6 奈落の幻惑者 3
そして舞台は再び「今」へ。
アパーム公国内でも最も辺鄙な地に、その砦はあった。
湖を背にした方形の建物で、近づく者があると水中から巨大な蛇の怪物が何匹も這い出して来る。さらに壁の一部が開き、何基かの砲塔が現れ、光線を撃つのだ。
それらを彩華はほぼ一人で片付けた。
公国最強の白銀級機、サムライの甲冑を纏った人造巨人に乗り、己の技をそれで使う。巨大な刀に青白い光を宿らせ、一閃!
刃から青白い光の斬撃が放たれ、怪物を、砲塔を次々と斬り伏せる。
砦が沈黙するまで、さほど時間はかからなかった。
『おお、流石のお手並み!』
同行している騎士達が感嘆する。
だが彩華は別の事が気になっていた。
(何なの? 何か……私を呼んでいるモノがある?)
——砦の中——
防衛機能を沈黙させたアパーム国の軍は、機体を降りて砦の中へと入った。
やはり魔王軍の兵士達は見当たらない……が、ゴーレムや魔法陣から召喚されるデーモン等、配置型の魔物が次々と行く手に立ち塞がる。
しかしそれらも、彩華の刀で次々と斬り伏せられた。
この世界に来てから身に着けた魔法で以て、彼女は己に様々な魔法をかける。物理攻撃を受ける障壁系、各種属性耐性を強化する防護系、様々なバッドステータスから身を守る抵抗力系。
それらで敵の腕や得物を掻い潜り、毒の爪や牙を退け、様々な魔術を逸らしながら、故郷で習得した古流の剣術を存分に揮った。
鋭い剣、鋭い技……敵は為すすべなく倒されてゆく。
「強い……まさに戦女神だ」
彩華に続いて敵と戦いながら、同行している騎士達が感嘆する。
だが彩華は自分を呼ぶ声がますます近くなるのを感じていた。
(なぜだろう……こっちに何かある、気がする……)
——砦の最奥——
彩華が先導し、着いた所は広大な部屋。
暗い部屋に魔術の光を灯せば、一番奥に浮かび上がったのは……
「あれは、魔王軍の新型機?」
騎士達がどよめいた。
琥珀色の鎧で身を包む人造巨人。その頭部は魚類に似ているが、鋭い牙が口内に生え揃っている。頭の左右には翼を思わせるヒレが飛び出していた。
怪しげな機体を遠巻きに、騎士達は室内を捜索する。
だが彩華は……彼らを他所に、一人、魔王軍が保存していた機体へと近づく。
「いろは様! 大丈夫なのですか!?」
気づいた騎士が声をかけたが、彩華は振り向きもしない。
ただ声だけは返した。
「ええ。私なら……」
奇妙な確信を持ちながら。
騎士達が戸惑いながら見守る中、彩華は機体の足元に着く。
機体の操縦席ハッチが開き、縄梯子が下りて来た。
彩華はそれを迷う事なく掴む。
縄梯子は巻き上げられ……彼女は操縦席の中へ入った。
ハッチが閉まる。
「いかん! 罠か!?」
騎士達が焦り、事ここに至ってやっと機体の足元に駆け寄って来た。
外の騒ぎを他所に、彩華は操縦席を見渡す。
座席の上にマニュアルが置いてあった。
それを手にし、座席に深く腰掛けて、外の騒ぎを黙殺してページを捲っていく。
黄金級機に匹敵する機体を生み出すための実験機。
それがこの機体・Aアビスエルナダハ。
心臓部に使われたのは……復活の秘宝【ケプリケペラ】。それを六つに分けた部品の一つ。
ふう、と彩華は深呼吸する。
(わかる……他の五つを集めろと、この機体が、その心臓部にある欠片が要求している)
操縦レバーを握った。
ケイオス・ウォリアー特有の、機体と一体になる感覚が己の隅々まで広がる。
しかしそうしておきながら、彩華は思っていた。
(けど……私はそうじゃない)
その頃、同行した騎士達は機体の周囲で右往左往していた。
どうすればハッチをこじ開けて彩華を助け出せるかわからないのだ。
そんな彼らへ、通信機ごしに機体内から声が響いた。
『ごめんなさい。行く所ができました』
それは確かに彩華の声だ。
騎士達の返事も待たず、魔王軍の実験機が動いた。
広大な格納庫の壁が動き、隠しシャッターが開く。
その向こうは——湖の水面。
実験機・Aアビスエルナダハは、迷うことなく進み、湖面へ跳び込んだ。
「え、ええ!?」
驚く騎士達の前で、巨体が水中に消える……。
操縦席の中、彩華は感じていた。
機体との一体感が足りないと。
機体の側は操縦者を求めているというのに、彩華にはそれを阻む壁が一枚あるのだ。
彩華は心の中で詫びた。
(ごめんなさい、アビスエルナダハ。でもあなたの兄弟と戦うよりも、どうしても行きたい所があるの)
設定解説
【この世界に来てから身に着けた魔法】
インタセクシルにも「サムライ」という戦士系クラスは存在する。
剣術と魔術を操る、いわゆる魔法戦士の一種だ。
彩華も侍なので、この世界に来た以上は学びさえすれば魔法を習得できる事になる。
何も矛盾は無い。




