1 天界の神鳥 2
前話より、時は少々遡る——。
——地球と呼ばれる世界での、東南アジアと呼ばれる地域の片隅——
蒸し暑い森の中、砦へ近づく敵軍へ、アーロンは機関銃を見舞っていた。
密林の木々が邪魔をして思うように当たらない。それが余計に彼を苛立たせていた。
「クソッ、黄色い猿どもめ! 下等な連中がよくも思い上がる!」
端正な顔が憎悪で歪んでいた。
彼は心の底から敵を憎んでいた。
西洋人が来航したのを切欠にたまたま近代化できた成り上がり者、百年前は科学技術の欠片も持っていなかった、日本人とかいう下等人種どもを。
奴らが自分達に代わりアジアの盟主になろうなどと誇大妄想にかぶれているのが、本当に腹が立って仕方がなかった。
下等な人種は大人しく西欧列強に支配されているのが正しいのだ。
「撤退命令はまだ出ないのか?」
「さあな! 長くもたない事は上もわかっていると思いたいが!」
隣で銃を撃っている自軍兵士同士の会話が、アーロンの神経をさらに逆撫でする。
(逃げるだと? 俺達が、あのモノマネでたまたま成功した低能どもに、負けたと認めろと!?)
それは彼の先進国人としてのプライドが許し難い事だ。
戦況が劣勢なのが頭でわかっていても。
だが丁度、彼の待ちわびた者がやってきた。自軍兵士の一人が、彼に伝えに来たのだ。
「おい、仕上がったぞ。でも本当に出るのか?」
「当たり前だ! そのために修理させたんだ!」
焦りと心配も露わな自軍兵士にそう言うと、アーロンは砦の格納庫へと走った。
——十数分の後——
砦前に設けられた滑走路から、機首のプロペラを回転させて戦闘機が飛び立つ。
本来のパイロットは先日の戦闘で撃墜され死亡していた。だが機体はまだ修理可能だったので、それを急ピッチで仕上げさせ、今はアーロンが乗っていた。
それを迎撃しようと敵の戦闘機が覆い被さるように襲ってきたが、アーロンはすれ違いざまに機関砲を食らわせて撃墜してやった。
操縦席で怒りの声を漏らす。
「一匹残らず駆除してやる……害獣どもめが!」
彼の技量が高い事は、危険な状況で強引に敵機を撃墜した事で証明された。
だが彼が勝利できるだろうか?
結果から言えばできなかった。
目も眩む光芒が操縦席を満たし——アーロンは彼のいた地球から、永遠に消えてしまったのである。
——魔王軍・空戦大隊の砦の一つ——
気が付いた時、アーロンは床に倒れていた。
床に描かれた模様……魔法陣と呼ばれる物の中央に。
「ここは……?」
そう呟いて上体を起こすアーロンに答える声。
「異世界インタセクシル。お前の故郷とは別の世界だ」
アーロンを囲むのは、三角頭巾とローブに身を包んだ者達……彼らは理解し難い事を言っていた。
到底信じられなかったが、それでもアーロンは己の身に起こった事を受け入れるしかなかった。
自分が異世界インタセクシルに召喚された事を。
召喚したのは人間達を攻撃している魔王軍で、彼らは強い傭兵を求めている事を。
——空戦大隊の砦・格納庫——
アーロンは驚愕していた。
格納庫で働く作業員達の大半は人間ではない。肌の色どころか、体型や器官自体が人間と異なる。童話や民話に出て来るような怪物達ではないか。
そして壁際、ハンガーに並ぶ兵器は……
「巨大な人形だと!?」
「この世界の兵器だ。召喚された者は皆、あれを動かす事ができる」
立ち竦むアーロンに、召喚した魔術師が説明した。
生物素材と金属の部品で造られた人工の巨人。
それは乗り物であり、操縦者は機体と一体化して巨大な超人となる。
アーロンの故郷で戦車や戦闘機が担っていた役目を負うのが、この世界では様々な種類の人造巨人……ケイオス・ウォリアーと呼ばれる人間型の乗り物なのだ。
「暗黒大僧正様の率いる、我ら魔王軍。手柄を立てればその中でどこまでも出世できる。この世界の人間どもと戦えば」
魔術師がそう言う頃には、アーロンは衝撃から立ち直りつつあった。
「いいだろう。他に道はなさそうだ」
そう言って頷き、了解の意を示す。
それはこの世界の戦で、現地の住民と戦う事を意味するが……
(我が母国の同胞以外の連中がどうなろうと、俺の知った事ではないしな)
アーロンにとっては己の食い扶持の方がよほど大切だった。
——三年ほど後。別の魔王軍砦——
帰還した部隊が格納庫に入る。
歩兵達も、ケイオス・ウォリアーから降りた操縦者達も、皆意気揚々と血走らせた目を輝かせていた。
彼らは勝ち戦から帰還したのだ。
白銀の鎧を纏った隊長機から降りるのはアーロン。
彼は既に幾多の勝ち星をあげ、魔王軍の幹部……親衛隊に収まっていたのだ。
「マスタールテナント! 向かうところ敵無しですな」
ゴブリンの整備士が愛想笑いを浮かべ、コードネームで話しかけてきたので、アーロンは「フッ……」と傲慢な笑みを返した。
だが彼は現状に満足していたわけではない。
(しかし生温い。もっと組織を活用して真剣に攻めれば、この大陸はとうに魔王軍が掌握しているはず。将が無能なのか)
アーロンがそう考えていた時だ。
格納庫へ駆け込んできたオーク兵が、息をきらせて叫んだのは。
「おおい、大変だ! 海戦大隊に続いて、陸戦大隊まで大隊長がやられたらしいぜ!」
「「「な、なんだってー!?」」」
格納庫にいた者達皆が驚愕し、混乱が場を支配した。
魔王軍と人類側の戦いは、魔王軍が押し気味ではあるが大局的には膠着している。
人類側もできる限りの軍備を整え、異界から戦力になる者達を召喚していた。
中には目覚ましい活躍をする者達も僅かながらいて……魔王軍の誇る四天王の一人は、つい最近、そうした「勇者」の一組を相手に命を落していた。
それがまた一人倒されたらしい。
「なんてこった……四大隊のうち半分が大将をなくしちまったのか」
狼狽えるホブゴブリン兵の呟きを聞きながら、アーロンは考えていた。
(空席がある……という事は、その座に有能な者がつくべき機会だという事だ)
そして一人、ニヤリと笑う。
(ついてやろう。俺がな!)
魔王軍が滅びる、数ヵ月前の事である。
設定解説
【ケイオス・ウォリアー】
魔法仕掛けで動く巨大ロボット。
この世界では人類の技術で作成される製品であり、世界全土に普及している。
その起源は魔法の鎧の作成にまで遡る事ができる。
巨大な鎧に、神の秘宝を動力として組み込んだ物が、この世界最初のケイオス・ウォリアーとなった。
以来数千年。原初の機体を模倣し、神宝を用いずにデッドコピーとして造られた「量産機」が普及し、今やこの世界の国家は多かれ少なかれケイオス・ウォリアーを配備している。
その性能は大まかに分けて三階級。幾多の種類に別れる一般兵用の量産機【青銅級機】、主に指揮官用の高性能なワンオフカスタム機【白銀級機】、原初の機体同様、この世に七つ存在する神宝・神蒼玉を組み込んだ【黄金級機】となる。
黄金級機はこの世界インタセクシルにおける最強の兵器であり、単機で数百・数千の量産機を一方的に殲滅する事も可能。
ある時は勇者の乗る救世主として、ある時は魔王の乗る破壊神として、またある時は覇王達の乗る切り札として……この世界の歴史の節目でも常に絶大な影響を及ぼしてきた。