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Doom Duellists(ドゥーム デュエリスツ)——果てなき希望——  作者: マッサン
第一部 惹き寄せる者達
16/52

4 餓鬼道の亡者 4

聖なる力を内に持つ魔性の巨人が動き出す。

ここに四機目。

 リリィが魔王軍残党の砦に連れ込まれてから、遅れて半日。

 山林の間から砦を窺う者がいた。

 姉のイリスである。


 彼女は静まり返った砦に違和感を覚えていた。

 だが意を決すると砦に近づく。


 恐怖に震えながら、木立伝いに扉の一つに。

 そこから薄暗い廊下に。

 途中、いくつもの部屋の前を通って、やがては最奥へ。


 彼女は何にも出会わず、砦の一番大きな部屋に着いた。

「誰もいない? どういう事……」

 首を傾げるイリス。

 しかし彼女は床一面に広がるモノが何なのか、理解して息を飲む。

 薄暗さでよくわからなかったが、血の跡だ。それも床一面に。

 何か潰されたぐちゃぐちゃした物が無数に転がっていたが……それが何なのか、考える事を頭が拒否した。


 イリスは逃げた。

 砦で妹は見つからなかった、それで十分だった。



——イリスの生まれ育った村——



 村に帰りついたのは翌日の事だ。途中で夜になり、安全な所を探して野宿したが故に。

 空腹でふらふらになりながら、イリスは村に入った。


 物音一つしない。何も動かない。

 あちこちに血だまりがある。

 骨と皮ばかりになった人々が倒れている……今度は()()()()()()()()()()()()()、それが屍だとわかった。



(何が、一体!?)

 イリスは頭を抱えるようにして走った。

 自分の家へ。たった一人の家族が待つ家へ。自分の唯一の拠り所へ。



 果たして、家で待っている物はあった。

 爬虫類のような頭の人造巨人が、家の脇に膝をついていたのだ。

 胴体の操縦席は開き、縄梯子が下りている。

「これは何!?」

 仰天のあまり叫ぶイリス。


「おかえり。お姉ちゃん」

 幼い頃からずっと聞き続けていた愛しい声が、家の中から届いた。

 戸を開けて出て来るのは……初めて見る少女。

 自分より僅かに若いが、その容姿は自分や母に似ている。

 精気に満ち、晴れやかな輝くがごとき笑顔……。


 自分を姉だと言った事。着ている物。何かを告げる直感。

 イリスは恐る恐る訊く。

「リリィ、なの……?」

 少女は、元気に頷いた。

「うん。私、だいぶ元気を取り戻したよ。もう、歩けるんだ」

 少女は手を伸ばし、イリスへと近づいてきた。


 と、その足がよろける。


 咄嗟にイリスは手を差し伸べ、妹の体を抱き締めた。

「大丈夫? 横になろう、すぐにご飯を作るから……」

 心配のあまり必死になる姉に、リリィが安堵して体を預ける。

 そして姉の胸で呟いた。

「何があったか、よりも、私のお世話なんだね」


 村の異様な有様は、確かに頭にこびりついている。

 しかしイリスは言った。

「話は聞かせてもらうけど、リリィの体の方が大事よ。当然でしょう?」


 嘘では無い。

 村で何があったか聞く事に、何かあまりに嫌な予感がしているのも、また嘘では無いが。


 リリィは姉の胸から顔を上げた。

 大きな瞳は希望に満ちている。

「体はね。きっと良くなるよ。まだまだ治し始めたばかりだし、今でも本当の芯の部分はダメだけど。でもそれも治せるんだ。方法が有ったの」

 仰天するイリス。

「ほ、本当なの!?」

 そんな都合の良い事があるのだろうか?

 だが妹は確信しているし——姉に、言い聞かせるように、告げた。

「うん。だから私、行かなくちゃいけないの。村には、お金と食べ物を分けて貰うためだけに一度戻ってきたの。皆が嫌がらなかったら良かったんだけど……。まだ半分残してあるから、お姉ちゃんはそれを搔き集めて、町に引っ越して。私もいつか帰るから」


 リリィの言う町とは、村から一番近い田舎町である。

 徒歩では丸一日以上かかる距離の、辺鄙な町だが、村と文明社会を繋ぐほぼ唯一の足場だった。

 そこに()()()()と妹は言う。


 村が全滅した事。

 妹がそれを引き起こした事。

 姉はそれを薄々察した。


 そんな姉が妹に問うのは——

「どこかへ、行くの……?」

 妹の事だった。 


 リリィは頷く。笑顔のままで。

「うん。あの子の兄弟、五つ。全部から心臓を奪えれば、私は一生元気な体になるの」


 イリスは人造の巨人を見上げた。美しい顔を強張らせて。

()()のせいなの……?」

 リリィも同じ物を見上げる。穏やかな笑顔で。

「惹き合うのよ、あの子と私。ここ数日、あの子が私を呼んでるのがわかってた。行きたくても動けなかったけど……連れて行ってもらえて、本当に助かった」



 リリィは連れて行かれたのではない。

 村人に自分を運ばせたのだ。



 妹は姉の体を離し、立ち上がった。

 驚き、思わず訊いてしまうイリス。

「本当に、行くの……?」

 一度頷き、リリィは歩き出す。

 己の乗機へ。

「これで私は元気になれるの。父さんと母さんとお姉ちゃんを、ただ息をするためだけに全部すり減らして犠牲にしてきたけど。でももう大丈夫。お姉ちゃんは()()()幸せになれるよ。私がきっとそうするわ」


 姉は妹の背を見つつ、立つ事ができなかった。

 それでも声だけは出た。

「ダメよ。()()はいけない物だわ。家に戻って、早く」

 妹は真っすぐ乗機へ向かう。止まらない。

 それでも声だけは返した。

「あのベッドに戻ったら、またお姉ちゃんを削って全部使わせるよね。息しかできない私のために。今までそうしてくれて、ありがとう」


 リリィは操縦席から下りている縄梯子を掴んだ。

「一番大切な人を、削って削って、削り尽くさないといけない命……それが私。苦しくて苦しくておかしくなりそうだった。ずっと、ずうっと」

 妹は姉へと振り向いた。

 きらめく笑顔で。

「でも、ちゃんとした命が手に入るんだ。だから行ってくるね」



「ダメ! 行ってはダメ!」

 絶叫するイリス。

 よろめきながらも立ち上がり、リリィを追う。

 だが縄梯子は操縦席へと巻き上げられ——リリィはその中へと消えた。

 ハッチが閉じる。

 人造巨人の眼に光が灯り、立ち上がる。

 そしてグールアンムトは、地響きを立てながら村を出ていった。

 狂乱し、イリスは絶叫する。

「やめて! お姉ちゃんを独りにしないで! リリィ——」



 秘宝を奪い合う者、四人目——病弱な村娘・リリィ。



(リリィ・変化後)

挿絵(By みてみん)

設定解説


【リリィ達の村】


 この村は流罪にされた者が押し込まれて来た歴史がある。

 その中には敗戦の責を負ったナーラー国の将や戦士達もいた。

 その中には異界から召喚された聖勇士達もいた。


 村人の中には、先祖から遺伝でケイオスの強さを受け継いだ者がいてもおかしくはない。

 そういう土壌はある村だったのだ。

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