3 獣道の猛獣 2
旧ナーラー国圏を、かつての主を探して放浪する騎士・セイキの過去。
(青春とは灰色と見つけたり……)
高校生・待田聖輝は校門を出た……視線をやや下方に落としながら。何故かというと、前方に楽しそうなカップルが歩いていたからだ。
そんなキラキラした奴らからは目を逸らしながら下校。独りで真っすぐ帰宅する。
鞄を床に置くと、着替えもせずにベッドに転がり、スマホでアニメを見始める。
異世界に転移した主人公が無敵のパワーを得てどんどん嫁を増やしていく作品だ。
(ホント、ご都合主義ってヤツ)
批判めいた事を考えるクセにわざわざ見ているのは、結局、そんな作品が好きだから。主人公よりも、お気に入りの声優嬢が演じているヒロインの一人へ注視して……
……いるうちに、強烈な光芒に包まれた。
——ナーラー王城——
光が収まった時、聖輝は自分が石造りの部屋にいる事に気付いた。
床に描かれた紋様……魔法陣の中央に寝ころんでいる。
「ここは……?」
困惑しながら身を起こしてから、周囲に人がいる事に気付いた。
豪華な刺繍の施されたローブを纏った気難しそうな老人が、険しい目を聖輝に向け、厳しい声で告げる。
「お主の戦場となる世界だ」
自分が見ていたアニメと同じ事が己の身に起こったと理解するのに、少しばかり時間がかかった。
——ナーラー国軍訓練場——
兵舎前での走り込みの途中だったが、聖輝は荒い息を吐きながら膝をついた。
その日は天気が良く、太陽が照り付けていた事。帰宅部で体力作りとは無縁だった事。革とはいえ鎧をつけての訓練である事。聖輝にとっては辛い要素ばかりで、とても耐えられた物ではなかった。
「何をしている! 弛んでいるぞ!」
部隊長が怒鳴る。一緒に訓練している十人ばかりの中、へたり込んでいるのは聖輝だけだ。だから部隊長には怠けているように見えるのかもしれない。
(勝手な事を!)
内心、反発する聖輝。
勝手に召喚されて厳しい訓練を強いられては、従順になどとてもなれない。
だが他に行く宛てもない彼には、面と向かって逆らう度胸も無かった。
のろのろと身を起こそうとし……
「おやめなさい。私達の勝手で呼んだ方々です。お世話になるのはこちらなのですよ」
声だけで「綺麗だ」と思ったのは、生まれて初めてだった。お気に入りの声優嬢にだってそんな事は無かった。
顔をあげると、薄緑のドレスを着た少女が、長い髪を風にそよがせながら立っていた。
ゴテゴテした装身具など身に着けていないが、唯一頭に輝くティアラにはナーラー国王族の家紋が意匠されている。
「申し訳ありません」
部隊長は少女にいっさい意見する事無く頭を下げる。
そして少女は……聖輝に近づくと、その目を優しく向けて、身を屈めて声をかけた。
「ごめんなさい。私達も追い詰められているのです……と言っても、貴方には本来関係ない事ですね。せめてしてもらうお仕事に見合った報酬を用意させていただきます。我々を助けてください」
「は……い」
そう応えたものの、聖輝の頭は何も考えていなかった。
理不尽極まりないこの状況で、自分を優しく庇ってくれた少女に、ただ見惚れる事しかできなかったのだ。
その少女が第四王女・エルミオネ姫だという事は、その日のうちに人に訊いて知った。
——ナーラー王城・中庭——
涼しいそよかぜの吹く天気の良い日。
エルミオネ姫は皇騎士の団長と庭園で会う事になっていた。新人皇騎士が姫の護衛に加わるので、それを紹介してもらうために。
姫が従者とともに庭園へ入ると、団長が若い騎士を連れて待っていた。
「彼の名はセイキ。この世界に来て半年にならぬ聖勇士ですが、腕の方は既に我が騎士団でも屈指のものです」
団長にそう紹介され、まだ少年と言えそうな騎士が一礼する。
彼を見て、姫は僅かに戸惑った。
「あら? どこかで……あ」
しかしすぐに思い出したようだ。
「まぁ、見違えました。すっかり逞しくなったのですね」
姫の言う通り、聖輝は精悍に鍛え上げられていた。
時空のエネルギー・異界流はあらゆる能力を底上げし、召還された聖勇士はそれを高いレベルで有する者ばかりである。それは聖輝も同じ事。
彼は本気で鍛えた数ヶ月により、腕は十数年来の達人の域に達している。
そして彼を本気にさせたのは——エルミオネ姫との出会いである。
「は、はい。私が全力でお守りします」
表向きは落ち着いてそう言いながら、内心、聖輝は歓喜していた。
(俺を覚えていてくださったんだ!)
ただ一度会っただけで、まともな会話も無かったのに姫を忘れられなくなっていた聖輝にとって、これは姫への想いをさらに燃え上がらせるに十分だった。
歳が近い——姫が一つ上なだけだ——二人は、当たり障りのない話なら気軽にできる程度の仲にはすぐになれた。
聖輝のいた地球の事、姫が教えてくれるこのインタセクシルの事。
他愛ない世間話ではあるが……聖輝にとって、生き甲斐とも言える時間だった。
——ナーラー国壊滅の日——
魔王軍の大部隊が急に国内に現れ、王都を強襲する。そんな事が起ころうとは、誰も予想できなかった。
しかしそれは起こり——準備のできていなかったナーラー軍は極端な劣勢。王族は都を脱出し、極秘ルートで隠し砦への避難に追い込まれた。
だがしかし。
森の中の川辺で行く手に立ちはだかる物があった。
ケイオス・ウォリアーと同じサイズの、人型の機体ではある。
だが全身のどこにも金属らしい部分が無い。
体を覆う装甲は全て、巨大昆虫か節足動物の甲殻を利用した生体鎧である。
その全身を補強しているのか、縛るかのように蔓のような紐が巻き付いていた。
頭部は……まるで根が絡み合ったようで、顔らしい物は無い。
「何者だ!」
先頭にいた皇騎士団長が問うと、各機のモニターに相手の顔が映った。見覚えのある者が多数いる顔が……。
「ディーア様!?」
問うた騎士団長が驚愕する。
相手はナーラー王族第一王女だったのだ。
『ええ、そうよ。久しぶりね……』
第一王女・ディーアは微笑む。
冷たく、見下すような目で。
『ではさようなら』
優れた魔法戦士でもあったこの王女が、魔王に心身ともに浸食されていた事など、その場にいる誰も知らなかった事だ。
正体不明機が片手を上げると、無数の流星が降り注いだ。
超高熱の熱線が。
王族の乗る小形の陸上艦へ、それを守る騎士達が乗るケイオス・ウォリアーへと。
完全に予想外の事に、誰も対応できなかった。
流星の範囲内にあった物は全て焼き砕かれて粉々になった!
中にいる者が助かろう筈もない。
聖輝のケイオス・ウォリアーは第一撃の範囲外にいた。その後ろの小型艦にいるエルミオネ姫も。
思考が追いついてはいなかったが、聖輝は乗機に斬りかからせた。第一王女がどういう状態にあるか、本物か偽物かもわからなかったが……エルミオネ姫にとって脅威である事だけは確かだったからだ。
皇騎士として与えられた白銀級機。ナーラー国の機体でも最上位の高性能機。巨大な騎士が渾身の一撃を見舞う。
その一撃は——正体不明の敵機の、腕一本で受け止められた。
次の瞬間、またも流星が降り注いだ。
背中からの衝撃に吹き飛ばされる機体の中、聖輝は見た。
自分と共にいた者達の最期を——。
この襲撃でナーラー国の王族はほぼ全滅。
唯一生き残った天王ディーヴも外国の一都市に隠れ、ナーラーは短期間とはいえ統治者不在の期間を過ごす事になる。
それもまたこの国の立て直しが遅れる一因となった。




