公爵令嬢の復讐話
わたくしは、公爵令嬢
あんな平民の泥棒猫なんかに負けない!負けるはずがない!! だって、わたくしの方が美しいんですもの。
あの女よりずっとずっと美しくて可愛いわたくしが負けるわけが無いのですわ!!
「……うふっ」
ああ、なんて気分が良いのかしら? この学園で、一番素敵と噂されている殿方がわたくしを見つめているだなんて。
こんな事ってあるかしら? まるでおとぎ話みたいじゃない。
ねえ、そうでしょう? 王子様?
「…………」
わたくしは思わず笑みを零してしまいました。
ああ、本当に素敵ですわね。
この学園で一番のイケメンである王子様に見つめられるだけで幸せを感じますわ。
まあ、そんなに見つめないでくださいまし。
恥ずかしくなってしまいますわ。
「……貴様か?」
あら?何かしら? 王子様が急に険しい表情になりましたわよ? どうしたと言うのかしら? もしかして、わたくしがあまりにも可愛くて見惚れてしまったのかしら? だとしたら嬉しい限りですわね。
でも、どうして王子様はあんなにも怒っているのかしら?
「……おい、お前」…………えっ?
「その髪は何だ?」
はい? 髪? 髪と言いますと、髪の毛の事でしょうか? それがどうかなさいまして?今までは、陛下と王妃様から髪の色を隠すように命じられて色を変えていただけですわ。
「何だ、その不愉快な色の髪は!!普段も何を考えている不気味だが、今日は一段と気色悪い!」
不愉快な色!?それは一体どういう意味なのかしら? まさか、わたくしの色を侮辱しているのかしら?この髪の色の本当の意味を知らないなんて、
「ふざけるな!」
きゃあっ!? 何をするのかしら!? 突然王子様がわたくしを突き飛ばしてきましたわ! 一体どういうつもりなのかしら? それにしても、いきなり暴力を振るうなんて酷い人ですわね。
こんな事をして許されると思っているのかしら? 許せないわ。
「貴様の様な奴はこの国には必要無い!」……えっ? ちょっと待って下さいまし。
今、何とおっしゃいましたの?「この国から消え失せろ!!」
き、消える? それってもしかして……死ねと言っているのかしら? そ、そんな……。
いくらなんでもあんまりではありませんこと? わたくしが何をしたと言うのですか!?
「お前など生まれて来なければ良かったのだ!」……はい? 生まれて来なければ良かったですって? 何を言っているのかしら? この人は。
まるで意味が分かりませんわ。……いえ、よく考えてみれば分かることでしたわね。
そもそもわたくしが悪いんじゃありませんわ。
悪いのは全てあの女なのですから。あの泥棒猫さえ居なくなれば何も問題は無いのですわ。
そうよ。そうに違いないわ。
だったら答えは簡単じゃありませんか。
あの女を殺してしまえば良いだけよ。
そして、わたくしが一番になればいいだけの話じゃない。
さすがはわたくし。名案を思いつきましたわ。
そうと決まれば行動あるのみですわ。
手始めに、あの女の取り巻き共を殺すとしましょうか。
でもまずは、いまこの場から悟られずに下がらなければいけませんわ。
わたくしの髪の色を侮辱したことを必ずや後悔させてやりますわ。
あの下賤な女と目の前で喚いている馬鹿な男にね。
覚悟しておくといいわ。
ーーーーーー
教室に戻る気分にもなれず、屋敷へと戻ろうと迎えの馬車まで歩いていると、
「……」
「……どうしたんだい?」
「……何でも無いわ」
私はそれだけ言うと歩き出した。
すると、いつのまにか隣に居る幼馴染が私を心配した様子で話しかけてきた。……正直鬱陶しいのだが、それを顔に出さずに平静を保つことに成功した。
「本当に大丈夫かい?具合でも悪いなら保健室まで付き添おうか?」
「……結構よ。大した事ではないから気にしないで頂戴」
心配してくれるのは有難いが、今は放っておいて欲しかった。
「そうか。それなら良いんだけど、何かあったら遠慮せずに言ってくよ?レティは、僕の大事な幼馴染なんだからさ」
「……分かったわ」
この軟派な男は我が領地の隣接している伯爵家の子息で、幼いころから何かとわたくしの世話を焼きたがる男だった。
小さい頃から、レティ、レティ、と名を呼ばれ甲斐甲斐しく世話を焼く男とてっきり結婚するものだと思っていたわたくしだが、お父様の考えは違った。
7歳の時、先ほどわたくしに暴言を吐いた男との婚約を突然決めてきた。
わたくしは、家のために政略結婚で生涯を終える覚悟が、あったから了承したもののこの男は違ったようだ。
婚約が決まったと告げると、一瞬顔を歪めその後何事もなかったかのように笑顔で
「おめでとう」と告げてきた。
その日から、この男は人目のある所では私に話しかけなくなった。
これ以上話す事も無いのだから当然だろう。
「……ねえ、貴方は知っているのかしら?」
「えっ?何か言った?」
「……いえ、何でもないわ」
「そう?それなら良いけど……」……この男は知らないのだ。
わたくしとあの男がどれだけ醜い争いをしているかを。
婚約者でありながらも、お互いを貶める事に躍起になっている事を。
「それより、早く帰りましょう?今日は、わたくしの屋敷に来る約束でしょう?早く行かないと日が暮れてしまうわ」
「そうだね。そろそろ行こうか?」
わたくしは、この時まだ知らなかった。
自分がとんでもない過ちを犯してしまったことを。
まさか、あんな事になるなんて思いもしませんでしたわ。
「あら?これは一体どういうことなのかしら?」
わたくしは、目の前に広がる光景を見て思わず笑みを浮かべてしまいました。
だって、とても面白いんですもの。
私を侮辱したあの男の愛しい愛しい女が傷だらけ倒れているんですもの。
「……っ!お前がやったのか!?」
「何を言っているのかしら?わたくしは何もやっていませんわよ?」
騒ぎを聞きつけた王子がわたくしに詰め寄ってきます。
まったく何て失礼な人なんでしょうか?
「……貴様の仕業だな?」
「ですから、わたくしは何の事かさっぱり分かりませんわ。それよりも王子殿下、わたくしに何のご用でしょうか?」
こんな汚い場所に長くいたらわたくしの評判まで落ちてしまいますわ。
「貴様!しらばっくれるつもりか!?」
「……?わたくしは、屋敷に帰るところだっただけですわよ?」
「嘘をつくな!」
「……うふっ」
ああ、おかしい。
どうしてこんなにもおかしくて仕方が無いのかしら?
「……うふっ、あははは!」
「何を笑っている!」
「……いえ、別に?ただ、あまりにも可笑しいと思っただけですよ?」
「ふざけるな!」
「ふざけているのはどちらですか?わたくしが何をしたと言うのです?証拠はあるのかしら?無いのならばあなた方こそ、わたくしを犯人扱いするのは止めていただけないかしら?」
「……」
「だんまりですか?なら、わたくしはもう帰っても良いかしら?この後予定がありますのよ」
「……おい、待て。レティシア!10年もの婚約期間の長さに加えて、厳しい王太子妃教育に免じて内々に打診しようとしていたが、もう我慢ならない!今ここで宣誓しよう!お前との婚約を解消する!即刻我が国からでていけ!」「……はい?」……いまこの男は、わたくしに一体何を言ったのだろうか? 理解出来ない。
この男は、一体何を言い出すというのだろう。
「聞こえなかったか?ならもう一度言ってやろう。お前との婚約を破棄すると言ったんだ」
婚約を……破棄……? それはつまり、わたくしとこの男の縁を切るということなのだろうか? でも何故?
「……理由をお聞きしても?」
「ふん、そんな事も分からないとはな。やはり、頭の出来が悪いらしい。いいか、よく聞け。俺は、フローラと婚約する事にした。よって、お前との婚約を破棄するという訳だ。分かったか?」
傷だらけの女の肩を引き寄せながら馬鹿な王子は馬鹿な事を叫んだ。
「……ええ、わかりましたわ。そういう事でしたら、喜んでこの国から出ていきましょう」
「ふん、最初から素直に出ていけば良かったものを。まあいい。さっさと荷物をまとめて出て行け。二度とこの国に足を踏み入れるんじゃないぞ。まぁ、その髪の色を見た我が国の国民は、お前を助けることはしないだろうがなっ!」
「言われなくてもそうしますわよ。では、さようなら」
そう言い捨てると、わたくしは振り返らずにその場を後にした。
「ねぇ、レティ。本当によかったの?王子のこと好きだったんじゃないの?」
「えぇ、そうよ。わたくしは、あの人の事が大好きだったわよ。だって、この国の王子よ?わたくしの横にはふさわしい地位の男がいるべきだわ。だからこそ、わたくしはあの人を絶対に許さない。あの女にも地獄を見せてあげないと気が済まないわ。それに、わたくしに恥をかかせて、この美しい髪を侮辱した罪は重いのよ。……必ず後悔させてやるわ」
「……そっか。それじゃあ、僕も協力するよ」
「ありがとう、ロディ。貴方は、わたくしの大事な幼馴染よ」
「こちらこそ、よろしくね」
「ええ」
こうしてわたくしは、この国から追放された。
そして、あの女とあの男に復讐するために動き出した。しかし、驚いたことにわたくしの幼馴染は隣国に出国するわたくしについてきたのだった。
「ロディ、家のことはいいの?あなた跡取りでしょう?」
「いいの、いいの、俺のレティが困っているときは、助けないと。俺たち幼馴染でしょ?」
「まぁ、あなたが納得しているなら、かまわないけど、わたくしはあなたが廃嫡されてもたすけませんわよ?」
「わかってる。レティに迷惑はかけないよ。安心して」
この男を昔から何を考えているかわからない男だった。
◆◆◆
まずは、あの女の取り巻きを一人づつ潰していく事にした。
あの女の取り巻きは、あの女を聖女のように崇めていた。聖女のような女を国一番の地位を持つ王子が結婚をする。
そんな幸せな二人を祝福する私たち。
あの女の取り巻き達は、馬鹿で扱いやすい女ばかりだった。
自分たちよりも少し身分の高い、見目麗しい男を近づけるとあっ去り陥落した。
男に甘い言葉をかけられて、あなたが欲しいを告げられればすぐ股を開く。
そんな馬鹿な女たちだった。
殺すよりいいかもしれない。結婚するまで、処女であることが何よりも大事なこの国で未婚でありながら股を開く。
自分達で破滅に向かっているようなものだった。
案の定、王子とあの女との婚約が決まったと同時に彼女たちは全員姿を消した。
どこからかの密告で、王子の新しい婚約者のご友人たちは、身分不相応な行動をしているという情報が王家にはいったらしい。
即日、実家から勘当を言い渡され、修道院に行くもの、平民に落とされたもの、姿を消されたもの、散々な終わり方なものたちばかりだった。
「これで邪魔者はいなくなったわ」
「そうだね」
「次は、あの男だけど……。どうやって痛めつけてやろうかしら?」
「そうだなー。あいつはプライドが高いから、自分の手で苦しめてやりたいよね」
「ふふふっ。それも楽しそうですわね」
「でも、それだけだと面白くないよね?」
「……確かに。できるなら、自分の愛した女に破滅させられていくところがみたいわ。」「じゃあさ、こういうのはどう?フローラに嫉妬させようよ」
「……それは良い考えだわ。でも、どんな手を使うつもり?」
「フローラを嵌めるんだよ」
「……なるほど。確かに、それが一番手っ取り早い方法ですわね。……で?誰にそれをさせるつもりで?」
「……もちろん俺だよ」
「……あなたが?」
「うん、俺がフローラを惚れさせてくるよ。それでフローラを陥れるんだ」
「……それで?その後は?」
「その後?……ああ、別に何も考えてないよ。かわいいレティ。
そのあとは、レティの好きにしたらいいよ。殺すでもいいし、娼館に落とすでもいいし。考えておいて。」
「わかりましたわ。では、あなたは一度祖国に帰国するのね?」
「うん。一か月ほどレティの傍を離れるね。一か月後、いい報告を期待していて。」
「気を付けていってらっしゃいまし、馬鹿な男ですが、あの男は腐っても王太子です。ロディも足元をすくわれないように、ですわ。」
「うん。わかったよ。レティありがとう。」
ロディは、それから本当に一か月後レティの前に姿を現した。
しかもなぜか王族でしか所持を許されていない、王家のマントを着て。
「ロディ!その姿は一体……」
「レティ、ただいま。俺は、今この瞬間をもって、この国の王になったよ。だから、この国をレティにあげる。好きにしていいよ。」
「え?どういうこと?意味が分からないわ!」
「ふふっ。混乱するレティも可愛いね。大丈夫、すぐに分かるよ。」
「ロディ?」
「ねぇ、レティ。俺と結婚してくれる?ずっと君を愛しているよ。」
「……ロディ。説明が先にしてちょうだい。わたくし何が何だか訳が分からないわ。」
「もう。レティ、俺の一生に一度のプロポーズを足蹴にするなんて、仕方のない人だ。わかったよ。じゃぁ、今から説明するからちゃっちゃと聞いてね。それが終わったら、俺のプロポーズに、ハイって答えるんだよ。わかったね。」
「ええ。分かったわ。」
「まずは、この国の事なんだけどね、この国はね、一夫多妻制なんだ。知ってる?知ってるよね。王子の婚約者だったんだもんね。この国ではね、国王だけは複数の正妃を娶ることが認められているんだ。そして、それぞれの妃には、子供を作るための義務がある。これは、知っているよね?」
「ええ。それぐらいは、わたくしだって知っていたわ。この国に生まれた女として当然の知識よ。」
「うん、さすがレティだね。でね、この制度には続きがあってね。国で一番最初に生まれた子は、第一王妃の子として認知される。そして二番目は第二王妃の子として扱われる。三番目以降は、正室、側室、側室の順番で扱われていくんだ。ここまでは、わかる?」
「……つまり、あなたは王族だったってこと?」
「そう、正解。俺は、この国の王の血筋を持つ王子様だよ。……で、ここからが本題。俺は、この国が、嫌いなの。だからレティの復讐を利用して王の座に就いたって訳、嫌いになった?」
「……なるほど。そういうことでしたか。……なるほど、なるほど。それは、とても面白いですわね。……ふふっ。……うふふふふふっ。あはははっ!!!!なるほど、そういう事でしたか。それは、傑作ですわねっ!!嫌いになりませんわよ。ロディ。前にも伝えた通り、わたくしの隣には国一番の地位がある男が立つべきだと。」
「よかった、レティ。俺レティに嫌われたら生きていけないもん。」
「何を馬鹿なことを…。それで、どうやったのですか?あの男からどうやって地位を奪ったのですか?」
「んー。まぁ、簡単に言うと、あの男の子供を身ごもったんだよ。あの聖女の仮面をかぶった女がね。」
「まぁ!!婚約期間中にですか?」
「違うちがう。身ごもったのは、婚約期間より前なんだ。婚約期間中ならまだなんとかごまかせるが、あの女は婚約発表よりも2か月も前に妊娠していたんだ。それがバレて婚約破棄。王子もレティとの婚約破棄に加えて、平民の女を妊娠させた責任を取って幽閉ってわけ。わかった?」
「ええ。分かりましたわ。それにしても、あの女は馬鹿ですわね。そんな事をすれば自分の立場がなくなるだけなのに」
「そうだね。でも、愚かなのは彼女だけでは無いけどね」
「……それはどういう意味ですの?」
「別に…なんとなくそう思っただけ。さて、馬鹿な男たちの話は終わり!!この国をレティにあげるっていっただろう?レティ、俺と結婚すれば君は今日からこの国の第1王妃だよ。」
「……なるほど、そういうこと。……でも、いいのかしら?わたくしが、あなたのお嫁さんになっても?」
「もちろんだよ!レティ以外考えられないよ。」
「わたくしのことたくさん愛してくださいね。」
「俺もだよ。レティ。これからは、ずっと一緒だね」
「……嬉しいわ、ロディ。」
こうして、一人の愚かな少女は、大国の王妃となった。
レティシア・ローズマリーは生涯を通じ、夫であるロディ国王と支え3人の子宝に恵まれた。
ロディ国王は、即位後すぐに一夫多妻制を廃止し、生涯レティだけを愛しつづけた。
国王の歪んだ愛に王妃は気づいていたのだろうか。
レティに一目ぼれをしたロディが、身分を隠し伯爵領に住んでいたこと。
レティの髪の色は、この国が信仰している女神の髪の色と同じだった。
ロディは、誰にもレティの魅力を知られたくなくて、国王に髪の色を変えるように頼んだこと。
王子にレティの元の髪色は、災いを呼ぶ髪色だと信じ込ませたこと。
王子を失脚させるために、王子の婚約者をだまし妊娠させたのはロディ国王だった。
王子よりも見目がいいロディに少し甘い言葉をささやかれればすぐにあの女は乗ってきた。
「王子には内緒だよ?君の魅力を王子はわかっていない。俺にはわかる。」
王子をレティから奪った言葉で、今度は自分が破滅に向かわせられている。
気づいた時にはもう取返しのつかないことになっていた。
「なんでっ?騙したわねっ?」
そんなきたない言葉を吐きながらあの女は、連れていかれた。
かわいいレティ。
ずっと気づかないでおくれ。
一生大事にするから。
愚かなレティ。
一生僕の手の上でかわいい声で鳴いておくれ。
レティが、国王の暗い闇に気づいたかは誰にもわからない。
もし気づいたとしても逃がしてはもらえないだろう。
あの国王の腕の中からは…