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Doom Duellists(ドゥーム デュエリスツ)——果てなき希望——  作者: マッサン
第一部 惹き寄せる者達
17/52

5 浮世の隠者 1

これは、命を求めるが故に死を賭した戦いへ踏み込む者達の物語。

ここに五人目——。

 ナーラー国東部の、田舎町そばの山裾で。

 一番近くの村からも少し離れた森の際に、狩人の夫婦が住んでいる小屋があった。

 静かな、都会からは忘れられがちな村を、さらに通り抜けて行った先の家である。

 おおよそ争いとは無縁の夫婦であった。人間ではなくエルフの男女であったが、この世界では特に珍しいわけではない。


 だがその日。

 夫婦に来客があった。


 夫は小屋の前で剣を抜き、客に突きつけていた。

 その構えから腕にかなりの覚えがある事は、見る者が見ればわかる事だ。

 そうして剣を抜きながら、彼は絶望していた。

「お許し、ください……」

 哀れな声で慈悲を乞う。


 対する客もまたエルフの青年。

 長い髪が風にたなびき、男でありながら奇麗に整った容貌。

 それでいて背は高くがっしりした美丈夫であり、男らしさと美しさは矛盾しない物である事を証明している。

 だがマントも革鎧もあちこちに傷があり、くたびれており、彼が長い旅を経て来た事を告げていた。


 客人は腰に剣をさげてはいるが、抜くどころか触れてもいない。

 その切れ長の目で、黙って、静かに、じっと()()を見つめている。

 

 そう、妻もまたこの場にいた。

 夫の背に隠れ、震えている。

 恐怖に。


 夫は武器を抜かない客人へ剣を向けていた。

 そうしながらも青ざめて生気を失い、怯えて震えながら、慈悲を乞い続ける。

「許されぬ事は重々承知。しかし、お許しください……我が君よ!」


 我が君。

 その呼びかけはこの夫が客の臣下にあるという事を示す。


 そして妻が、夫の背から出た。

 夫の前に回り込み、跪いて両手を合わせる。

 そして彼女は涙ながらに訴えた。

「あなた、許してください」


 妻は()()()()()と言った。


 客人は、ようやく小さい声で呟いた。

「五年、か」

 寂しく空を見上げる。

 白々しく澄んだ青空を。

「我らエルフ族にはたいした時間ではない。だが……何もかも失った女と、それを支える事に全てを捧げる男にとっては、十分過ぎたのだな」


 深い、深い溜息を一つ。

 そして客は夫婦に背を向けた。

 静かな、重い足取りで去っていく。


「王よ! お許しを! お、お許しを……」

 夫の方の泣き声が背を追いかけてきたが、客の足は止まらず、振り向く事も無かった。



 客人——エルフの男は、平和を取り戻した田舎道を歩きながら思い出していた。

 燃える森、燃える街、燃える祖国。

 無慈悲な侵略者どもを迎え撃ちはしたが、力及ばず敗れた自軍。

(あの地獄を生き延び、幸せを掴んだ者達だ。今さら死人(しびと)が何を言うものでもあるまいよ)

 生き残った者は極僅か。

 戦乱の中で行方が知れなくなった元妻を探し出すのに、男は五年かかった。

(もっと早く見つけられれば違ったのだろうが。私が死んだと考えて当然であったからな……)

 だが自分の足でたった一人を探すには、異種族の大国は広かった。

 その大国も「元」がつく。男の()()()()、魔王軍によって壊滅したのだから。


 しかしそれでもナーラー国は滅亡の一歩手前で踏み止まった。

 王族は一人を除いて皆殺しにされたが、最後の一人が王座に戻っている。

 魔王軍を討った勇者達の中から特に親しい者が片腕となり、国の再興に尽力している。

 分裂し、以前の栄華はもはや無いが、それでも立ち直りつつあるのだ。帰還した老王ディーヴと、魔王軍との決戦に参加したランという女勇者の元で。


 それは喜ばしい事ではあるが……辛い事でもある。

 完全に滅んで今や誰も住まぬ、男の故郷とは大違いだからだ。

 エルフ国家の一つ・ロウグリーン。森の中の剣と魔術の国は、五年前にこの世から消えたままである。


(それとも、これで良かったのか?)

 ロウグリーン最後の王、敗軍の将アイルスリオン=メネルキールは、生きてはいた元妻と、その護衛を自ら命じた元騎士の事を思い出しながら、そう思った。



――ナーラー国境・南方の山中——



 仲睦まじい夫婦の前から去った後。ロウグリーン最後の王・アイルスリオンはかつての故郷を目指し、山中にいた。

 かつてナーラーと結ばれていた街道は草に飲まれ、もはや誰もその先にいない事を暗に告げている。

(五年ぶりの帰郷か)

 最後の山を越え、アイルの前には焼き払われたエルフ国の街並み――森と調和していた樹上家屋の跡——が見える、筈だった。


 だがアイルの目に映る光景は。

 想像していたよりも許し難い物だった。

(なんだと……!)


 焼かれて拓かれた森……かつて彼の治める国があった場所。

 そこに石造りの砦が建っていたのだ。

 無骨なその砦に刻まれた紋章は――ロウグリーンを滅ぼした魔王軍。


 魔王軍を率いる暗黒大僧正は、既に勇者達に打倒されている。

 だからだろう、砦には生き物の気配は無かった。

 誰もいない森の中、周囲には誰もおらず、窓も全て固く閉ざされている。

 物音も何一つ聞こえない。


 だが、かつてのエルフ国跡にその仇の施設が残っている事に変わりはないのだ。

(我が王国を滅ぼした憎き敵ども。貴様らが滅んでなお、この地で我が物顔とはな)



 戻っては来たものの、アイルに目的は無かった。

 生き別れた最後の家族……妻を連れて戻り、国を再建しようと朧気に考えて流離(さすら)うこと五年。

 それが果たせなかった今、ただなんとなく戻って来ただけだ。


 だが帰郷したこの日、アイルには目的ができた。

 この砦は存在を許せない。

(我が息子エルヴァロン。お前の眠る地からこのような物は消してやる)

 アイルは、五年前に亡くした息子に心の中で誓った。



(アイルスリオン=メネルキール)

挿絵(By みてみん)

人間以外の種族も暮らしている世界なら、当然、そこからも巻き込まれる者はいるだろう。

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