4 餓鬼道の亡者 3
舞台は再び「今」へ。
数人の村人に運ばれ、リリィは魔王軍残党の砦に連れ込まれた。
森を抜け、山を一つ越え、人類世界に背を向けるような形で山の中腹に建てられた砦へ。
ゴブリンやオーク共の視線を受けながら最奥の大きな部屋に着いた。
ケイオス・ウォリアー……この世界の兵器・人造巨人を、この世界で生まれ育ったリリィは初めて見た。
ワニような爬虫類じみた頭部に豊かな鬣。琥珀色の鎧を纏った屈強な体型。人の十倍に達する巨体。
それの開発者、白衣を着た男が狂気じみた目で機体を見上げていた。
「なぜこの機体が勝手に目覚めたのかわからん。わかるまで調査せねばならん。先ずはその娘を、使える所まで使ってな」
そう言ってリリィをちらと横目で見る。
道具を見るのと同じ、冷酷な目だ。
しかしリリィは人造巨人を魅入られたように見上げていて、白衣の男……元魔王軍の親衛隊員・マスタードゥラの視線も声も気づいていないかのようだった。
リリィは金属の球がついた首飾りを着けさせられた。
これは遠隔の自爆装置であり、マスタードゥラが手元のスイッチを押すと小さな——装着者に致命傷を負わせはするが、操縦席を破壊はしない程度の——爆発を起こす。
「妙な気を起こさず、我らに従え」
自爆装置の説明を受けてからそう念を押され、リリィは人造巨人の操縦席に座らされた。
——ハッチが閉じた操縦席内部——
操縦席の中が闇と化した。
リリィは自分の中に強く固い塊が侵入してくるのを感じる。己の奥底がそれと繋がり、受け入れた。
その塊の中心に何かがある。
それは——リリィの、遥か昔にひび割れて捩れたか細い芯に、じっとりと熱いモノをどくどくと注ぎ込んできた。
かさかさの唇を僅かに開き「あぁ……」と声を漏らすリリィ。
ぼんやりと虚ろな目に、モニターに映る文字が見える。
Aグールアンムト……それはこの機体の名前だった。
——格納庫内部、実験機に接続された幾多の機器の前——
マスタードゥラ、魔王軍の残党兵、リリィを連行してきた村人達。
彼らが見守る中、機器を操作している兵が声をあげた。
「……操縦者、生きているようです!」
頷くドゥラ。
「うむ。やはり異界流レベルの潜在力が問題か。操縦者の資格なしと判断したら抹殺するのだな。そんな機能をつけた覚えは無いのだが……まぁ予想外の事を洗い出してこそ実験機の価値があるのかもしれん。ともかく、あの村があった事は僥倖だった」
彼は周囲の兵達に声を飛ばす。
「各種データをしっかりとっておけ!」
「了解でさあ!」
返事を聞いて、ドゥラは操縦席に通信を送った。
「よし、小娘。聞こえているな? どこかを動かしてみろ!」
Aグールアンムトは動いた。
頭を振り回すと、鬣の間から無数の触手が飛び出す。先端に牙の生えた口の開く、環形動物のような触手が!
それらがアンムトの足元……魔王軍へと降り注いだ。牙は兵士達に噛み付く。
血飛沫の中、兵士達の断末魔があがった!
見る間に兵士達は萎び、骨と皮ばかりとなり、床に崩れ落ちて二度と動かなくなる。
「い、いきなり反逆だとぅ!?」
機器の前にいた兵士が悲鳴のような声をあげた。
怒りに震えながらマスタードゥラが自爆装置を起動させる。
「愚か者め! 死ね!」
操縦席からの爆音が微かに聞こえた。
触手の動きも止まる。
だがそれも一瞬。
足元の兵士どもを皆殺しにした触手どもは、床を這うようにして機器類の方へと向かってきたのだ!
混乱の中、ある者は武器を振り回し、ある者は悲鳴をあげて逃げる。
それらが次々と触手に吸い殺される中、ドゥラは怒鳴った。
「馬鹿な! あの小娘は確実に死んだ筈!?」
すると機器の一つに設置されたモニターが点灯する。
映ったのは、操縦席内部のリリィ。
彼女は虚ろな幻のごとき微笑みを見せた。
「この子が私を助けてくれるのよ。私はこの子を動かせるから。それをこの子もわかって、私を呼んでいたから」
胸の衣服は焦げて破れ、痩せこけた胸の谷間が露出していた。
自爆装置によって穿たれた筈のそこには、痛々しい傷跡こそあったが……傷そのものは塞がっている。
「なぜ動いたのか……よね。この子の兄弟が目覚めたの。だから同じ魂を分けて生まれた兄弟達も、皆いっしょに目覚めたわ。目覚めて、自分を動かせる人を求めたの。動かせる資格をもっていて、一番近くにいる人を……」
その肌に、髪に、どんどんと艶が出て来る。
「この子には私なの」
躰に肉がつき、瞳に生気が満ちていった。
「ああ、いい子。こんなにいっぱい喋る事ができる。動ける。息が苦しくない。ずっとずっと、元気が欲しかった。思った通りの素晴らしいモノだわ」
途中からマスタードゥラは聞いていなかった。
触手に精気を吸われて次々と死ぬ兵士達を尻目に、格納庫の片隅にある別の機体へと走った。
己の乗機、白銀級機・Sサージカルオペラチオンへ。
「それは我々の物だ! 返せ!」
怒鳴りながら白衣の医師がごとき機体で掴みかかるドゥラ。
機体は両手に鋭利な短剣を抜く。
それにグールアンムトは巨大な顎で噛み付いた。
二振りの短剣がアンムトを刺し、顎がオペラチオンに噛み付く。
相打ち——に見えたが、すぐにオペラチオンは震え、短剣を落した。
操縦席でマスタードゥラは見た。
機体のエネルギーがありえない早さで失われていくのを。
否、吸収されていくのを!
モニターにリリィが映る。
姉にも劣らぬ美貌を得て、無垢にさえ見える笑顔で。
「我々なんて、もう、いないクセに」
残党になっても担当した新型機の開発に心血を注ぎ、完成させれば己が組織を再生させる事も夢ではないと信じていたマスタードゥラ。
今わの際に聞かせるには、彼にとって最も残酷な言葉だった。
ゼナや聖輝がなぜ機体にたどり着けたのか。
それもこの回のリリィの言葉でご理解いただけると思います。
設定解説
【Sサージカルオペラチオン】
白衣を着た医者のような外見の白銀級ケイオス・ウォリアー。名称の「S」は白銀級を示す記号。
メスのごとき短剣は薄さと切断力に特化しており、敵機の装甲の隙間に容易に入り込んで切り落とす事ができる。
修理装置を備え、他の機体を現場で応急修理する事も可能。