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Doom Duellists(ドゥーム デュエリスツ)——果てなき希望——  作者: マッサン
第一部 惹き寄せる者達
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4 餓鬼道の亡者 2

憐れな寒村の、憐れな娘の過去。

 異世界インタセクシル。剣と魔物、神々と人造巨人の存在する世界。

 この世界には魔法もある。

 その中には傷を癒し、病を治療し、死からの蘇生を可能とする物まである。


 だが魔法は知識であり、技術であり、才能を必要とする。

 当然、人の少ない地域では術者も少なくなる。



 旧ナーラー国圏内の外れにある、寂れた田舎領主の国の、一番の端。

 その向こうには険しい山の峰が延々と続くだけの、小さな村があった。

 訪れる者もほとんどない寒村である。流刑になった者が時折移住させられる僻地である。

 治療の術どころか魔法を使える者自体がほとんどいない過疎地だった。



 リリィはそこに産まれた娘である。

 両親は農夫、姉が一人。皆が彼女の誕生を喜んでくれた、貧しいながらも優しい家庭であった。


 だが一家の幸せには、リリィの誕生のすぐ後から影がさし始める。

 リリィは生まれてすぐに大病を患ったのだ。

 容態は絶望的で、家族の皆が涙にくれた。

 しかし、リリィは奇跡的に生き延びた。



 後遺症で、全身に重度の麻痺が残ってしまったが。

 首と二本の腕はかろうじて動くが力は入らない。

 足腰に至ってはまるで言う事をきかず、立つ事さえできなかった。



 寝たきりの子を抱え、両親は一生懸命働いた。姉のイリスは動けない妹の世話を、真心をこめてし続けた。

 この世界には治療や回復の魔術がある。達人級の術者が高度な魔術を使えばどんな体でも治る。

 無論、それには高額の報酬が必要となるだろうが……逆に言えば金さえ用意できれば希望はあるのだ。

 貧しい村の農夫が大金を貯めるため、村の中でもなお質素な暮らしを求められはしたが……一つの想いで結ばれるという点では、この家族はまだ幸せではあった。


 家族の団結を、リリィはベッドの中で動けないままずっと見てきた。



 だが運命はこの家族を見放したようだ。

 暗黒大僧正率いる魔王軍が人類へ攻撃を始めた。

 この寒村の側にも彼らは魔の手を伸ばし、砦を建設し始めた。

 当然、領主は軍を差し向けたが——呆気なく敗れ、この地域は魔王軍の勢力下にはいった。


 大した力も無い地方領主である。元々軍はさほど強くない。

 だから戦力を補うために、この村からも徴兵されていた。ただ領主も道理を弁えてはいたので、報酬は出した。

 金になる事と、魔物どもが近くに住み着く事への忌避感。それ故に村人達は徴兵を嫌がらず、正規軍の手伝いぐらいなら……と竹槍と簡素な革鎧で武装して、むしろ積極的に徴兵へ応じていた。

 その中にはイリスとリリィの父もいた。


 それが敗れたのである。

 負傷者は数えきれず、死者も多数。そしてその多数の中には……イリスとリリィの父もいた。


 父の訃報を、リリィはベッドの中で動けないままイリスから聞いた。

「お父さんが天国に行けるようお祈りしようね」と、イリスは泣きながら妹の手を握って繰り返した。



 領主の軍が撤退するのを見送り、村人達は村を捨てるしかないかと考えさえした。

 しかし……意外にも、魔王軍は砦を完成させる前も後も、村へは過度の干渉はしてこなかった。

 領主へ治める税より重い貢物を要求はしたし、逆らう者や砦に近づいた者に容赦はしなかったが、略奪したり村を焼き払ったりはしなかったのだ。


 結局、村人の大半はそのまま残った。

 貧しい村ではあるが、ならば宛てもなくどこへ逃げるのか……と考えると、現状を受け入れる方がまだ楽だったのだ。


 リリィの家族も村に残った。

 寝たきりの彼女を連れて、宛てもない逃亡などできるわけもないからである。


 その決定を、リリィはベッドの中で動けないままイリスから聞いた。

「三人で一生懸命がんばろうね」と、イリスはリリィを励ました。



 母は再婚もしなかった。

 動けない連れ子がいても受け入れてくれる男性は、この村にはいなかったのである。

 二人の子を養うため、例え少しずつでも治療の金を貯めようと、母は朝から晩まで野良仕事に出続けた。


 やがて体を壊し、倒れ、没する事になるまで。


 母の訃報を、リリィはベッドの中で動けないままイリスから聞いた。

「だいじょうぶ、私がいるよ。ずっといるよ」と、イリスはリリィの頬に触れて見つめていた。



 この頃になると、姉のイリスも働ける歳にはなっていた。

 もはやリリィの体を治すだけの金を貯めるのは絶望的だったが、姉は二人が食べるのにギリギリの小さな畑に出ては、帰ってから妹の世話をする生活を続けた。

 そんなリリィは、ベッドの中で動けないまま、ある日の夜……家の外で話す声を聞いてしまった。


『二人で村を捨てよう。算段が付いた……シークさんの所で上手くやっていけるチャンスが、今だけはあるんだ』

 村の若者の一人だった。訪れる数少ない行商人と懇意にしている者だった。

『私にもあなたにも家族がいるのに?』

 イリスがそう訊くと、青年は答えた。

『ああ。老人や病人と共倒れしたくはないだろ』


 そんな彼に、イリスは『ふふっ』と——白々しく——笑った。

『私が貴方の家族になっても、邪魔になったらすぐ捨てられそうね』



 翌朝。

 リリィが目を覚ますと、イリスはいつもの笑顔で「おはよう」と声をかけてきた。

 ただいつもと一つだけ違ったのは……優しく、リリィを抱いた。

「大丈夫。ずっと一緒だからね」


 リリィはベッドの中で動けないまま、姉の愛撫を受けていた。

設定解説


【この村からも何人かが徴兵されていた】


 巨大ロボットが兵器として実用化されている世界ではあるが、乗るに必要な力(最低限度レベルのケイオス)を持っているのは住民の半分程度。

 だが現代地球の歩兵にあたる仕事も当然あるので、ケイオス・ウォリアーに乗る事ができなくても兵士として役立たずというわけでは無い。

 よってこの世界インタセクシルにおいても、騎士は剣と乗馬を訓練し、魔術師は破壊・戦闘の魔法を覚え、農民は竹槍と多少の防具を常備して戦争時には足軽となり、魔王軍はゴブリンやオークに棍棒を与えるのだ。

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