5 浮世の隠者 3
そして時代は再び「今」へ。
アイルは人の気配の無い基地に乗り込んだ。
(格納庫にはケイオス・ウォリアーが一機やそこらはあるだろう。それを中で自爆させれば、修繕する者もない今、崩壊は必至のはず)
そんな事をして自分が上手く脱出できるかどうかはわからない。
だが失敗して命を落そうと、構う事ではなかった。
ロウグリーン国を守れなかった五年前、王たる己も死んで然るべきだったのだから。
だがその跡地にこのような基地があってはならない。
祖国を滅ぼした敵が、他の地を攻めるための足掛かりなどは。
しかし……無人の通路を歩きながら、アイルは違和感を覚えた。
(基地ではないのか?)
曲がり角の多い通路は迷路のようだ。
宿舎や待機室、武器庫のような部屋も見当たらない。兵士達が駐屯する施設にしてはおかしい。
部屋の一つでゴーレムに襲われ、それを剣と魔術で撃破せねばならなかった。
そして通路の途中で、赤外線視覚により隠し矢の起動トラップを見つけた時、アイルは確信した。
(これは迷宮……魔王軍が何か貴重品を隠した建物だ!)
見当は外れたが、それはそれでやはり許せなかった。
魔王軍の秘蔵品など、他者を害する邪悪な物に違いない。
ならばそれを己が砕いてやろうと、アイルは奥を目指した。
そして途中、配置された魔物どもと戦ううち、アイルの怒りは燃え上がって行った。
魔物どもの中にはアンデッド・モンスターもいた。
その材料は――かつてこの地で暮らしていたエルフの民だったのだ。
朽ちた屍となってもなお弓を引き絞り、己を狙う、エルフの屍で造られたアンデッド・アーチャー。
それを魔術の炎で焼き払いながら、怒りの炎が長い放浪で止まりかけていた心を炙る。
(おのれ! どこまで我らを踏みにじるか!)
かつて民だった不死の魔物どもを打ち倒しながら、アイルは奥へと進み続けた。
そして気づく。
いつの間にか分かれ道の度に、迷うことなく道を決めて前進する己に。
まるで――何かに引き寄せられているかのようだ。
それに気づいた時。アイルは何かの声を、聴いた……ような気がした。
そして前方に立ちはだかった魔物を見て、悲し気に首をふる。
「呼んでいたのはお前だったのか?」
そこにいたアンデッドロード、右手に剣を、左手に禍々しい呪力を輝かせる不死の君主……その化け物にされていたのは、アイルの息子・エルヴァロン=メネルキールだったのだ。
アイルは息子の最期をその目で見たわけではない。
そんなムシのいい事が、と思いつつも、心のどこかでまだ期待はしていた。
万が一の幸運で、息子が生き延びた可能性を。
しかし……
(無駄であったか。頭では、わかっていたつもりだったのだがなぁ……)
アイルは剣を構えた。
剣に魔力を籠める。ミスリルの刀身が青く光った。
全く同じ動きで、アンデッドロードは剣に魔力を籠める。ミスリルの刀身が血のように赤く光った。
アイルは嘆きに満ちた目を敵に向ける。
アンデッドロードの濁った瞳は何も映していなかった。番人として造られた魔物に意志など無いのだ。
両者は同じような前傾姿勢をとり、同時に互いの敵へ駆けだした。
一閃!
全く同じフォームでの斬撃が互いを斬り合う。
胴が寸断され、ごとりと床に落ちた。
アンデッドロードは不死の体を破壊され、呪われたその身の上に引導を渡されたのだ。
アイルは脇腹を抑える。敵の一打で切り裂かれてはいたが、致命傷には紙一重で至らなかった。
父が教えた剣技である。アイルに一日の長があった。
即死でないとはいえ、決して浅い傷ではない。
しかしアイルは治療の魔術も使わず、ようやく解放された息子の亡骸を眺めていた。
通路の壁によりかかる。
(エル。お前の言う通りにしていれば、また違った事になっていたかもしれん)
敵の強さを考えれば、息子の進言通りにしていても無駄だったかもしれない。
だがもしかしたら……今よりは救いが有ったのでは……
滅びを招いた王は、永遠にその可能性を頭から振り払えないのだ。
疑念に、呪われるしかないのだ。
静かに、血とともに、己の体から力が抜けていくのを感じるアイル。
しかし……まだ、奥に引き寄せられる何かを感じた。
(なんだ? 私を呼ぶとは……)
小さく治癒の呪文を唱え、傷を止血する。
そして足を引きずりながら歩き出した。
自分の息子が守らされていた物へと。
そしてついに迷宮の一番奥まで辿り着いた時。
王はまた別の、懐かしい物を目の当たりにした。
「お前もか……!」
設定解説
【アンデッドロード】
高位の魔法戦士が不死の魔物と化したもの。他の下級不死モンスターを統率する立場にある。
生前に習得していた魔術と戦闘技術を用いてくる、極めて危険なモンスター。
他者によって造られた個体には自我や感情は無く、戦闘機械と化して侵入者を殲滅する。だが稀に不死を求めて自らの意思でこの魔物になる者もおり、そうした個体は高い知性と歪んだ野望を持って、配下の魔物軍団を率いて人類に対する危険な勢力を作り上げる。