。
互いを映すモニターに微笑むリリィ。
「ありがとうございます。優しい人ですね、貴女は」
『いやいやそんな。面を向かって言われると照れるわね』
ランは陽気な笑顔を見せる。
それを見てリリィはほっと一安心。
(本当に良い人……)
金と食料を融通してくれなかった村人を全滅させた事は話さなかったが、ランは可哀そうなリリィがそんな無法を働いたなど露ほども思わないようだ。
(この人は私の力になってくれそう。話をしてみて良かった)
強情に突っぱねず対話した事が正解だったと、リリィは心の底から思った。
しかしその時。
ランとリリィ、双方の機体がレーダーに別の機影を映した。
とんでもない速度で山の斜面を駆け下りてくる機体の存在を……!




