1 天界の神鳥 3
時は再び「今」を……魔王軍が滅んでから約半年後を舞台に。
追手の騎士達を斃したアーロンは、森を抜けて田舎の村を通りがかった。
その後ろには項垂れた少女を一人連れている。
女騎士ベアーテだ——が、武器も鎧も取り上げられ、厚い生地の上衣とズボンという恰好。軽装の旅人にしか見えまい。
彼女の瞳は虚ろで、抵抗の意志などとうに失くしており、黙ってアーロンの後をついて歩いていた。
村人達は好奇の目は向けるものの、警戒する様子は無い。
すれ違いながら、アーロンは心中で彼らを見下していた。
(ここに俺を知る奴はいないようだな。まぁ気づかぬ方が幸運というもの……)
握り飯——現地語で何と呼ぶのかは知らないが——を売っている屋台があったので、そこで二つほど買う事にした。
「まいど! オマケしといたよ」
くたびれた老店主は三つ包んでくれた。その目はアーロンが巻いている包帯と後ろの少女をちらちらと見ている。
負傷した兵とその同行者へ親切心を起こしたか。
アーロンは黙って銭を払った。その銭は……先日斃した騎士達から奪った物だった。
(馬鹿な原住民どものおかげで多少は懐も温まった。目的地も目の前……)
欠片ほども感謝せず、握り飯を頬張りながら歩くアーロン。
大きな足音と振動を感じて横を見れば、一機のケイオス・ウォリアーが土木作業に使われていた。
ケイオス・ウォリアーという名の通り、この世界の人造巨人は兵器として産まれた物だ。この世界の国家は多かれ少なかれケイオス・ウォリアーを配備しているし、名のある冒険者パーティなら青銅級機の一機は持っているものだ。
そして土木や建築にも、武装の無い作業用機が使われるようになっている。
資材を運んでいる作業用のケイオス・ウォリアーを横目に、アーロンは内心考えていた。
(一つ貰っていくか?)
ケイオス・ウォリアーを操縦するには適正が必要だ。その適正が有るか無いか、凡そ五分五分である。
だが、異界より召喚された聖勇士ならば、その適正を確実に持っている。持っている者を召喚するよう、魔法の術式が組まれているために。
その力とは……【異界流】。この世界の住人がそう呼ぶそれは、次元の力の切れ端。
世界に存在する者達は、存在するというだけで物理的・霊的にエネルギーを持つ。この世界の住人もそれを持ってはいるのだが、異世界から召喚された者には、この世界に存在する事で持つエネルギーに、元の世界から持ち込んだエネルギーを加えた者――いわば二重のエネルギーを持つ者がいる。
二重にエネルギーを持つという事はそれだけ高い能力を発揮するという事でもある。
それこそが「聖勇士」と呼ばれる、召喚された者達が異様な強さをもつ理由であった。
そしてこの世界の巨大ロボット……ケイオス・ウォリアーは、操縦者の異界流により、その強さを増幅させる特性を持っている。
アーロンにも、この世界の住人の数倍に及ぶ異界流のパワーが備わっていた。よって彼ならば土木作業用の機体でも、この世界の雑兵が乗る青銅級機を超えるパワーが出せる筈なのだ。
しかしアーロンが何かするよりも早く、村の外で鬨の声があがった。
そして村人の悲鳴!
「魔王軍の残党だ!」
ダークエルフの率いるゴブリンとオークの群れが、得物を手に村へ押し入ってきた!
村人は悲鳴をあげて逃げ惑い、自警団が武器を手に必死で応戦を始める。
魔王軍が滅びたとはいえ、まだまだその残党は多く、こうして無法を働く事も多かった。
「逃げろ、お二人さん!」
屋台の店主がそう声をかけ、本人も金袋を握って物陰へと走る。
「ヒャッハー!」
品の無い声と共に、自警団を突破した魔物どもがアーロンの周りにもやってきた。
「おおっと、女がいたぜぇ!」
ゴブリンの一匹がショートソードを手に野卑な笑みを浮かべて叫ぶ。
身を縮めて「ひっ!」と怯えるベアーテ。
アーロンはゴブリンに訊いてみた。
「マスタールテナント……という名を知らんか?」
「知るか!」
吐き捨てるように言う別のゴブリン。こいつらがアーロンの顔とコードネームを知っていれば面倒事も避けられただろうが、その望みは潰えた。
(ならば仕方ない)
面倒臭さに、アーロンは胸中で溜息をつく。
——数分後。村の中のすぐ近く——
残党リーダーのダークエルフは、部下達の絶叫を聞いた。
(この程度の村に何がいるというのだ?)
怪訝に思いながら自警団どもを蹴散らし、残りの部下を連れて声のした方へ向かう。みすぼらしい民家の角を曲がった所で、その現場に出くわした。
剣を手にした包帯の軍人と、すぐ後ろでへたり込んで震える女。
その周囲で斃れて動かない部下達。
軍人がこちらに鋭い目を向ける。
ゾッと背筋に悪寒を感じ、ダークエルフは咄嗟に呪文を唱えた。
「【光熱の領域、第三の段位。炎は塊り球となる。球の炸裂は敵を焼き払う】――ファイアーボール!」
火の玉が生まれ、軍人へと飛ぶ。それは狙い過たず相手を捕らえ、爆発した!
だが炎の中から軍人が出てくる。
包帯が燃え落ちていた。
その下の肌が露出している。
ケガなどどこにも無い。
白い肌を覆うのは……毒々しい苔のような物に覆われた、植物の外皮のような皮膚!
毒草がごとき肌を露わにしたアーロンが、憎悪に満ちた視線を炎の中からダークエルフに向けた。
数刻後。
アーロンは土木作業用のケイオス・ウォリアーに乗り、村を離れた。
村は無人である。もう誰もいない。
襲撃者も、村人も。生きている者はもう誰も。
操縦席の後ろで、ベアーテは一人、薄っすら涙を浮かべて歯を噛みしめていた。
設定解説
【異界流】
この世界で生物が発揮する精神・生命の融合した内的パワー。
その源は次元の力の切れ端。
世界に存在する者達は、存在するというだけで物理的・霊的にエネルギーを持つ。
だが異世界から召喚された者には、この世界に存在する事で持つエネルギーに、元の世界から持ち込んだエネルギーを加えて有する者——いわば二重にエネルギーを持つ者がいる。
当然エネルギー総量は格段に上がり、結果、それだけ高い能力を発揮するという事になる。元の世界ではうだつの上がらない凡人だった者が、短期間の修業で剣の達人や高位の魔術師となれるのだ。
そういった者達が【聖勇士】と呼ばれて重宝されてきた。
それもあってこの時代の召喚魔法は【異界流】をある程度以上もつ者を条件に召喚するよう設定されている。